【新説童話集#2】午前零時の魔法

すでおに

午前零時の魔法

 魔法使いが杖を振ると瞬く間にシンデレラの灰まみれのボロ着は光り輝くドレスに、穴の開いたボロ靴はガラスの靴に変わった。かぼちゃは黄金の馬車になってシンデレラを待ち構えている。


「これが魔法の力?なんて素敵なの!」

 歓声を上げたシンデレラに、魔法使いが言いつけた。

「さあ舞踏会へお行きなさい。でもいいこと。魔法の効き目は12時まで。それを過ぎると魔法が切れて元の姿に戻ってしまうの。それまでには必ずお帰りなさい」


 シンデレラはその言葉を胸に刻んでかぼちゃの馬車に乗り込んだ。



 城の扉が開き、舞踏会にシンデレラが現れると、誰もが踊るのを忘れて目を奪われた。


 大きな瞳に透き通るような肌。頭の先からつま先まで、仕草の一つ一つが気品に溢れ、鮮やかなドレスや煌めく指輪は美しさを引き立たせている。その場にいた継母も姉も、この美女が毎日こき使っているシンデレラだとは夢にも思わなかった。


 舞踏会の主催者である王子様までもが心を奪われた。

「一緒に踊っていただけませんか?」


「わたくしでよかったら」

 シンデレラは差し出された王子のしなやかな手を取った。


 王子もまた評判の美男子で、それでいてとても賢く、春には父の跡を継いで新しい国王になることが決まっている。


 この日も王子目当ての子女が大勢集まっていたが、誰一人として二人を邪魔するものはなく、優雅なダンスにただただ見とれるばかりだった。


「なんて素敵な夜でしょう」

 シンデレラに笑顔が溢れたのは継母のもとに来てから初めてのこと。


「あなたのような美しい女性とご一緒できて光栄です」

 王子にとってもこれほど素敵な夜は初めてだった。そして王子の心は決まった。

―シンデレラを妃に迎えたい―

 この舞踏会はお妃を見つけるために開いたものだった。


 しかし魔法は時間が経つのも忘れさせていた。

 ダンスに夢中だったシンデレラがはっと気づいて柱の時計に目をやると、12時の15分前を指していた。


―いけない。約束の時間だわ―


 もうすぐ魔法が切れてしまう。慌ててダンスを止め、舞踏会を飛び出した。


「お待ちください!」

 王子はすぐに後を追い駆けてきたが


―ごめんなさい。でももう約束の時間なのです―


 もとの薄汚れた姿を見られたくないシンデレラはそのまま走り去ろうとした。

 しかしドレスの裾に足を取られてつまずいてしまった。


 駆け寄った王子はシンデレラに優しく手を差し伸べた。

「なぜ逃げるのです?」


「もう帰らなければならないのです」

 うつむいたまま答えると、王子はぐっと腕をつかんでシンデレラを自分のもとへ引き寄せた。

「このまま帰すことなどできません」

 そっと口づけをした。


 シンデレラは驚きながらも王子の背中に手を回し、二人は抱きしめあった。


 その時

 ゴーン ゴーン ゴーン

 12時を告げる鐘が鳴り響いた。


―約束の時間を過ぎてしまった。でも今はもうどうなってもかまわない―

 王子の側を離れたくない。一層強く王子の身体を抱きしめた。


 しかし鐘が鳴り止むと同時にシンデレラの右腕に激痛が走った。

―痛い!―

 どうしたことか、ドレスの袖が食い込んで腕を締め付けている。

 すると今度はその右腕が勝手に動き出した。自分の意志ではない、締め付けたドレスに操られているのだ。

―どうなっているの?―

 突然わけの分からないまま動き出した右腕は背中を離れ、王子の腰に差された短剣をすっと抜き出した。そして大きく振り上げると勢いよく振り下ろし、王子の背中を突き刺した!


「ぎゃあぁぁぁぁあ・・・」

 王子は悲鳴ともうめき声ともつかない声を残し、血しぶきを上げてもたれかかるように倒れた。

 シンデレラの顔やドレスは降りかかった血で真っ赤に染まった。不意なことに何が起きたのか理解できず、とっさにその場を離れようとしたが足が動かない。恐る恐る下を見ると、血まみれの王子が地面をはいつくばり、白目を剥いた断末魔の表情でガラスの靴を握り締めていた。


 今度はシンデレラが悲鳴を上げ、靴を脱ぎ捨て裸足で駆け出した。

―どうしてこんなことになったの?―

 わけが分からないまま必死で逃げた。

「12時までには必ずお帰りなさい」

 魔法使いの言葉が頭の中で鳴り響いていた。



 裸足のまま走り続け、何とか家にたどり着いた。いつの間にかドレスは元のボロ着に戻っていた。

 状況が飲み込めないシンデレラは家に入ると椅子に座って今しがた起きたことを振り返った。

「始まりはあの魔法使い。魔法使いが現れたこと。そうよ。これは夢だわ。魔法使いなんてウソ。全部夢なのよ!」

 しかし右手には血まみれの短剣が握られたまま。鏡を覗き込むと返り血を浴びた顔は真っ赤に染まっていた。

「夢じゃない・・・」

 すぐに現実に引き戻された。


―もうすぐ継母たちが帰ってくる―


 シンデレラは急いで顔についた血を洗い流して服を着替えた。そして何事もなかったように振舞った。

 帰宅した継母と姉は興奮冷めやらぬ様子で口角泡を飛ばして舞踏会で起きた出来事を話している。

 誰かに話したくて仕方ないようで、普段はろくに口をきかないシンデレラにも熱っぽく話した。


「王子様が殺されたのですか?」

 シンデレラは何も知らないかのように驚いてみせた。

 話は明け方まで続き、継母も姉も事件の真相を推理しあった。目の前に犯人にがいるとは気づかずに。シンデレラは部屋に戻るとそっと微笑んだ。



「この靴がピタリと合う者が犯人である!」

 国王の命令を受けた家来たちは、次の日からガラスの靴を携え、犯人捜しを始めた。


 王子が殺されたニュースは国中を駆け巡り、すでにほとんどの国民の耳に届いている。

 王子は国民から愛されていた。ゆえにみな犯人を憎み、犯人捜しに協力するため、お城には多くの貴婦人が訪れて次々とガラスの靴に足を通した。

 しかし誰一人として合うものはいなかった。


「なにをやっておるのだ。一刻も早く見つけ出せ!」

 業を煮やした国王の号令で家来たちは町に足を向け、一軒一軒家を回り始めた。

 そしてついに、ガラスの靴を携えた家来たちがシンデレラの住む家にやって来た。

 しかしその日もシンデレラはあわてることなく、いつものように自分の部屋で縫い物をしていた。

 捕まる覚悟を決めたから?いや、そうではない。

 シンデレラは知っているのだ。自分が履いている穴の開いたボロ靴は姉のお古。偶然にも自分と姉は靴のサイズが同じだということを。

 そしてシンデレラは、昨日のうちにこっそり姉の部屋に忍び込み、細工をしておいた。


「国王の命令でやって来た。この家に住む女はすみやかにこの靴に足を通せ」

 家来にうながされ、まず継母がガラスの靴を履いた。

「合うはずがないわ」

 その言葉のとおり、継母の足は大きすぎて、つま先までしか入らなかった。

 次は姉の番だ。

「目を凝らしてご覧なさい」

 自分に合うわけがないと堂々と履いて見せた。

 ところがだ。見事なほどにピタリとハマった!

 大きくなく、小さくもない。この足に合わせて作ったかのようにピッタリだった。

 家来たちは驚いて顔を見合わせた。


「違う!私じゃない!」

 姉は顔を真っ赤にして否認した。


「何かの間違いよ!この子が犯人のはずがないわ!」

 継母も声を荒げたが、靴はピッタリとはまった。その上舞踏会にも出席している。


「家の中を調べろ!」

 家来たちは家に上がり込んだ。


「好きなだけ調べるがいいわ!」

 やましいことなど何もないと隠し立てせず家を調べさせた。


 しかし家来が声を上げた。

「これは王子様のものだ!」

 姉の部屋のクローゼットからあの短剣が出てきたのだ。

「遺体から無くなっていたものだ!間違いない!この者こそ犯人である!」

 もはや疑う余地はなかった。


「そんなもの私は知らない!私は犯人なんかじゃない!」

 姉は必死で訴えたが

「悪あがきはよせ!もう言い逃れはできないぞ!」

 縄をかけられ、そのまま連れて行かれてしまった。


 姉は牢屋に放り込まれ、やがて処刑された。

 継母は、娘を亡くしたうえに王子殺しの親と罵られ、家に住むこともできなくなり、物乞いになった末に川に落っこちて死んでしまった。


 シンデレラはそんなことを知る由もなく、継母とさっさと離婚した父親と遠い国へ移って、穏やかに暮らした。



 季節は変わり、王子の死によって新しい国王には王子の弟が就くことになった。兄のように賢くなく、容姿も褒められたものではなくて国民から慕われてもいなかったが、ほかに跡取りはいなかった。


 盛大なパレードが開かれ、新しい国王が国中にお披露目された。弟は念願だった国王の座に就き、強大な権力と莫大な財産を手に入れた。


 そして約束どおり、魔法使いに成功報酬を支払った。

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