醜いと言われた公爵令嬢、実は絶世の美女でした。

悠月 風華

第1話

アルティス王国──そこは、世界で唯一

『魔法』という特殊な力を有する者が生まれる国。


アルティス王国唯一の公爵家、

ストゥディウム家の長女

フェアリア・ストゥディウムは、

アルティス王国のヴォロンテ侯爵家の長男、

マリス・ヴォロンテの婚約者。


しかし彼女はいつも仮面を被っていた。

その為か、その素顔は醜く、

見窄らしい見た目をしていると

社交界では噂されている。


彼女にはアネーロという、腹違いの妹がいる。

四歳ほど歳下であり、彼女はいつも

フェアリアの持っているものを欲しがる。


彼女が公爵邸にやって来たのは、

フェアリアが十歳の頃。

公爵である父が連れてきた愛妾の娘。

まだ六歳だったのにも関わらず、

まるで自分の方が格上の存在であるかのように

振る舞ってきたアネーロの姿を思い出して、

フェアリアは一人、自室でくすりとほくそ笑む。


幼いながらも、自分こそが世界で最も美しく

可憐であると信じて疑わなかった姿に、

笑いを堪えるのが大変だったことを思い出して、

爆笑しないように口元に手を当て、笑いを堪える。


誰しもが私を醜いと言うが、それは間違いだ。

私の素顔を知っているのは、お母様とお兄様、

そして幼い頃から私のお世話をしてくれている

侍女二人と護衛兵二人、そしてお母様に仕えている

執事長のエレオス。そして両陛下と王太子殿下。


本当にごく僅かな人しか、

仮面の下の素顔を知らない。





明日は王宮にてパーティーが開かれる。

夕食を済ませた私は、各々部屋へ帰ろうとしていた

お兄様達を呼び止めて、

明日のことで相談したいことがあると告げた。


「それで、一体どうしたの?」


「明日、王宮にて開かれる

建国記念パーティーがありますよね」


「そうだな。

リアはマリスにエスコートしてもらうのだろう?」


「そうなのですが、ここ最近彼は

アネーロの方が気になっているようで」


各々、座っていた席に座り直し、

執事長のエレオスが用意してくれた紅茶を

飲みながら、ゆったりと私の話を聞いてくれる。


でも二人揃ってとんでもない覇気を出すのは

流石に公爵邸内であってもやめて欲しい。

メイドたちが怯えてしまうでしょう……と

少し呆れつつ、話を進めようと思う。


「私の予想では、マリスは私を

エスコートはしないでしょうから、

お兄様にエスコートしていただけないかと思いまして」


「あぁ、問題ないよ。

リアの頼みなら喜んで引き受けよう」


「ありがとう、お兄様」


普段、王太子殿下のお傍にいる時は

絶対に見せないような甘い笑みを浮かべて、

了承してくれた。お兄様は二重人格なのかしら……。

そう思うほどに仕事時との雰囲気が全く違う。


「良い?フェアリアちゃん。

陛下に言われた場合は良しとしましょう。

でも、決してその仮面は取っちゃダメよ?」


「えぇ、分かっていますわ。お母様」


お母様と同じ容姿である以上、

素顔を見せるのは大変危険が及ぶと幼い頃に言われた。

まだ今よりも幼かった頃は、

どうしてなのか分からなかったけれど、

大きくなってその理由を教えてくれた。


お母様が幼かった頃、

自分の容姿が他人とは違うことを

知らなかったお母様は、

八歳の頃に人攫いにあったという。


その人たちは金目のものを狙って、

警備の薄い時刻を狙って公爵邸内に忍び込み、

一番初めに侵入した部屋が、

お母様の自室だったらしく、五人くらいの

大人の男性に力ずくで部屋から

連れて行かれた経験があるのだと言う。


お母様のお父様、私からすればお祖父様は

その当時のアルティス王国の宰相で、

朝早くに公爵邸を出て、夜遅くに帰ってくるという

多忙なお方だったらしく、

お祖父様が帰ってきた時には公爵邸は

騒然としており、一人娘であったお母様が

攫われたことを知ったお祖父様が、

人攫いどもを蹴散らしたことで

事なきを得たとのこと。


その者たちがもし、一番初めに入った部屋が

お母様の自室でなかった場合は、

金目のものだけを奪い取ってさっさと

逃げただろうが、最悪なことにその者たちが

初めて入った部屋はお母様のお部屋だった。


お祖父様が彼らを捕らえた後、

何故娘を攫ったのかという問いに、

『あまりにも美しかったから』と答えたそう。


その一件以降、お母様は護身術と強力な魔法を

身につけるために修行することにして、

今のようにとんでもなく物理にも魔法にも

強い人になったのだという。


その為、幼い頃から自分の生まれ持つ容姿により

様々な経験をしたことで、

お母様似に生まれた私を見て、

そして四歳の時に殿下との遊ぶ時間を終えて、

呪いの仮面をつけて帰ってきたところを見て、

不本意でもあるし予想外でもあったけれど、

その仮面を利用して、私がそんな思いを

することのないようにしようと決めた、と

十歳になった頃に言われたことを思い出す。


お母様なりの私への愛情と

心配故の言葉だと理解しているからこそ、

恨んだりなんかしない。

むしろ、そこまで思ってくれていることに感謝している。


「先程も言ったけれど陛下から

仮面を取るよう言われたときは外しても良いからね。

それとフェアリアちゃんに襲いかかろうとした輩が

飛び込んで来た場合には、お母様に任せなさい。

二度と動けないようにしてやるから」


「え……?」


「いや、母上。社会的にも抹殺しないと」


「え”?」


お互いの顔が見えるように

向かい合って座っている為、

ものすごい威圧を感じる微笑みを浮かべながら、

ずっとニコニコニコニコしている

二人の姿に冷や汗が止まらなくなる。


「良いかい、リアの容姿は美しいんだ。

欲まみれの男どもに襲われないように警戒するんだよ」


「お兄様だって、普段からたくさんの

ご令嬢の方々を惚れさせているではありませんか」


「リア!?」


「あら、ぷいってしてるわ。可愛いわね~」


「お母様聞こえてますからね?」


小さく呟いていたお母様の声は、

私には丸聞こえだったのでじっと

睨みつけるようにお母様の顔を見つめると、

あら、と言ってなんの悪びれもない顔で

にっこりとしている。


全く。美しいといえばお母様も

お兄様もそうなのだから、

私だけじゃなくて二人も警戒する必要があるのに、

二人揃って私のことばかり。


心の中で言っておくけど、

私は物理に関してはお母様より弱いけれど、

魔法に関しては強いんだからね。

相手が無力化の魔法を使えない限りは負けないもの。

まぁ、その無力化の魔法を使えるのは

王家の方々のみだけれどね。



「でも、明日のパーティーで、

フェアリアちゃんの悪い噂を消せるかもしれないわね」


「悪い噂……あぁ、醜いとか、

呪われてるとか見窄らしいとか言ってるアレですか」


「そうそれ!全く……フェアリアちゃんが

どれだけ美しいのか知らないくせに、

好き放題言ってくれるわ」


「言わせておけば良いのでは?」


「ダメよ!

娘を侮辱されて怒りを覚えない親なんていないわ」


まったりと紅茶を飲みつつ、

お母様から発せられた言葉が何を指しているのか、

一瞬分からなかったが、すぐに理解した。


私はあのまま言わせ続けておけばいいとは

思っているが、それで公爵家の品位が下がるのは困る。

次の公爵はお兄様なのだから、

今のうちに良いイメージを持ってもらわないと、

今後が大変なことになるかもしれない。


そういえば、お母様は娘を侮辱されて怒りを

覚えない親なんていないと言っていたが、

例外が一人だけ公爵邸の別邸に今いるのよね。


つまり、お父様のことだ。

まぁ、どうせあの人のことだ。


自分が公爵だと思い込んで

贅沢三昧でもしているのだろうけれど、

離籍させた瞬間に今まで使ったお金、請求するからね?

それはもうお母様とお兄様が張り切って、

お父様を別邸に追いやった後に

準備していたからまぁなんて言うか……

借金返済、頑張ってね。


それからは他愛のない

最近の流行りのことなどを話して、

穏やかで楽しい時間を過ごしていった。





そしてその次の日のこと。

王宮にて開かれたパーティーで驚いた事態が起きた。


「フェアリア・ストゥディウム!

本日限りで、貴様との婚約を破棄する!

そしてアネーロ・ストゥディウムとの

婚約をここに公表する!」


招かれた貴族や他国の来賓の方たちがある程度会場に

集まって来た頃に、婚約者である私ではなく義妹を

エスコートして会場に入ってきた時点で

分かりきったことだったが、

相変わらず馬鹿なことをしている、と

内心では愛し合ってはいないにせよ、

自分の婚約者がやり始めた行動に呆れ返る。


そもそも家柄的にいえば、彼と婚約したところで

ストゥディウム公爵家としては何の利益もない。

利益を有するのは、格上の家柄と

婚約を結んだ彼の実家、ヴォロンテ侯爵家だろう。


私と一緒にやってきていたお兄様、

ウィルの方をちらりと横目で見てみると、

笑いを堪えるのに必死で

腹を抱えている様子が目に映った。


私のお兄様は、王太子殿下の補佐を

務めているとても優秀な人で、

私が尊敬する兄でもある。


そして私の母、シンティーアは

王国で最も美しいとされる美女であり、

社交界の女王と呼ばれているほど影響力のある人で、

私の容姿もどちらかといえば父よりも

母シンティーアに似ている。


「理由をお伺いしても?」


「ふんっ、当然だ。

貴様はいつも仮面をつけているだろう?

ならば貴様の素顔は醜く、見窄らしい。

故に俺の婚約者となるには相応しくないからだ」


「あら、心外ですわ。

私はこれでも、あなたよりは地位は上ですのよ?

あなたと婚約したところで、

私には何の益もありません。あるのはあなた達、

ヴォロンテ侯爵家だけではありませんか。

貴族の娘として生まれた以上、家に利益を

もたらすことが我が務めと思っております。

……ですので、婚約破棄の件お受け致しましょう」


そう。貴族の位で最も最高位にあるのが公爵家。

その次が侯爵家であり、そもそも私にとっても

ストゥディウム公爵家にとっても、

彼との婚約は喜ばしいものではなかった。


最高位の公爵家に生まれたのならば、

家の主が求めるのは王家に嫁ぐか、

他国の高位の貴族の元へ嫁ぐかのどちらかだ。



私の父が母に伝えることもなく勝手に決めた婚約。

無論、母が知った時にはものすごく大激怒されて

今では父は本邸ではなく、別邸に住まわされている。


そもそも父は、

元から公爵家の人間だったわけではないのだ。

彼もまた、ヴォロンテ侯爵家とは

別の侯爵家から婿入りした身。母に逆らうなど

愚かな真似をしたなぁと怒られている父の姿を見て、

兄と二人で笑ったものだ。



「では、お母様。

我が父フライトとその愛妾エンディナ、

そしてその娘であるアネーロは公爵家から

離籍ということで、よろしいですね?」


「えぇ、無論です。

アルティス王国は一夫一妻制であるのにも関わらず、

浮気をしていたのだから、

公爵家に留まらせる理由がないもの。

それにフライトは私との約束を破ったわけですしね」


声高らかに婚約破棄を宣言した

我が婚約者を呆れながら見ているところに、

会場の比較的隅の方にいたお母様が、

私の隣へやって来たことに気付いたので、

ここで父と愛妾、義妹への離籍宣言を

仕返しでやってやることにした。


その意図を察して、私の言葉に乗ってきた

お母様は流石だなぁと思いつつ、

仮面の下で私は笑みを浮かべる。


ちなみに母が父フライトと交わした約束とは、

子供たちが望む者と婚約を結ぶこと、

私やお兄様を傷つけるような

真似はしないことだったらしく、それを完璧に

破ったため、もう愛想は尽きているらしい。

何しろお母様がお父様を

見つめている瞳は冷め切っている。



「ど、どういうことだ!?シンティーア、お前に

俺を追い出すような権利はないはずだぞ!」


「あら、お忘れですのお父様?

あなたは婿入りした身ではありませんか。

ストゥディウム公爵家の主は、お母様ですよ?

あなたはあくまでもお母様の補佐。公爵ではありません」


くすくす、と笑いながら愚かにも自分が

公爵だと思い込んでいたお父様に向けて嘲笑う。

何とも愚かな。何故、自分が別邸に

追いやられたか理解できていないらしい。


というか、仮にもし、本当に公爵ならば別邸に

追いやられることすらそもそもなかっただろうに。

そして、突然のことにアネーロは言葉も出ない様子だ。

いや、それはマリスも同様のようで、

二人とも揃ってポカンとしている。


「では、そういうことで。

既に使用人達にはあなた達の荷物を

別邸から出しておくように伝えているので、

外に放り出されているであろう

貴重品等を回収しに行かれては?

盗まれてるかもしれませんよ?」


お母様とは反対側に寄り添うように隣へやって来た

お兄様が冷笑を浮かべて二人に告げる。

そういえばお母様は別邸に愛妾が

共に暮らすことを容認していたけど、

こうして追い出す時にまとめていてくれると

楽だったからなのだろうか?

……いや、面倒くさがりなお母様のことだ、

そうなんだろう。


「なっ!?」


「お、おい待て!!

何故アネーロを公爵家から離籍させるんだ?

公爵の娘なのだろう!?」


「先程言ったではありませんか。

そこにいる小娘は父上と愛妾の娘で、

公爵家とは一切関係ないと。

ストゥディウム公爵家の主は、母上です。

その母上とは血の繋がりはなく、

俺たちにとっては義妹ですよ、その娘は」



貴重品等が盗まれるかもしれないという

お兄様の言葉に、アネーロは分かりやすく慌て始める。

そんなアネーロを見つつ、

マリスは私たちへ反論の声を上げる。

何故彼女が公爵家に縁のある人間だと

思っていたのか、よく分からないわ。

調べればストゥディウム公爵家とは

血の繋がりのない人間だと分かるはずなのだけれど。


「それでは皆様。

パーティーをこのようなくだらぬことで

台無しにしてしまい、申し訳ございません。

かの者たちとの話し合いをさせていただきますので、

これで私達は失礼させていただきますわ。

……陛下、途中退出をお許しくださいませ」


「勿論、構わない。それと……フェアリア嬢」


「はい」


「そろそろその仮面を取っても

良いのではないだろうか?

かつて我が愚息が呪いの仮面だと知らず、

誤ってそなたに被せてしまったものではあるが、

そなた程の膨大な魔力を有する者ならば、

それは簡単に外せてしまう代物であろう?

それに、いい加減そなたを穢らわしい、

見窄らしい、醜いという罵詈雑言を聞き続けるのも、

儂としては見過ごせぬ」


「そうですね。

私としても愛らしいフェアリアを

大多数の者から虐げられるなど、

私も許せそうにありませんもの」


上座から私たちを見下ろしていた

両陛下にお母様が退出の許可を得た後、

驚いたことに私がこの仮面を取れることを

気付かれていたようだ。


そう、私がずっとつけていたこの仮面は、幼い頃。

私がまだ四歳だった頃に、

王太子殿下と一緒に旧王宮を探索しに行った時に、

殿下が遊び半分で私に被せられたもの。


つけた後、すぐに取れないようになって

私と殿下は焦りながら急いで王宮へ戻り、

王宮に仕える魔法師の方に外してもらえないか、と

相談しに行ったところ、これが旧王族が持っていた

呪いの品の一つであると言われたときは

驚きで言葉が出なかったことを思い出す。


そう簡単には取れないものだと知り、

殿下にものすごく謝られたことがある。

そしてそれを知った両陛下に殿下は

ものすごく怒られていた。


とはいえ、私としてはすぐに外せたのだけれど。

何しろ当時の私が持っていた知恵は、基礎知識のみ。

だからこそその道のエキスパートである魔法師に

どの魔法を発動させることが

一番効果的なのかを聞くためだけに、

殿下に紹介してもらったのだ。


光魔法の系統なら問題ないと聞いた以上、

私は生まれ持った魔法量と全属性を扱えるという

性質を利用して、

公爵邸に帰ったあとすぐに取ってしまった。


それ以降、公爵邸内にいる場合は外しても構わないと

お母様からお許しをもらっていたけれど、

必ず外に出る時、王宮へ赴く時には仮面を

つけておくように言われたため、両陛下の前でも

王太子殿下の前でもこの仮面を外したことはなかった。


まぁそんな殿下ももう立派な王太子となっている。

あの頃のように、好奇心旺盛に何でもかんでも

下調べもせずに使ってみるような真似はしなくなり、

きちんとリスクを調べてから色んなものに

触れるようになったのだとか。


「……そうですわね。私がこのままでは、

公爵家の品位に泥を塗りそうですし」


「あら、私はそんなこと気にしないわよ?

それよりもずっとその仮面を

つけていてくれたお陰で、フェアリアちゃんに

悪い虫が寄ってこなくて清々していたもの」


にこにこと微笑みを浮かべるお母様の姿に、

私たちを遠目から見ていた来賓の方たちが

ほぅ……っと頬を赤く染めて、お母様に見惚れている。


「それは母上に同意見だな。

リアに悪い虫が寄ってくる心配を

しなくて済んだから、少し安堵していた」


「まぁ、お兄様ったら。過保護過ぎでしてよ?」


「兄なのだから当然だろう?」


普段は見せないお兄様の優しげな瞳を見た

ご令嬢たちが、バタバタと倒れていく音が聞こえる。


あぁ……お兄様もお母様と同じくモテるのね。

確かに髪の色は黒髪で、お父様に似ているけれど

根本の容姿はお母様似だもの。

当たり前だわ。


それに、王太子殿下の補佐として

働いているときはものすごく冷徹で、

冷たい雰囲気を纏っているし……。

これがギャップというやつかしら……?ズルいわね。


「それではマリス、アネーロ、そしてお父様。

ごきげんよう。じゃあねアネーロ、

これから先の新婚生活応援しているわ」


スっ、と仮面を取って、

私はにっこりと微笑みを浮かべて、

お母様とお兄様と一緒に

両陛下へカーテシーをした後、会場を出ていった。





「フェアリア様……なんてお美しかったのかしら」


フェアリアの美しい容姿に

会場にいる者全員が見惚れて声も出せない中、

伯爵夫人が静まり返った会場内で

ぼそっと呟いた言葉をきっかけとして、

会場内にいる貴族たちがこぞって

フェアリアの素顔に関して話し始める。


初めて見たフェアリアの容姿に、

マリスは呆然と会場のど真ん中に突っ立っていた。

それはその横にいたアネーロも同じく。


金色の月の女神のような美しい髪に、

夜を思わせる深縹(こきはなだ)色の瞳。

王国一の美女、シンティーアと瓜二つの素顔。


なんて美しいのだろう。

俺は、どこで間違ってしまっていたのだろうかと

今更ながら後悔する。

隣にいるアネーロは確かに可憐かもしれないが、

フェアリアのような美しさには欠ける。

何故、婚約破棄をしてしまったのか。


「マリス殿」


「!王太子殿下……」


呆然と立ち尽くしていると、上座にいた王太子殿下が

自分の元へとやってきていた。

その瞳には何も映していない。ただ冷徹そのもの。


「君はフェアリアを傷付けた。

先程知ったかもしれないが、

両陛下は彼女をとても気に入っているんだ。

彼女に一番暴言を吐いていた君が、両陛下から

恨まれたとしても文句は言わないでくれよ?

全ては君が悪いんだから。

……それに、僕の女神をよくも貶してくれたね。

僕も君を許さないから、分かったね?」


「っ……!」


あまりにも冷酷な瞳に、思わず身体が震える。

王太子殿下にとっても彼女は特別な存在だった。

元々はフェアリアが醜いと言われる根本の要因を

作ってしまったのは王太子ではあるが、

それは彼も重々承知しており、猛烈に反省している。

もちろんそれをフェアリアもシンティーアも

理解しているからこそ、呪いの仮面をつけなければ

ならないようになってしまった日以降も、

王太子とは幼馴染みとして、

仕えるべき主君として以前のように付き合っていた。


フェアリア自身も、特に仮面をつけなければ

ならないようになってしまったことに関しては、

そんなに気にもかけていなかったので、

ものすごい勢いで謝られた時には

驚きで呆然としていたが。


冷笑を浮かべた王太子リグレットは、

恐怖で身体を震わせているマリスに言いたいことを

言えて満足したのか、また上座へと戻って行った。





それからフライト、アネーロ、

愛妾のエンディナの荷物は、本当に使用人達によって

別邸の外に放り出されていたらしく、それに気付いた

通行人が貴重品等を盗っていってしまったらしい。


彼らの手持ちは、パーティー会場に

持ち込んでいた貴重品と、

ほんの少しだけの服などしか残っておらず、

細々と生活しているらしい。


マリスに関しては両陛下のいらっしゃる前で

無謀で失礼な真似をしたため、

侯爵家から追い出されたらしい。

それはフライトも同じだったらしく、

フェアリアを貶めた者達は皆、平民に下ったようだ。


「仮面をつけていても美しかったけれど、

やっぱりつけていない方が

より一層美しさが増してるね」


「何を仰いますの、リグレット様」


「本心だよ?でも、僕とシンティーア様、

父上と母上とウィルのごく一部の人間だけが、

君の本当の姿を見れるあの状況の方が

好ましかったのだけれど……。

皆に君の美しさを知られて、少し残念だな」


「まぁ、ご心配には及びませんわよ。

リグレット様の婚約者として公表したのですから、

憂いを感じることもないではありませんか」


ある程度家内の状況が落ち着いてから数日後。

殿下との婚約発表をした後のお昼頃。

王宮内にある庭園で、二人して

ゆったりとティータイムを楽しんでいた。


リグレット様との婚約は、

正直なところ安堵の気持ちが勝った。

貴族の娘として生まれた以上、

家のために嫁ぐことが当たり前であるけれど、

欲を言えば面識のある方と婚約を結びたかった。


だからこそ、幼馴染みである殿下との婚約は、

個人的にとても嬉しかったのだ。

それに、お兄様やお母様に自由に会いに行ける。

お兄様に至っては毎日お会いできるわけだから、

私個人としてはとても利益のある婚約だった。


リグレット様を愛しているか……と問われると、

私はまだよく分からない。

リグレット様のお傍にいるのは安心するけれど、

これが恋愛感情なのかといえば違うような気がする。


リグレット様は私とは嫌々の婚約ではなく、

自ら望んでの婚約だったからなのか、

とても嬉しそうにしているし。

嫌だと言われれば、私も流石に傷付くので

それは良かったのかもしれない。


恋愛というものを経験したことがないから

どんなものなのか分からないけれど、

これから知っていくのだろうか……?



【おまけ】



「あぁ、今は亡きお父様。遂にやっと、

フェアリアちゃんを虐めていた者たちを皆、

制裁できました……!」


「いや、お母様。

お祖父様は隠居なさっているだけで、

亡くなってはおりませんからね?縁起が悪いです」


「良い?フェアリアちゃん。

王太子殿下に幸せにしてもらうのよ!

もし傷付けられた場合はお母様に教えなさいね。

みっちりきっちりお説教するから!」


「え、無視ですか……」




【the end】

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

醜いと言われた公爵令嬢、実は絶世の美女でした。 悠月 風華 @Huuka36

★で称える

この小説が面白かったら★をつけてください。おすすめレビューも書けます。

カクヨムを、もっと楽しもう

この小説のおすすめレビューを見る

この小説のタグ