第54話 それからの彼ら

 海外遠征の準備を終え、色々とインタビューやら発表やらをして忙しかったのが一段落した。

 チサは通帳を見ながらニマニマとしていた。

「何?預金高が増えて喜んでるの?」

 笑いながら言うと、チサはやや恥ずかしそうにしてから首を振った。

「まあ、それも嬉しくない事はないけどねえ。

 私、これまではねえ、渡辺の奥さんとか、渡辺の長男の嫁とか言われてたでしょう。それに、『自分で稼ぐ事もできないくせに』とか言われてたのよお。

 だからあ、ちゃんと雉間智沙っていう人間として自立できてるっていうのが、凄く嬉しいのお。私がやっと私として認められたみたいでえ」

 俺もハルもイオも、ハッとした。

 この中で唯一結婚していたのはチサだけで、専業主婦だった。それも夫はモラハラで、チサは個人として認めてもらえない状態にいた。働いていた俺達とは、別の悩みがあったのだ。

「何か、預金通帳を見たら、実感したのよお。

 それにねえ、桃太郎は私の居場所なんだなあって。実家よりも馴染んでるっていうのかしらあ、ここ」

 チサが言うと、イオも笑ってチサの肩を叩く。

「うんうん。私もわかるわ。自分らしくいられるのよね。

 いやあ、小学校の同窓会なんて出席するかどうか迷ったんだけど、行って良かったわ」

 イオとチサは、「ねー」と笑い合っている。

「僕もだよ。チーム桃太郎がなかったら、今頃は餓死してたんじゃないかな。

 それよりも、会社が突然倒産して、再就職もできないし、バイトもクビになるし。僕は誰からも必要とされてないんだなあって思ってたからさ。ここは僕を必要だって言ってくれるし、やっぱり楽しいしね」

 ハルが言って、小さく照れたように笑った。

「俺だってそうだよな。1人だったら、突然家の庭に穴が開いたりしたらどうしたかな。それにあの時は、本当に助かった。またうまく嵌められるところだったしな」

 俺もしみじみと言う。

 元上司達が来た時の動画は炎上し、会社に批判が殺到した。それをきっかけにしてこれまでにもあった不正やパワハラがリークされ、会長一族は経営を退き、幹部の首が挿げ替えられた。

 例のポーションをダメにして数千万円の損失を会社に与えたという件も真相が広まり、会社からは改めて謝罪され、退職金を支払われた。

 ついでに、ほかの会社からは入社の誘いも受けた。

 それを断ったのは、俺も桃太郎の居心地がいいからだ。

「居場所かあ。俺も、そういう事なんだろうなあ」

 俺達は皆、しみじみと考え込んた。

 と、表を通る焼き芋屋のアナウンスが聞こえ、俺達は思考の中から現実世界に引き戻されて、気恥ずかしくなった。

「ああ、そろそろ行くか?」

 近所に魔物食材を扱うレストランが開店し、割引券の付いた広告が入っていたので、行ってみる事にしたのだ。チサの料理は美味しいが、プロが魔物肉をどう料理するのかチサも興味津々だった。

 まだ魔物食材は高級品で、高い。俺達は確かに急激に預金高を増やしているが、感覚は庶民のままなので、割引券が入らないと行かなかっただろう。

 余談ながら、そのレストランのできたところは、ハルがバイトしていた居酒屋の跡地だ。美男美女でスタッフを揃えて売り上げアップを狙った居酒屋は、できた時は客が増えたらしいが、客も顔がいいかお金をたくさん落とさないとスタッフの扱いもぞんざいで、ホストクラブかキャバクラのようだと常連が離れたと聞く。その後、客同士で張り合ってトラブルが起こったり、推しの店員の歓心を買うために支払いが高額になるという問題が起き、閉店に追い込まれた。

「楽しみねえ」

 俺達は戸締りをして、家を出た。

 

 その交番では、新しく配属されて来た人員を扱いかねていた。ベテランで、これまで刑事課で主任を務めていたやり手だ。制服警官を使い勝手のいい駒くらいにしか考えていなかっただろう。

 その男が不祥事を起こし、ヒラの階級に戻されて交番に配属されて来た。

 書類上は上司であるグループ長も、ここでは先輩の巡査も、この男を扱いかねていた。

 何せ、今まで「格下」とバカにして来た部署で、しかも一番下になった。それなのに態度は相変わらず大きく、市民にも高圧的だと苦情が入る。

 その上、同じ交番のメンバーと親しくしようという気もないらしい。

「ペア、やり難いんですけど……」

「ごめん!でもさ、この前学校出たばかりの安藤君には無理だろ」

「まあ、かわいそう過ぎですよねえ」

「だから、ね、お願い!俺もフォローはするからさあ」

 彼らはこそこそと言っていたが、ある日、そのニュースが入った。

 その新入りが退職届けを出した、と。


 重白は、疲れた体で電車に揺られていた。

 将来は社長になるはずだったのに、どこで狂ってしまったのか。祖父は会長を辞任し、その直後に脳梗塞で倒れた。命はあるが、寝たきりになった。

 父は社長を解任され、伝手を頼って仕事を探したが、何も見つからなかった。なので不動産を全て売り、慣れない介護をしている。

 母は即実家に帰り、離婚届けを郵送して来て終わりだ。

 そして重白はどうにか子会社の孫請けだった会社に滑り込む事ができたが、仕事はきついし、そのくせ給料は重白の感覚からすれば小遣いにもならないくらい少ないし、周囲の人間と自分は違うという思いが出て、溝しか生まれていなかった。

 不満ばかりを募らせ、

(桃城のせいだ。何で俺がこんな目に)

と繰り返していた。

 目を上げれば雑誌の吊り広告が目に入る。

『チーム帝とチーム桃太郎、世界の最深部の壁に挑む!!』

『世界初の魔術師』

『魔術は人類の進化か!?』

 そんな見出しと、かつての同僚だった男の顔写真が見える。

 魔術理論と色々な検証をまとめたレポートは、実際に魔術を行使して見せた映像を合わせて見ても、真偽を疑われた。

 しかしそれが疑いようもない現象だとわかるや、熱狂的な声をもって迎えられた。

 チーム桃太郎の名を、知らない人類はいない。そのくらい有名人になった。

 重白は顔を歪め、目をそれから引き剥がした。

(何であいつが──!)

 そう内心で毒づいた時、そばで声が上がった。

「チカン!」

 え、と思う間もなく、重白の手が掴まれた。

「この人です!」

「え、俺は違う──」

「次の駅で降りてください」

「待て!俺じゃねえ!」

 言うが、その女子大生と連れのグループの男女が目を吊り上げて囲み、重白はパニックになった。

 違うと言っても信じられないまま、電車は駅に入り、減速していく。

 助けを求めようとしたが、どの乗客の目も、「お前が犯人だ」と言っていた。

「ち、違う、俺じゃない、俺はやってない」

 言うが、信じてはもらえないまま、開いたドアから外へと押し出される。

(このままだと無実なのに捕まる!)

 重白はとっさに掴んだ手を振りほどいて走り出した──が、いくらも行かないうちに取り押さえられて、冷たいコンクリートの上に押し倒された。

「何?」

「チカンだって。逃げようとしたらしいよ」

 そんな声と一緒に蔑んだような目とスマホを向けられ、重白は絶望した。

「俺じゃない!俺じゃないんだ!」

 重白の脳裏に、あの日の諦めたような顔付きの柊司の顔が浮かんだ。






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鬼退治はダンジョンで~人生の穴にはまった俺達は、本物の穴にはまって人生がかわった~ JUN @nunntann

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