クリスマスの夜に

まるも

クリスマスの夜に

『クリスマスの夜には、奇跡が起こる。


イエス様が生まれた日だからね。


沢山の奇跡が起こるんだ』


熱心なキリスト教信者だった祖母は、毎夜、僕に聖書を読んでくれた。

毎年クリスマスの夜に、同じことを 言い聞かせるように話してくれた。


そんな祖母が亡くなったのは冬。

僕が10歳の年。


丁度クリスマス・イブの日だった。

まるで、イエス・キリストに魂を連れて行かれたのではないかと思うくらい、幸せそうな死に顔だった。


僕は、クリスマスが嫌いになった。

大好きな祖母が天に上った日だから。


「奇跡なんて、起きるわけないじゃないか……」

僕は、クリスマスに呟いた。

大嫌いな日。


まるで、イエス・キリストに祖母を取られてしまったような、そんなむなしい感覚になる。


僕は、今年で21になった。

小さいときは、天才だとか優秀だとか、もてはやされたが、中学に上がってからは、成績も身長も、中間を保っていた。それは、高校に行っても大学に行っても変わらず、中間をとり続け、自分があまりにも平凡で何の変哲もなく、つまらない人間だと今更ながら、自分を卑下する。


商店街にはクリスマスソングが流れ、嫌でもクリスマスを意識させられた。

「ねぇ、そこの君。俺と遊ばない?」

声のする方を見れば、僕の頭一つ上ほどはあるだろう背の高い男がそこに立っていた。

「いや、僕、男とは遊ばないんだけど……」

去年から一人暮らしを始めたため、別に家に帰らなければいけないわけではないが、特に遊びたいという気分でもない。


大人が遊ぼうと言ってきたら、大体は、酒と枕事だろう。


見ず知らずの人間と、しかも男に、いとも簡単に開く事ができるほど、僕の股は緩くは無い。


今までも、何人かの女性とはお付き合いしてきたが、そのたびに「何か物足りない」「あっさり過ぎ」と言われ、いつも告られては振られての繰り返しだった。


別に、来るもの拒まず去るもの追わずというスタンスではいたが、やっぱり傷つかないわけでは無かったし、失恋もよくした。


「ノンケ?へぇ、俺。ノンケ食うの好きなんだよね。優しくするからさ、ね?遊ぼ?」

なおも、しつこく迫ってくる男に嫌気がさした。


逃げよう。


男に掘られたくはないし、男の中にも入りたくはない。


「ちょっやめろよ!!」

なおもしつこく迫られ、腕をつかまれる。


「そこらへんにしとけば?おにーさん。それ以上すれば警察呼ぶよ?」


僕の背後から男の声がして、僕の腕を掴んでいた男が動きを止める。


その声の主は僕に近づき、僕の体を男から引きはがした。


ふらりと倒れそうになるのを、しっかりと抱き留められる。

僕の腕を掴んだ男はチッと舌打ちをして去っていった。


「へぇ、意外と軽いんだね?」

その声は笑いを含んでおり、あまりいい気分はしなかったが、なんだか安心できる。


これが吊り橋効果というやつなのだろう。


「危なかったね。

あいつ、この界隈で乱暴だって噂なんだ」


クリスマスに男と遊ぶ奴がいるか。

どうせなら、可愛い女の子と遊びたい。

そういう気分でもないけど。


「俺の店、すぐそこなんだけど、安全だからさ。飲みに来ない?」


声の主は、パチパチとネオンが光る古めかしいバーを指さした。


「バーに安全って言葉は似合わないね」

僕がそう言って自嘲的に笑えば、パチンと額にデコピンを食らった。

「痛……ッ」

「俺んところは安全なの。

ガード硬いから。純粋に酒を楽しんでよ?

今回は俺のおごり」

なぜ、この男はこんなにも親切にしてくれるのだろう?

不思議に思い、男を見た。

「お、やっと顔向けてくれた」


ひゅ~と口笛を吹いたその男の顔は異常なほどに整っていて、モデルや芸能人に居そうなほどだった。


そして、なんだか懐かしい感じがする。

どこかで会ったことがある気がした。


……どこでだろう?


「へぇ~……平凡な顔だね?」

嫌味かよ。

「別にいいだろ。どんな顔してたって」

僕がふいッと顔を背ければ、男はクスクスと笑った。

「ま、詳しい話はバーでしようよ。

さっきも言った通り、酒は俺持ちにするからさ?」


うまい話には裏がある。


「なんで、そこまで親切にしてくれるんだ?」


男はまたクスクスと笑うと僕の肩に手を置き、バーへと向かった。

「お、おいっ」

男の腕は、思ったよりも鍛えられているらしく、175ある僕の身長でもっても、ビクリともしなかった。


男の身長も同じくらいなはずなんだけど、と少し悔しくなる。


バーに入ると、おしゃれなジャズミュージックがかかっている。

中はとても暖かくて、外が酷く冷えていた事を知った。


「さて、何のむ?」

バーカウンターに入った男は頬杖をつきながら、僕に聞いた。

「じゃぁ、おすすめのカクテルを」

あまり、こういう場所には入ったことは無いが、二十歳の誕生日に親父に連れてこられたバーに似ていると思い、そう注文する。


「はいよ」

男はそう言って笑うと、カクテルを作り出した。

「で、僕をここに連れ込んだ理由は?」

「店の前でいたいけな少年が強姦されそうになっていたから?」

ご、強姦って……


「ってのは、冗談。でも、あの男には近づかない方がいいよ。俺からの忠告ね」

男はそう言って笑う。

良く笑う男だ。

「君、名前は?」

男が首を傾げ、カクテルを作りながらそう聞いた。

「影山」

僕が答えればふ~ん?と男は興味深そうに笑い「俺はマサキ」と名乗った。


マサキはふわふわとした茶髪に栗色の瞳をしている。

黒目黒髪の僕とは大違いで、あか抜けた雰囲気があった。

「マサキは、幾つなの?」

僕が聞けば「25」と答えが返ってきた。

げ、年上か……

「ちなみに、さっき影山君に声かけた人は32ね」


……知り合いだったのか?


まさか、酔わせて襲わせるつもりじゃ……ッ僕は怖くなり席を立とうとした。


「あぁ、怖がんないでよ。

アイツ、前はここの常連だったんだ。

俺が入る前だから、おれとの面識はないけど、ここの客を手あたり次第食って、しかも強姦そのものだったから、出禁になってる。

安心してよ。入ってはこれない」


クリスマスに聞いてはいけないものを聞いた気分だ。


「で、影山君は幾つ?」


「21」と答えれば、「まじか、もっと下かと思ってた」なんていうもんだから、何歳だと思った?と聞いたら、「18」という答えが返ってきた。


「それ、酒すすめちゃダメなやつ」

僕がむくれて返せば、マサキはクスクスと笑ってノンアルカクテルを渡すつもりだったと言った。


「ちゃんとした酒でも大丈夫そうだね。

ま、まずはノンアルのやつ、作っちゃったから飲んでよ」

緑とピンク色のノンアルカクテル。


「クリスマスって感じだな」

そう返せば、マサキはニコっと笑って、クリスマスだからねと言った。

「俺、この季節結構好きなんだ」

マサキは何かを懐かしむようにそう言って笑う。

ほんとによく笑う人だなと僕はグラスを傾けた。


「ん、美味しい」

ノンアルでも十分なほど、美味しい。

サイダーが入っているのだろうか。

シュワシュワとスパークするのが、心地よかった。


「ね、影山さ?……俺の事、見覚え無い?」

急に変な事を聞く。

「……?いや、分からない……」

するとマサキは苦笑いをして、「そっか」と呟く。

その姿があまりにも悲し気に見えて、僕はなんだか申し訳ない気持ちになった。


「まぁ、人って変わるもんだからね……影山。いや、祐介ゆうすけ


ん?なんでこの人僕の下の名前しってんの?

僕まだ酔ってないよね?


「覚えてない?

まぁ、君が五歳くらいだったから、覚えてないのも無理はないけど……。

鹿野かの正樹まさきって名前。

覚えてない?マサにぃって呼ばれてた。

四歳違いだったんだね俺ら」


まさにい……どこかで聞いた……懐かしい響き。

何だっけ……?


「マサにぃって、あのマサにぃ!?アメリカに行った!?」


やっと思い出した。という風にマサキは笑うと、僕の目の前から空になったグラスを下げた。


「五年くらい前に帰ってきて、このバーで働き始めたんだ。

ここのマスター辞めちゃったから、今は俺とボディーガードの二人で経営してるんだけど……」

懐かしい……そういえば、髪型とか目の色を変えれば、僕の知っているマサにぃになる。


「……変わりすぎだ!バカ」

分からなかったことへの恥ずかしさから悪態をつく。


「お前は変わんないね。ずっと昔のまま」

「悪かったな!さっき、年聞いた時可笑しかったか!?」


僕がむくれて、出されたカクテルを一気飲みする。

「わぉ、すごい飲みっぷり。祐介、酒強いんだ?」

クスクスと笑いながら、マサキは僕の頭を撫でる。


「子ども扱いすんなよ……」


酒が回ってきたようで、ぼんやりとした頭でそう答える。


「あれ、もう酔ったの?

なんだ、強いと思ったのに弱かったか。

ちょっと強いのにしちゃった。寝てもいいよ?……どうせ今日はもう客も来ない」


マサキの言葉がふわふわと気持ちいい。

僕はとろとろとした眠りについた。


「クリスマスの夜には奇跡が起きる」

これ、あながち間違いじゃないんじゃないかって思う。

ほぼ、16年ぶりの再会。


なのに、眠ってしまった僕が憎たらしい。

強い酒なんか出すなよ……マサにぃ


「メリークリスマス。素敵なプレゼントだな」

マサキの声で、ふと目が覚めた。

「お、目覚めた?」


マサキが水を渡してくれる。

「今、何時?」

ぼーっとした頭でそう聞けば夜中の2時だと返答が返ってくる。


「祐介。メリークリスマス」

マサキの声がとても明るい。


僕はむくりと起きるとぐんと伸びをした。

水を飲めば、酔いも覚めてくる。


「お前にはノンアルのみにしとくんだったな。話したい事山ほどあんのに、寝られたら話せない」

マサキはそう言うと、僕の肩に手を回す。


店内には僕とマサキの二人だけ。

ジャズピアノがロマンチックな音を奏でている。

「なぁ、祐介。俺たち付き合わない?」

酔ったからだろうか、それとも、この暖かな雰囲気の所為だろうか。


いや、どちらもなのかもしれない。

この人となら、僕は付き合っても良いのかもしれない。


そう思えてしまった。

「僕、ノーマルだよ?男と付き合ったこと無い」


そう言えば、マサキはクスっと笑った。

「知ってる。

別に行為を望んでるんじゃない。

いや、シたくないと言えば嘘になるけど……シなくてもいい。

そばに居れればそれだけでいい」


マサキの声は、言葉はどうしてこんなにも僕の胸に響くんだろうか。


僕は、静かに頷いた。


「……いいよ」

マサキは、嬉しそうに笑うと

「最高のクリスマスプレゼントだ」

と言って、僕の頬にキスをした。


その唇の感触に、僕の中で何かが解けた気がした。

「僕も……最高のクリスマスだと思う……」


僕の大嫌いだったクリスマスは、少しずつ、幸せなクリスマスへと塗り変えられていく、その始まりの瞬間だった。


祖母の言う奇跡が今、起きた様なそんな気がした。








                    メリークリスマス



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クリスマスの夜に まるも @marumo_2162

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