第22話 幸せのひととき

それか二か月後に、妊娠が判明。

そして、側室は解体された。

危惧されていたのは、王の束縛による王妃の体の心配だが、一週間に一度に濃密な時間を過ごすとセイに言いつけられていたおかげで、なんとか理解された。

そして、一夫多妻。

国の命令だとしても、長年に渡り根付いたものだから、本格的に女性に権利が与えられるのは時間がかかることだと説明された。

そこで、ゼストはロイナー国を手本にし、一から学びなおすことを決めたのだ。

一か月に一度、ロイナー国を訪れ、自ら国のことを学んでいる。

滞在は一週間で、その間はアンジュはさみしい思いになるのだが、誇りでもある。

弱小国を手本にすることないと反感を買ったが、ロイナー国ほど、女性の権利が守られている国はないと、ゼストが主張してれたのだ。

そして、今はまさにゼストがロイナー国に出向いていて、帰国する日だった。

「今日帰国ね? ナン」

「そうですねえ。とはいえ、この一週間、アンジュ様もお忙しかったじゃありませんか!」

「そうねえ。私の意見が欲しいといわれるとは思わなかったし、お医者さまの診察もあるし、おまけにアーネストからのお祝いの品がたっぷり届くし」

 アンジュの部屋にはアーネストからの祝いの品が山のように届いた。

 しかし、手紙にはこうある。

『おめでとう。でも、私はゼストの前妻に変わらないのだし、いつでもその地位を奪えるわ。油断しないようにね!』と。

 とはいえ、たっぷりのおもちゃは愛情なのか権力を見せているのかわからないが、嬉しい限りだ。

「アーネストって、素直じゃないわ。恋のライバルよって書けばいいのに」

 アンジュはため息を漏らした。

 ナンは気分のよくなるお茶を淹れてくれ、フルーツも切ってくれている。

「ありがとう。ゼストがいないのも慣れてきちゃった」

「ほうほうほう。『妻は』妊娠中に浮気をすると聞いたが、本当だな」

「ゼスト!」

 アンジュは嬉しくて立ち上がり抱き着くと、彼がそっと抱き寄せてくれる。

「俺以外に色目を使ってないか?」

「妊婦にそんな暇ないわ」

「じゃあ、俺に飽きたとか?」

「ありません」

 アンジュが顔を擦り付けていると、咳払いが聞こえてきた。

 セイだ。

「お楽しみのところ申し訳ないのですが、側室の一部が暴動を起こしております。どうされますか? なんでも、アンジュ様のことをゴシップ記事に売るとか」

 セイは揉み手をしながら嬉しそうだ。

「書かせておけ。で? 何を書かせるつもりだといわれた?」

「アンジュは王を垂らしこんだ。不倫の末の離婚劇! とまくし立てるそうですよ。証拠もあるとかないとか」

「証拠などない。さっさと下がれ」

「でも、アンジュ様がきちんと証拠を隠滅されているかどうか。例えば避妊具とかを綺麗に捨てているか?」

 そういわれると、アンジュは何も言えない。

 頭を回す余裕もなかったし、そんなものを漁られるとは思わないのだ。

「どうします?」

 セイの言葉に答えたのは、なんとアーネストだった。

 どこからともなく部屋に声が聞こえてくる。

『もしもーし。アンジュたちのこと、覗いてるって言ったでしょ? バカね。そのことなら、私があらゆる手を使ってもみ消してあげる。騒いだ側室はどう処分する?』

「あの、もう」

 アンジュがもごもごしていると、アーネストが深いため息を吐いた。

『バカね? 今度の標的はアンジュじゃなく、お腹の子よ? このタイミングなら、それしかないわ。いっそ、重罪になさい。もしくは母国に返すこと』

「アーネスト。悪いが、ゴシップ記事のことは任せた。俺は側室についての処分を考える」

『ぼんやりしてたら、王妃の座をのっとるって警告していたはずよ? アンジュ』

「そうね」

『幸せボケね。早く潰しましょう?』

 それきり、言葉は途絶えた。

「じゃあ、そのことばアーネスト様に任せましょうか。アンジュさまはお体を大事にしてください」

 セイに言われて、アンジュははっとした。

 これは最後の仕事だ。

 こぶしを握ると、はっきりと言う。

「セイ。側室の歴史を、彼女たちにも教えてあげて? そして、もう二度と近づかないでと忠告するわ」

「かしこまりました」

 セイは頭を下げると、出て行った。

 アンジュはひと仕事終えて、思わず深いため息を吐く。

 これからきっと、こんな風に蒸し返すことがあるのかもしれない。

 でも、ゼストととなら乗り越えていける。

 彼を見れば、アンジュを心配して抱き寄せてくれた。

「俺が守るから。側室だった者たちからのやっかみがないように、丁重に扱い、母国に帰ってもらう」

 ぎゅっと抱きしめられて、ゼストは代えがたい安心感を得て思わず目を閉じていた。

 この人なら大丈夫。

 何があっても平気だろうと、その身を委ねていた。


 

 それから一年後。

 アンジュは乳母とともに子育てに追われていた。

 最初は乳が出ないと嘆いたり、乳母に赤ん坊の『ネイ』を盗られそうで神経が尖っていた。

 ゼストはロイナー国を行き来したり、一夫多妻を無くす為に奔走している。

 ナンは乳母とは相性が最悪で、ネイの取り合いだ。

 ルドルフはアンジュとネイの専属の近衛兵になり、すぐそばにいる。

 セイは相変わらず口が軽い。

 そしてアーネストは、最近良い人が現れた、という噂だった。

「ナン、寝顔だけは本当に可愛いわ」

 ほっぺをつんつんと突いていると、刺激されて一瞬顔をしかめる。

 起こしたらいけないと、アンジュはすぐに手を引っ込めた。

 その日の空は快晴。

 ゼストとは久しぶりに晩餐を楽しめる。

 晴れ晴れとした気分になって、アンジュは思わずネイの頬をもう一度突いていた。


                                   了

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引きこもり姫が不倫相手に選ばれまして @Ikkakisaragi

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