報告 ―大輔―

 

「ご機嫌だね、大輔」


 何故か冷ややかに見て、浩太は言う。


 前田の事件に、かまけていたわけではなく、ちゃんと通常の仕事もやっていた。


 浩太のところに報告に行ったのだが、他人が見たらわからないだろうが、いつもより僅かに機嫌のいい大輔に、何故か浩太は冷淡だった。


「ねえ、大輔」

「ん?」


 応接テーブルの上に置かれた報告書を横目に見ながら、浩太は膝で頬杖をついて言った。


「赤ん坊だって、七年経ったら小学生だし、小学生は大人になるよ」


「何が言いたい……」

と大輔は上目遣いに見上げる。


「七年って歳月はさ。

 たぶん、お前が考えているより重いよ。


 本当に美弥ちゃんを取り返したいのなら、お前はもっと早くに行動を起こすべきだったんじゃないのかな」


「――それは予言か?」


 そうではないとわかっていて訊いた。


 浩太の感情を交えない瞳に違和感と、厭な予感を覚えながら。


「そうかもね」

と言った浩太に目を見開く。


「完全に戻りはしないだろうけど。

 この間の一件以来、なんだか吹っ切れそうな気がしてるんだ。


 でもまあ、これはほんとは、ただの予感。


 美弥ちゃんは、やっぱり叶一さんの手を振り解けないんじゃないかな」


 どきりとする。


 その言葉の中に何某なにがしかの真実を感じ取ったからだった。


「予感でもないか。

 長年付き合ってきたから、美弥ちゃんの行動パターンがわかるってだけかな。


 何を考えているのかも――。


 お前が叶一さんに勝とうと思ったら、あの人より、もっと憐れっぽく縋ってみることだね。


 そうしたら、美弥ちゃんはお前も振り解けなくなる」


「……それは愛情じゃないだろう?」


「それもまた、愛だろ。

 恋じゃあないかもしれないけどね。


 必ずしも、恋人が一番じゃないかもしれないってことだよ」


 ちょっと笑った浩太に、大輔は、


「お前……俺をいじめて楽しいのか」

とつい、情けない弱音を吐いてしまう。


「そういうわけじゃないけど。

 ただ、お前見てると、一体、どうしたいのさって、いつもイラッと来てたから」


「……ずっとそう思ってたのなら、何故、今言う」


 ようやく勇気を出そうかというこのときに。


「いや、僕にも口出しする権利はあるな、と気がついて」


 はあ?


 浩太は口許に手をやり、考えるように言う。


「僕、やっぱり美弥ちゃん、かなり好きかも。

 でも、何も言う気ないし、はなから諦めるつもり。


 偉いでしょ」


「そういうの偉いっていうのか……?」


「いつまでもぐずぐず言ってるお前や叶一さんよりはね」

と浩太は笑う。


「昨日さあ、一晩中、美弥ちゃんの寝顔見てたんだ。


 邪魔入んないよう、美弥ちゃんの携帯も、僕の携帯も、此処の電話も切って」


 やっぱり犯人はお前か、と大輔は軽く項垂れる。


 だいたい、普通連絡してくるものだろうが、そういうときは。


「なんかねえ、結構幸せだった。


 びっくりしたよ。

 そういうの初めてで」


 ぬけぬけと浩太はそんなことを言う。


「まあ、君たちのみっともなさも、時には可愛いんだけどね。


 どっちでもいいから、早く決着つけてよ。


 僕らも苛々するから」


 『ら』って誰だ。


 『ら』って――。


 まあ、お説教は終わり、と浩太は立ち上がる。


「次の客が来るから帰ってね」

と微笑んだ。




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