レシート
川原から上がってきた大輔に、お疲れ様、と美弥は微笑みかける。
「お前、いつから居たんだ?」
と案の定、気づいてなかったらしい彼は目をしばたく。
「ごめん。
結構前から」
と笑ってみせた。
ちょっと時間がかかり過ぎたな、と思う。
叶一が、いつまでも戻ってこない自分たちを、きっと心配していることだろう。
「ねえ、何か見えたの?」
「……まだ、時間が経ってないから、いまいち自分が死んだことがわかっていない。
やっぱり、その直前の行動を繰り返しているだけだ。
ただ、刺した相手のことを訴えるというわけではないんだろうが、やっぱり、あのレシートを見せるな」
「ああ―― たむらのレシート。
前田さんが落として、慌てて拾って逃げたやつね」
あそこにあれがあっても、すぐに犯人と結びつけられるものではない。
八巻自身があの日、たむらに行っているからだ。
たむらのレシートには日付はあっても、時間はない。
商品の金額が違わなければ、八巻のものだと思ったかもしれない。
だから、問題は、そこにそれがあったはずなのに、なくなっていたことの方だった。
つまり、それを持ち去ったのは犯人であり、犯人は、たむらの菓子とレシートを持っていた人間であるということだ。
それを持ち去ることこそが、こうして『見える』人間に、手がかりを残してしまうことになるとも知らずに――。
「前田さんに語っても」
「ん?」
「……今見えたものを前田さんに語っても、辛いだけだろうな。
八巻が嬉しそうに通り魔を退治した話をしてて、前田さんがそれを頷いて聞いてる。
二人でたむらの菓子を開けて、覗き込んで――。
そこだけ切り取ってみれば、仲のいい上司と部下に見えなくもないのにな」
大輔は川原を見下ろし、それきり黙っている。
少し雨が強くなってきた。
圭吾たちはどうしただろうと思いながら、
「戻ろうか、大輔」
と美弥は呼びかける。
ああ、と彼は頷いた。
「美弥」
行きかけた美弥の背に、彼は呼びかける。
振り返ると、
「手」
と言う。
―手?
「……繋いで帰ろうか」
たっぷり間を置いて、しぼり出したその声が大輔のものとは思えず、美弥はしばらく、彼の手とその顔を見比べていた。
やがて、大輔がその間に耐え切れず、
「もういいっ」
と癇癪を起こして歩き出す。
「ああっ、ごめんって。
いや~っ、待って待って!
一緒に帰るって~!」
と慌てて追いかけ、美弥はその手を掴んだ。
その見た目よりも骨ばった感触に、ちょっと驚く。
そういえば、いつも側に居るけど、あんまり大輔には触れたことがなかったな、と思った。
その感触を焼きつけるように、強く握ってみる。
こちらを見もせず歩いていく大輔の横顔に、ねえ、と呼びかけた。
「手を繋いだら不倫じゃなかったの?」
そう言ってやると、うるさいっ、と怒鳴り返された。
かなり肌寒い空気だったが。
だからこそ、大輔と繋いだ手が妙に温かく思え、美弥は久しぶりに、ほっとした笑顔を浮かべた。
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