三溝
「よお、大輔。
何かネタはないか?」
と三溝は川床を踏み抜きそうな音を立ててやってくる。
「行き詰ってんですか?」
と問うと、そうなんだよ、と素直に太い眉をひそめた。
こういうところが変わったな、と思う。
昔なら自分の弱みを見せるようなことは、決して言わなかったのに。
椅子を勧めると、
「いや、いい。
俺がこんなところで呑気に茶を飲んでちゃまずいだろ」
と目を細め、下流の現場の方を見遣る。
「それより、お前ら見舞いに行かねえのか。
って、行くわけねえよな」
と頬杖ついている浩太の顔を見て言う。
「事件のことで、話訊きに行ったんじゃないんですか?」
「俺は忙しかったから。
部下が先に行っちまったんだ」
「行きたいんですか?」
「うーん、でも、ひとりじゃなんかなあ。
そんなに知り合いってわけでもないし。
叶一は行かねえよな」
「美弥が引きずっていけば行くかもしれませんが」
今すぐ死にそうだというのなら別だが、思っていたよりも軽症だったので、なんだか改まって顔を覗けるのも恥ずかしかった。
狭い病室の中で、面と向かって何を話せばいいというのか。
「三溝さんってあの人好きなんですね」
一応、笑顔で浩太が問う。
「好きって言うかなあ。
尊敬してるんだ」
「尊敬?」
「インチキ予言者、お前の前でこういうこと言うのも悪いと思うけどよ」
「……人をインチキ呼ばわりする方が悪いですよ」
と浩太は苦笑いする。
「俺はあの人が帰ってきたとき、なんていうか、ちょっと感動したんだ。
この町で、ずっとセンセーセンセーって言われてた人が一気に殺人犯になったんだぞ。
同情する奴も居るけど、しない奴が大半だ。
普通なら逃げるだろ、此処から。
仏門に入ってから、長い年月かけて、あの人はまた町の人の信頼を勝ち取ったんだ。
すげえと思うよ、俺は」
「大輔たちには感心しないの?」
「お前らには、面と向かって言いづらい」
三溝は目を閉じ、照れ隠しなのか、ちょっと威張った感じに言う。
「それに、お前らには、龍泉さんっていう
「そういうのの先達ってどうなんだろうね……」
「殺人犯と、所詮、身内の揉め事なのとじゃ、また違うしな。
お前らのは、うっかり警察が介入しちまった家族喧嘩だ」
その言葉に、大輔が苦笑する番だった。
確かにそうだったと後から思った。
もっと他の方法が、冷静になれば、たくさんあったはずだったのに。
「特に叶一!
あいつは、なんなんだあ?
『やあやあ、出所記念に一杯どうだい?』
なんて職場まで乗り込んで来やがって。
最初は引き気味だった奴らまで、いっつもあの調子で現れるから、いつの間にか、ぐずぐずにっ」
「似てますよ、三溝さん。
その物真似」
浩太がそう言うと、三溝は自分でやっておいて不快そうな顔をする。
「ま、叶一さんのあれも人徳ですよね~」
そんな言葉は聞きたくないとばかりに、三溝は腰に手をやり、溜息をついた。
「まあ、じゃあ、あれだな。
すぐ退院できるらしいから、そのとき、寺の方にでも顔出してみるよ。
――どうした? 大輔」
大輔は途中から話を聞いておらず、下流の方を見ていた。
「僕らが早くに町に受け入れられたのは、殺人犯ではなかったから。
そうですよね。
例え、やったことが同じでも、結果ひとつで、こんなに人の受け取り方が違う」
そして、たぶん、やってしまった人間の心の中でも――。
急にそんなことを言った自分を、二人は目をしばたたき眺めていた。
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