秘密

 

 去ってく三溝の後ろ姿を見送りながら、頬杖をついて浩太は呟く。


「僕さあ、変な同情心出して、あの人の肩持つ奴、嫌いなんだけど、三溝さんは、いい人だよね」


「まあな……」


 だが、そのいい人なところが、彼をよく知らない人間には、ちょっとわかりにくくもあるのだが。


「美弥ちゃんも許せるな。


 かばいつつも、かつての恩師だろうがなんだろうが、平気でボコボコにしそうだからかな」

と笑顔で言う。


 その頃、病院で本当に龍泉が、美弥に罵られ、落ち込んでいることなど、知る由もなかったのだが。


「ところで、結局、お前が見た未来ってなんだったんだ」


 なんとなく、今回のこととも関係がありそうな様子だったので訊いてみたが、


「ああ……、教えない」

とあっさり言われる。


「口に出して、ほんとになったら嫌だから教えない」


「夢は黙ってたら、ほんとになって、口に出したら、ならないって言うけどな」


 そう言ってやると、ちょっと考え込んだが、

「いや、口に出すのも嫌だから」

と言う。


 膨れたようなその態度に、なんとなく、その内容を察して笑うと、


「……なんだよ。


 お前、人のこととなると、聡いよね? 

 自分はどうなの?」

と、とばっちりがやって来た。


「今、俺のことは関係ないだろう」


「自分たちの置かれた状況に対しては聡くないのかって訊いてんの。


 僕はそろそろラストチャンスなんじゃないかと思うけどね。


 美弥ちゃんは、そろそろ、叶一さんでもいいかなって思い始めてんじゃないの?」


 黙りこむと、溜息をつき、

「だいたい、なんだってお前、そう頑なに、なんにも言わなかったのさ」

と言う。


 迷う自分を見透かすように、さっきの台詞を繰り返す。


「口に出した方が悪いことは現実にならないんじゃなかったの?」


 俺のは既に現実になった悪夢だ、と思いながら、さっきの浩太とは反対側、川の方に向かって頬杖をついていたが。


 昔と変わらぬ、長閑に鴨が行ったり来たりする光景に、つい、浩太を手招きした。


 なに? と身を乗り出す。


 耳打ちする間、浩太は黙って聞いていたが、やがて笑い出した。


「なにお前!

 そんなこと気にしてたの!?


 莫迦じゃない!?


 いや、らし過ぎるって言うか――

 それ、いつの話?」


「中学……一年?」


 疑問系で言ってみたが、本当は、はっきり覚えていた。


「意外と普通だね、大輔。

 その後、ずーっと根に持ってるってのが普通じゃないけど」

と足を踏み鳴らして喜んでいる。


 言うんじゃなかったと思いながら、豪快に笑い飛ばしてもらって有り難いような気もしていた。


 俺の気にすることなんて、大抵、たいしたことじゃないんだよな。


 現に、今も浩太は目の前で、涙を流して喜んでいる。


「あー、しょうもな。

 しかし、美弥ちゃんもひどいよね~。


 僕、その後の行動、想像つくよ。

 次の日、それ、さっぱりなかったことにされたんでしょ」


 さすが長い付き合いのことはある。

 ずばり、その通りだ。


「それから、ずーっとお友達なんだ。

 そりゃ、お前も悪いし、美弥ちゃんも悪いや」


 こんな浩太からしてみれば、くだらないことに、こだわって、美弥は自分のことを仲間だとしか思ってないんじゃないかと疑って、結局、あんな事件になった。


「どんな事件も――」


 浩太が少し笑いを止めて、こちらを見た。


「落ち着いて相手と話せたら、起こらずに済むものなのかもしれないな。

 時間を置けば置くほど、きっと」


 鬱屈した想いが溜まっていって、どうにもならないところまで来てしまう。


 ほんとは、こうして、誰かに笑い飛ばしてもらえる程度のことなのかもしれないのに。


 大輔は三溝が消えた下流を見つめ、膝の上のレポートを握り締めた。





  • Twitterで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る