蒼天の弓 ― お弁当―
「いただきます」
箸を割った美弥は、膝の上の弁当に向かって手を合わせる。
渓流沿いの崖の上を走る電車はよく揺れた。
滑りそうになるお弁当を慌てて手で押さえる。
「松茸だ、松茸だっ!」
わーいとその駅弁の蓋を開けて美弥は喜んだ。
「でも、シーズンまだだよね? 輸入物?」
「瓶詰めかなんかじゃないのか?」
素っ気無くそんなことを言う大輔は、もう食べ始めている。
片手で、この電車と幾つかの目的地の書かれたメモを見ながら。
その白いワープロ用紙に書きなぐられているのは叶一の字。
「何処を旅するつもりだったんだ、あいつは……」
山に向かって走っていく電車に大輔は溜息を漏らした。
叶一がいつも読んでいるパソコンの雑誌の間から美弥が見つけてきたものだ。
本来なら、三根たちに渡さなければならないのだろうが。
出来るなら、自分たちの手で叶一を発見したい、と美弥は言った。
「見て見て、大輔。
凄い。
上から見ると、結構流れ速いね、これ」
美弥は振り返り、崖下の大きな川を見る。
ところどころに腰まで水に浸かって釣りをしているおじさんたちが居た。
寒くないのかなあと思いながら見ていると、窓をときどき、伸びすぎた沿線の草木が打ちつけていく。
「お前、高所恐怖症だろ。
大丈夫なのか?」
「へーきへーき。
遠くを見てれば」
ふと見ると、大輔はあの叶一のメモを見て、じっと考え込んでいる。
「どうしたの?」
「いや……何を思ってこれ書いたのかなと思って」
さあね、と美弥は軽く笑う。
「ねえ、後で圭吾の携帯かけてみよっか?」
「止せよ。
公衆電話なんかからかけたら、すごい勢いで金落ちるぞ。
だいたい、なんて報告すんだ?」
そうねえ、と少し窓を引き上げた美弥は入り込んだ風に、髪を押さえ、目を閉じる。
「あ……」
「ん?」
「子どもの頃、梅ガムとか珈琲ガムとかあったじゃない。
キオスクでよく買ってた。
あれって今もあるのかな?」
「あるんじゃないか?
お前が買わなくなっただけだよ。
他に種類が増えたから目に入りにくくなっただけだ」
そうか、そうかもねえ、と美弥は座り直す。
だが、目だけはまだ、窓の外を見ていた。
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