蒼天の弓 ―倫子―
「叶一さん、こんなところに居ていいの?」
相変わらず薄暗い部屋の隅を向いて、パソコンをいじっている叶一の背に、倫子は呼びかけた。
「だって、倫子ちゃんのお父さんたちに謹慎くらってんだよ?」
倫子は近くの椅子に腰をかけ、
「……そうだけど」
と呟く。
叶一の叩くキーの音を聞いていた。
「でもまあ、今、彼らが疑ってんのは、僕じゃなくて、美弥ちゃんと大輔かなあ。
君も思わなかった? 事件聞いたとき。
あの二人がやったんじゃないかって」
さらっと叶一はそんなことを言う。
思わない、とふてくされたように言ってみたが、叶一は振り向きもせず、笑っている。
「それを言うなら、あのおじさんだって怪しいじゃない。
ほら、院長の」
久世琢磨。
あの男に比べれば、隆利の方がまだ可愛げがあるような気がする。
口をきく機会があるからかもしれないが。
叶一たちの話を聞いていると、隆利のようなひどいことを言わない代わりに、他人と出来るだけ係わりを持つまいとする冷たさが琢磨にはあるようだった。
それも、あの久世の家で育ったせいだと言われればそれまでなのだが。
「あの人はやんないよ。
そりゃ、グループ総帥って立場は魅力的だろうけど、今の地位を引き換えに殺人を行うほど計算できない人間じゃない」
ふうん、と倫子は面白くもなく相槌を打つ。
「幾ら衝動的な犯行ったって、あの人ならそれがストッパーになったはずだよ。
だから、あれが出来たのは、そんなもののない人間――」
地位も立場も気にしない人間。
「守るもののない人間」
そう笑って付け加えた叶一に、
「じゃあ、叶一さんじゃないわね」
と言ってやる。
なんで? と初めて叶一が振り返った。
「だって、あなたには美弥が居るじゃない」
「美弥ちゃんを守んなきゃいけないのは、僕じゃないよ」
倫子はぷらぶらとぶら下げた足を振る。
叶一の方をわざと見ずに言った。
「叶一さんは基本的に私を馬鹿にしてるのよね」
「なんで? そんなことはないよ」
急にそんなことを言った自分を不思議そうに叶一は見る。
倫子は椅子から飛び降りるように降りた。
「でも、私は、あなたも美弥も知らないことを知ってるわ」
もう帰るね、と倫子は机に置いていた鞄を手にとった。
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