蒼天の弓 ―三根―

 

 大倉が昼を買いに行っている間、三根は学校近くの川原にしゃがみ、煙草をふかしていた。


 誰かが流したらしいピンク色の小さなボールが対岸近くをぷかぷか流れていった。


「三根さん」


 ふいに呼びかけられて振り向くと、三溝が立っていた。


「おお、なんだ。

 なにしてんだ?」


「ちょっと休憩を。

 叶一動きませんしね」


 お前な、と項垂れる。


「本気で叶一が犯人だと思ってんのか」


「と言いますか。


 正直言って、あのうちの一人を突き詰めて見てると何かわかってくるんじゃないかと思いまして」


 叶一は昨日の一件で、というか、それを理由に謹慎させられている。


「三溝よ。

 お前もあの三人に絞ってんのか?」


「そういうわけでもないですよ」


 手にしていたらしい紙パックの苺みるくを飲み干して握りつぶす。


「言ったでしょ。

 一人を見てたら周りの関係性も見えてくるだろうって。


 あの家、複雑ですからね。


 なかなか全体的には見渡せないし、誰も口を割らないから、とりあえず、一人に張り付いてみたいだけですよ。


 実は、あの家政婦もちょっと怪しいかなと思ってるんですけど。


 花鋏、あそこに置いてたって言ってましたけど。

 そうじゃなくて、自分で持ち出して刺したのかもしれんでしょ」


「莢子さんはそんなことする人じゃないよ」


「ほらほら、それがいかんのですよ。

 下手に知り合いだから、そういう先入観が混ざるでしょ?


 私だって、大輔や美弥ちゃんを疑うのは抵抗ありますよ。

 その点、叶一なら抵抗がないですから」


 それもどうだろうなと思うのだが。


「叶一が犯人でないとするのなら、それは何故か。

 あいつや、他のメンバーが何を考えているのか。


 叶一を疑うことでわかってくる気がするんですよ」


 まあ、筋は通ってるかな、と思ったとき、大倉がビニール袋を手に、上の道を歩いて来るのが見えた。


 一緒にそれを見ながら三溝は言う。


「三根さんはあの三人に絞りたくないんでしょう?


 久世隆利に一番近い人間には違いないですが。

 確かに、理由はそれだけとは限りませんよね。


 だとするなら、倫ちゃんだって怪しい」


 ぶはっ、と三根は煙草を吹いてしまった。


 三溝、お前~と睨みながら、落ちた煙草を地面で揉み消す。


「だってそうじゃないですか。

 倫ちゃん叶一が好きなんでしょう?」


 あまり突かれたくない点を突かれて、三根は苦虫を噛み潰したような顔をした。


「美弥ちゃんと叶一の結婚で、本来憎むべきは美弥ちゃんなんだけど。


 親友の倫ちゃんは、叶一との結婚で彼女がどれだけ苦しんだか知っている。

 だから、彼女は恨めない。


 恨むとしたら、あの結婚を強行した久世隆利でしょう。


 ……娘さんのアリバイは確かめられましたか?」

と三溝がでかい顔を近づけてくる。


 うるせえよ、と三根は手でそれを退けた。


「倫子がそんなことするはずないだろ。

 こういう言い方するのは癪だが……


 倫子の叶一に対する気持ちはなんていうか、憧れというか。

 なんであんな奴に憧れるのか知らないけどな」


 叶一のことが嫌いなわけではないが、あんまり婿には来て欲しくないタイプだ。


「それで殺人までいかないだろ」


「まあ、私も倫ちゃんがやったとは思いませんけどね。


 ただ、犯人は莢子さんの証言が正しければ、そこにあった鋏で刺してるんです。


 いわば、衝動的な犯行ですよ。

 それなら、誰にだって可能性はある。


 私も何度か話したことはありますけど。

 むかつきますからね~、久世隆利の物言いは。


 刺す気がなくとも刺しちまいそうですよ。

 大輔は誰に似たのかな?」


「……ありゃ、母親似だよ。

 母親の方がもうちょっと愛想良かったけどな」


 大倉が下りて来るのを窺いながら、三溝は言う。


「まあ、先入観は捨てることですよ、三根さん。

 こんなこと言うと、お前こそ捨てろって言うんでしょうけどね」


 そこで三溝は立ち上がった。

 大倉に向かい、手を上げ物を言う。


 こう見えて、三溝は意外に細やかに気を使う。

 今も大倉が来たから、倫子の話題を切り上げたのだろう。


 三根も溜息ついたあとで立ち上がり、ズボンをはたいた。


「おーくらー、遅いぞー」


 お前が遅いから聞かなくていい話、聞かなきゃいけなくなっただろ、と三根は溜息をもらす。



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