蒼天の弓 ― 七年前 近衛家 ―


 夜、美弥がアイスを食べながらテレビを見ていると、


「美弥」

と縁側から父親が呼びかけてきた。


「お前、見舞い行かなくていいのか?」

「昼間行ったし、一応面会謝絶だもん」


 第一、私がガラスの向こうからあの男を見ていたところでなんになるというのだ、と美弥は思う。


「助かんのかなあ、おっちゃん」


 寝転がって携帯ゲームをしていた小学生の洋が言った。


「助かるんじゃない?

 あの人がそんな簡単に死んでくれるわけないもの」


 こら、美弥、と吾郎が娘をたしなめる。


「そうだ、姉ちゃん」

と洋が、もういつもの口調になり、こちらを振り向いた。


「叶一にこの間のゲームもう一回貸せって言っといて。


 エンドマーク見たあと、スタートボタン押したら、おまけが見れるんだったんだんだ」


「そんなこと自分で頼みなさいよ」

と言いながら、弟にとっても、隆利の生死はその程度のものなのかと思った。


 あまり接点がないからなのかもしれないが。


 他人事ながらちょっとむなしくなる。


 だが、いっそ、こんな風に興味がない方がマシというものか。


 隆利の死を願っているものが数多く居ることを美弥は知っていた。


 実際のところ、大輔が言うように、あの琢磨だとて、わかったものではない。


 今、隆利が死ねば、その権利は全て大輔に行くはずだ。


 叶一は戸籍上は親子ではないのだから。


 だが、高校生の大輔に久世グループが仕切れるはずもなく、後見となるべき祖父も先日、他界した。


 となれば、琢磨が実権を握る可能性が高くなる。


 そんなことに思いを巡らせていたが、


「つれねえの」

と言いながら立ち上がった洋が、敷居のところで足を止めているのに気がついた。


「姉ちゃん俺さあ、来年、貴陽きよう中学に行こうと思うんだ」


「え? なんで?」


 貴陽中は私立だ。


 このまま公立に行った方が友達もたくさん居ていいだろうに、と思っていると、洋は、


「だって、あそこ弓道部があるんだ」

と言った。


「でも、骨格が育つまで、あんまりやんない方がいいって大輔は言ってたわよ」


「そうだけど。

 全国的には結構あるんだぜ、弓道部のある中学」

と弓を引き絞る真似をする。


「だってさあ、格好いいもんなあ。

 弓道やってるときの大輔」


「……普段は格好よくないっての?」


 顔を上げずに言った姉の気配に怯えて、今度こそ、洋は退散した。


「美弥」

と吾郎が遠慮がちに呼びかける。


 その先を聞かないように、さてと、と美弥は立ち上がった。


「叶一さんとこ晩御飯持って行こうかな。

 もう帰って来てるでしょ」


 そう壁にかけられた丸い時計を見ながら言う。


「お母さん、お母さーん、さっきのタッパー出しておいてー」


 吾郎の方を見ずに台所に向かって歩いて行きかけたが、思い直し、足を止める。


「お父さん」

「なんだ?」


「あ、いや、後で会社の鍵借りていい? 


 大輔、試合近いんで練習したいって言ってたから」

と笑って見せると、吾郎は、ほっとした顔をした。


「ああ、台所のキーボックスにあるから、いつでも持って行きなさい」


 はーい、と答え、今度こそ、台所に向かう。




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