第二章 七年前の事件

七年前の事件――


 さて、そろそろ出かけるか、とデスクから立ち上がろうとした三根は、


「やあ、おはよう、水野くん」

というあまり聞きたくない声に振り返る。


 案の定、奥の鑑識が居るスペースに叶一が居た。


「叶一、勝手に入ってくんなっつってんだろ?」


 そう言いながらそちらに行くと、

「いやあ、まあ、ちょっとね。

 いいよね、水野くん?」

 そう唯一の味方に向かって言う。


 はいっ、と水野は嬉しそうに頷いた。

 まるで、尻尾を振る仔犬だ。


「お前、水野から何聞きだそうってんだ。

 前田さんから依頼受けたわけじゃないんだろうが」


「そうなんだけど。

 僕、気になったことは追求しないと気が済まないたちでさ」


 そんなんだから、事務所の経営が立ち行かないんだろうが、と思う。


「特にわかったことはないっ」

 水野の口を塞ぐように三根は勝手に答えた。


 三根さん~っ、と水野が訴えるように見上げて言う。


「そりゃあ、部外者に話すのはよくないと思いますけど。

 先輩の鑑識に関する知識は、やっぱりずば抜けてるんですよ。


 出来れば、ゆっくり伺いたいと――」


「なにが先輩だ。

 そいつが鑑識に居たのは、もう遥か昔の話だ!」

と怒鳴ると、


「つれないねえ、三根さん」

と叶一は苦笑する。


 だが、なんだかんだ言いつつも、叶一は結構、此処に居る。

 つまりは自分もうまく丸め込まれているということか。


 叶一が出て行ったあと、その姿を追うように見ながら水野が言った。


「格好いいですよねえ、叶一さん」


 ああっ? とつい威嚇するように訊き返してしまう。

 だが、水野はびくびくしながらも言った。


「頭いいし。

 博識だから話してても面白いし。


 美弥さん、何が気に入らないのかな」


「……痛い話をすんなよ、水野」


 何が気に入らないというわけでもないのだろう。

 だから、離れているとはいえ、結婚生活は続いている。


 久世大輔という存在さえなければ、あの二人は案外いい夫婦なのかもしれないが。


「でも、叶一さん、やけに今回の事件引っかかりますね」


「そりゃたぶん……ああ、お前知らなかったか、例の事件」


 そう言うと、水野は間を置いて、知ってますよ、と言った。


 その瞬間だけ、いつも柔らかい水野の顔つきが変わっていた。


 未だにあの事件に触れるのはみんな嫌がる――。


「そうか。

 知らないはずないよな。


 すぐに耳に入るだろうから」


 叶一の父親、久世隆利が刺されたのは七年前。


 生死の境を彷徨う羽目になったのは、刺された傷よりも、そのまま放置されたことが原因だった。


「でも、ほんと、今回の事件と似てんな……」


 ぼそりと呟いた自分を水野はただ、上目遣いに見上げていた。



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