蒼天の弓 ― 玄関ホール ―

  

「おう、どうした?」


 美弥たちが下に下りると三溝がすぐに声をかけてきた。


「学校帰ろうかと思って」


 そう美弥が言うと、大ちゃんもか? と眉をひそめる。


 父親に付いていろと言いたいのだろう。


「三溝さん」

と大輔が呼びかけた。


「三溝さんは、犯人、誰だと思います?」


「俺か?」


 三溝は笑い、

「俺は叶一だと思うな」

と言った。


 あまりにもあっさりしたその言葉に、美弥は苦笑いしながらも問うてみる。


「あのー、なんで、叶一さんなんですか?」


「ほら、この前、隠居してた前会長が亡くなったろ?

 あのときの遺産分与でごたごたして、それでブスッと。


 叶一は一応、あのジジイの息子ってことになってるじゃないか。

 なのに、たいした遺産もらえなくて切れたんだよ」


「……まるで、二時間もののサスペンスですね」


 わかりやすいだろ、と三溝は大きな口で笑ってみせる。


「で、その遺産分与についてはもう調べられたんですか?」


「まだこれからだよ。

 口堅いしなあ、お前の一族。


 一番怖いのは、あの琢磨院長だが」


 久世琢磨は人当たりは悪くないのだが、したたかさでは、隆利の上を行く。


 お前なんか知ってることはないか、と問われ、大輔は、


「さあ。

 俺はそういうことには興味ないんで」

と流していた。


「行くぞ、美弥」

と言われ、美弥は大輔について行く。


 屋敷を出る前、ちらと振り返ると、三溝は何に思いを巡らせているのか、心此処にあらずな感じでこちらを見ていた。


 にしても三溝さん……。

 叶一さんが犯人だとか。

 何処まで本気なんだか。


 いやいや、あの人、全部本気かも、と美弥は思う。


 三溝の叶一に対する友情は歪んでいて。


 なんであんなに絡むのかと思ったら。


 あれだけの才能と素質を持ちながら、適当に生きている叶一の態度が、努力家の三溝としては許せないということのようだった。


 叶一さんも努力してないわけじゃないんだろうけど、顔に出ないというか。


 態度に出ないというか……。


 幾ら頭がよくても、開いてもいない書物の内容は覚えられない。


 叶一が本気でちゃらんぽらんなわけではないと、三溝もわかってはいるのだろうか。


 ちなみに、三溝が特に叶一を許せなくなったのは、彼が久世の人間であると知ってからのようだった。


 充分な地位を狙える身でありながら、何故それを放棄出来るのか、三溝にはわからないようだった。


 どっちの生き方が正しいとも言えない。


 傍から見ていたら、息苦しい感じだが、三溝は自分の生き方に満足しているようだった。


 努力が楽しい人間もこの世のには居るのだ。


 少しずつ少しずつ、努力により、ステップアップしていくのが好きなのだと以前言っていた。


 美弥は小さく溜息を漏らす。


 なんだか私、見習わなきゃいけない人が多すぎるな~。


 三溝さんからは生真面目さを、叶一さんからは――


 あんまり認めたくはないけど、肩の力を抜いた生き方を。


 そこで、

「なにとろとろ歩いてんだよ」

と睨んできた大輔を美弥は睨み返してみた。


「私、あんたからは何を学べばいいの?」

「はあ?」


 突然、喧嘩を売り出した自分を、大輔は不思議そうに見てい。


 パッと見、堅実そうだけど。


 この男が一番、見習うべきところが思いつかない。


 真面目そうに見えて、実は勢いに流されて、そのまんまだし。


 何か考えてそうで、全然考えてない気がするし。


 ……なんか腹立ってきたな。


 美弥は大輔を置いて、ひとり走り出す。


「おい、こら待て!」


 どうしようもない衝動に押され、走る美弥は足を止めずに振り返り叫んだ。


「待ちません~っ」







  • Twitterで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る