近衛探偵事務所 ―浩太―

 

 そのマンションの重そうなドアを開けようとしたとき、中から激しい物音がした。


 そこは看板は出ていないが、浩太の事務所だった。


 まさか、詐欺がバレて殴り殺されてたり……、と美弥が身構えたとき、派手にドアが開いて、女が飛び出してきた。


 ぱっと避けた美弥は女の手にナイフがないことを確認する。


 アイボリーのハイネックのノースリーブから覗いた女の細い腕には筋肉の欠片もなく。


 これでは浩太を絞め殺すのも無理だな、と瞬時に判断し、ほっとする。


 女はキッと美弥を睨み、


「あんた、誰よっ!?

 何処の女っ?」

といきなり喧嘩を吹っかけてくる。


 おいおい、と思いながらも、美弥は真面目な顔を作って言った。


「瀬崎さんに仕事を依頼している者ですが、貴女は?」


 女は美弥の如何にもキャリアウーマン風な服装と落ち着いた言動に、ようやく正気に返ったようだった。


「……す、すみません。

 急いでいたもので」

と恥ずかしそうに言い、そそくさと立ち去った。


 彼女がエレベーターホールに消えるのを見送っていると、そうっと中から扉が開く。


 パチパチと小さく浩太が手を叩いた。


「いや~、美弥ちゃんっ。

 さすがっ。

 お見事っ」


 ……ぶっとばそうかな~、こいつ、と腕組みして美弥は思う。




 浩太の事務所は美弥たちの事務所とは全く違う、全面ガラス窓で南向きの、明るく立派な事務所だ。


 だが、美弥は眩しい日差しに瞳を瞬かせながら文句をつける。


「浩太、この窓潰しなさいよ」

「えっ? なんで?」


「こんなに窓ばっかりだったら、どっからでも射殺できるじゃないの」


「それ、僕、誰に射殺される予定なの?

 叶一さん?」


 いや、なんで叶一さん、と思う美弥に浩太は、


「仕事のことなら大丈夫だよ。

 そもそも、そんなご大層な案件扱ってないから」

と言う。


 それはそれで問題がある、と思いながら、美弥は、はい、と浩太に茶封筒を渡した。


「違うわよ。

 あんたの場合、女性問題で撃たれるのに決まってるじゃない。


 さっきのはなによ。

 また依頼人に手を出したの?」


「人聞き悪いねえ。

 僕から手を出したことはないよ。


 また勝手に向こうが盛り上がって、勝手に怒って出ていっちゃっただけだよ」


 来る道中、昔のことを思い出していた美弥は、思わず、

「あの可愛かった浩太は何処に行っちゃったのかしらね……」

と呟く。


 色の白いところと、目許の愛らしいところは変わっていないが。

 背も顔もシュッと長く伸びて、鋭角的になった。


 今流行りの綺麗顔だ。

 あの手のアイドル顔が、美弥はあまり好きではないのだが――。





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