蒼天の弓 ― 私室 ―

 

 

 許可をもらって美弥たちは大輔の部屋に上がった。


 自分の家なのに許しをわねば自由に動けないのも、妙なものだが。


 戸を閉めてすぐ、美弥は、

「ねえ大輔」

と呼びかけた。


 言っておいて、一瞬、惑った美弥に、なんだ? と大輔は不審の眼を向ける。


 美弥はトコトコ近づいて行き、抑えた声で問うた。


「大輔、なんか見えないの?」

「はあ?」


「いや、現場で何か見えないの?」


 大輔の力のことはもう仲間内では知られていたが、普段話題に上ることはなかった。


 彼がそのことに触れられたくないのをみんな知っているからだ。


 だが、此処はひとつ、と美弥は勇気を持って訊いてみた。


 だが、

「莫迦。

 誰も死んでないのに、なに見るんだよ」

と言われてしまう。


「そういえば、そうね……」


「だいたい俺はなんでもかんでも見えるわけじゃないぞ。

 昔ほど力強くもないしな」


「力といえば、浩太、最近会わないわね」


「受験勉強で忙しいんだろ。

 あいつんちの親、そういう意味では、厳しいし」


 言いかけ、大輔は珍しく笑った。


 なに? と美弥が上目遣いに見上げると、

「いつの間にやら、浩太も呼び捨てにされてんな」

と大輔は、ぼそりと呟いた。


「ところで、この事件、お金目当てじゃないんだね」


「何処も荒らされてないからな。

 もっとも、俺たちの知らない何かがあったのなら別だけど」


「三溝さんたち、安達先生にも確かめたんでしょう?」


 会社の顧問弁護士の安達保弘あだち やすひろ


 美弥もある事情により、面識がある。

 見るからに大会社の顧問といった風格のある男だ。


「親父の遺書にも問題なかったようだしな」

「おじ様、遺書なんか書いてたの?」


「当然だろ。

 はっきりさせとかなきゃ何かと揉める元になる」


 またあの顔だ、と美弥は思う。


 まったく感情を窺わせない瞳。


 最近、大輔はこんな顔をしていることが多くなった。


 窓は開いているのに、なんだか息苦しく、机に寄りかかった美弥は、ふっと息をつく。


 戻るか、と大輔が言った。


「やっぱり此処に居てもどうしようもない」


 そうだね……と美弥も小さく同意した。







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