蒼天の弓 ― 久世家 ―

  

「おう、大輔。

 美弥ちゃんじゃないか」


 塗り壁に道を阻まれたのかと思った、と美弥は思った。


 玄関扉を開けた途端、巨大なものが視界を塞いだからだ。


 なんの選手だと問いたくなるようなゴツイ体格の三溝が、ちょうど玄関先に立っていた。


「お前ら病院に居なくていいのか?」


「俺が付いてたところで、どうせ親父にはわかりませんから」

と大輔が、らしい回答をする。


 大輔は中に入ると、ちらと玄関ホールの階段下を見る。


 血の跡は消されていたが、人の形に描かれた白い線はそのままだった。


 それを見た美弥は、まるで、ぎこちなく動き出すクレイアニメのようだと思った。


 階段の左側には、問題の花鋏があった花瓶のある台がある。


 そして、右側には電話のある台。


「この電話、壊れてたんだってな」

「ええ、運悪く」


「電話、下に落ちてたよ。

 壊れてるとわかっても引っ張ったんだろうな」


「……そこまでして助かりたかったんですかね」


 こんなときにまで父親に対して攻撃的な大輔を、さすがに三溝がいさめようとしたが、そのとき、莢子が現れた。


 莢子は大輔の祖母といっても通るくらいの年で、長年この久世家に仕えてきた女だ。


 年の功か、人柄か、唯一隆利と喧嘩なくやっていける人でもあった。


「大輔さん、すみません。

 私が鋏を置き忘れたばっかりに」


 大輔は、いつも我儘な父親によく付き合ってくれている莢子を元気づけるように言った。


「関係ないですよ。

 刺されるようなことしてた親父が悪いんですから。


 俺だったら、鋏がそこになくとも。

 やろうと思ったら、何処からでも凶器を探し出してきて刺しますよ」


 おいおい、物騒なこと言うなよ、と三溝が苦笑いする。


「入院中、またお手を煩わせてしまうと思うんですが。

 すみません。よろしくお願いします」

と頭を下げる大輔に、莢子は心配そうに言う。


「でも、大輔さん。

 お手隙のときでいいですから、旦那様に付いてて差し上げてくださいね。


 ああ見えて、本当は、ぼっちゃま方を頼りにされてるんですから」


「……わかってますよ。

 ありがとうございます」


 大輔が頷くと、病院へ届ける衣類などの準備のために、莢子は奥へと下がっていった。


「わかってますって顔じゃないけど」

と美弥は呟いたが。


 大輔は、

「そういう顔なのは生まれつきだ」

と素っ気なく言う。


「それより大ちゃん」

と三溝が大輔に声をかけた。


「隆利氏が発見されたとき、玄関に鍵がかかってたんだが」


「密室だったってことですか?

 まあ、密室というには広すぎますけどね」


 大輔は建物全体を見渡すように視界を巡らす。

 玄関ホールは三階までの吹き抜けになっていた。


「いや、二階の廊下の窓が開いていた。

 近くに伝い下りれそうな木もないことはなかったんだが……」


「釈然としないようですね」


「その木の下に足跡がなかったんでな」

「塀まで飛んだのかもしれませんよ」


 無理だろう、距離がありすぎる、と顔をしかめる三溝の横から美弥が口を挟んだ。


「でも、密室でないのなら、何故わざわざ鍵をかけたのかしら」


「あいつが這って外に出て、助けを呼ばないようにだろう?」

と言う大輔に、ふうん、と美弥は相槌を打つ。


「……なんだ?」


「なんでも?」

と言い合っていると、三溝が笑う。


「大ちゃん、ちゃんといろいろ考えてんじゃないか。

 やっぱり親父さん刺した犯人、捜したいんだろう?」


「……そういうわけでもないですが」

と歯切れ悪く大輔は言う。


「ともかく、一応、鍵を持ってる人間当たってるんだ。


 隆利氏と莢子さんと――


 大ちゃんも持ってるよな」


「そうですね。

 後は、叔父さんと」


「久世琢磨か?」


「そうです。

 それと叶一。


 それから――」


「はい、私」

と美弥は手を上げる。


「なんだ、美弥ちゃんも持ってんのか」

「勝手知ったるなんとやらで昔から」


「じゃ、美弥ちゃんも容疑者な」

と言う三溝を、え~、三溝さんのいけず~と美弥は両の腰に手をやり、睨んでみせた。








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