蒼天の弓 ― 階段―
ICU前を離れて薄暗い階段を下りながら、美弥は兄弟二人の淡々とした会話を聞いていた。
「どう思う? 助かると思う? 大輔」
「さあな……」
美弥が、ぼそりと呟いた。
「莢子さんショックだったろうね」
「……莢子さんが置き忘れてた花鋏で刺されてたらしいからな。
ただ、犯人は、それがなきゃ違うもの使ってただろうから。
莢子さんが罪の意識を覚える必要なんてないと思うが」
そう言う大輔に、いや、どうだろうね? と叶一は異論を唱える。
「突発的な犯行だったのなら。
そこにそれがなかったら起きなかったかもしれないよ?」
大輔が、むっとしたように言い返していた。
「莢子さんのせいだっていうのか」
「そんなこと言ってないだろ?
犯人のせいに決まってる。
ただ―― いろんな要素がたまたま重なって、事件って起こるんだって話」
それは数々の現場の物証を検証してきた叶一だから出た言葉かもしれなかった。
高校三年になってから、叶一はふらっと留学してしまった。
そのまま向こうで大学まで出て、飛び級で帰って来たので、警察に入ってもう二年になる。
叶一が日本を出てしまったのは、彼が久世隆利の息子であるということが少し広まってしまったからというのもある気がしていた。
「お前、犯人の予想はつくのか?」
と問うた大輔に、
「さあ、僕まだ現場を見たわけじゃないから。
三溝が入れてくんないんだよね~。
お前も容疑者だって言って」
と叶一は肩をすくめて見せる。
また、この二人は……。
こんなときまでか、と美弥は苦笑いした。
三溝は叶一の高校時代の友人で、というか、悪友で。
いや、三溝から見れば、ライバルらしいのだが。
なにゆえ、刑事の彼が鑑識の叶一をライバル視するのか、さっぱり意味がわからなかった。
ジャンル違いもいいとこだと思うのだが。
三溝は叶一と同じ名門高校の出身だが、親の都合で大学には行けず、すぐに警察に入った。
一方、叶一は、隆利に文句言いつつも、彼の金で悠々と留学生活を送り、有名大学卒ということで入ってきても、すぐにエリート扱い。
そういうところが三溝的に引っかかるのかもしれない。
でも、あの年でもう県警の刑事なんて、かなり凄いと思うんだけど。
三溝は叶一とは正反対の、上昇志向の強い男らしいから、そんなものでは満足できないのかもしれない。
叶一は、
「あいつ、推薦組狙ってるらしいけど。
そんなのなっても、転勤多いし、給料下がるし、ろくなことないのにさ。
第一、もう僕と遊べなくなるじゃない」
と笑っていたが。
「まあ、後で課長に行って、なんとか潜り込んで見て来るよ」
と言う叶一に、そうか……と大輔は、あまり期待しない感じに頷いた。
踊り場の蛍光灯は切れかけていて、パチパチと点滅していた。
美弥はふと、大輔のシャツを掴む。
なんだ? と彼が振り返った。
「ううん……。
なんだかちょっと、怖くなって」
そのまま大輔の腕を掴んでいる美弥を、叶一は階段の途中で足を止め、見上げていた。
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