夏のひと夢

通行人C

第1話

君と二人、学校を抜け出して、私たちは海へ繰り出した。夏も終わりに近い頃、それでもまだ太陽は痛いほどに輝いていた。

「やっぱりいいね、海!」

君は楽しそうに笑った。

「そうだね」

本当は海なんて嫌いだった。泳げないし、焼けるし。それでも君がそんなにも笑ってくれるなら、私も少しは海が好きになるかもしれない、なんて思った。

「高校最後の夏だもん。夏期講習なんてかったるいの、サボっちゃえばよかった。」

「それじゃあ行きたい大学に行けなくなっちゃうよ。」

「いいの!今を楽しむのが1番でしょ」

楽しそうに海と戯れる君が、可愛くて可愛くて仕方がなくて、夏の眩しい海と、それに負けないくらい眩しく輝く君との光景が、まるで現実味を帯びていなかくて、ぼんやりと、ただみとれてしまった。

「ほーら、何してるのー?せっかく学校抜け出してきたのに、もったいないよ!」

そう言って君はパチャパチャと水をかけてくる。

「わかった、わかったから!服が濡れちゃうよ」

そうして二人で遊んでいるうちに、日が傾き始めた。

「あー、楽しかった!海でこんなにはしゃいだのいつぶりだろ?」

「さぁ?私は海に来たのが小学校以来かもしれない」

「え!中学のときも行かなかったの?もったいないなぁ」

「私、泳げないから」

砂浜で座り込んで、夕日を見ながら話していた。着替えもないのに服はいつの間にかびちょびちょで、このまま帰ると親に怒られてしまいそうだ。

「そろそろ帰らないと怒られちゃうね」

「そうだね」

話すこともなくなり、沈黙がやってきた。でもそれは嫌な沈黙ではない。

「ねぇ、また、二人でデートしようよ」

「デートって...恋人じゃあるまいし。」

「いいじゃん。なんなら付き合ってもいいよ」

「何言ってるの?私女だよ?」

「知ってるよ?」

「いやいや、おかしいでしょ。ほら、もう帰ろう。」

「私は本気なんだけど。」

「もう、お母さんに怒られちゃうから。行こう?」

「そうやってはぐらかすー!」

帰りの電車で、君は寝てしまった。きっと疲れたのだろう。付き合うだなんて、きっと冗談のはずだ。女同士で付き合うことはできっこないんだから。私が男だったら、すぐにでも返事をしたのに。

電車から降りてすぐ、私たちの家は別方向だった。

「じゃあ、また明日。」

「...。」

背中を向けて帰ろうとしたら、制服の裾を掴まれた。

「なに?早く帰らないと怒られちゃうよ?」

「返事、待ってるから。」

君の目は、真っ直ぐに私を見ていて。

「...うん。」

私は真っ直ぐに君を見ることが出来なかった。

あれから1ヶ月、私はまだ答えを出せないでいる。

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夏のひと夢 通行人C @DandelionZinnia

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