第3話 由半の推理

彼は部屋へ帰ってすぐに、メールで僕に今晩空いていないかと聞いてきた。

僕は夕食でも食べに行くのかと思い、それにOKした。


夕方になると、彼は僕を喫茶店に誘った。

その喫茶店は昼間に行った花弁川のすぐそこの喫茶店で、一人も客は居なかった。

気の良さそうな年老いた店主が一人皿を拭いており、壁には店主の趣味なのか魚拓や魚の写真が飾られている。

由半は迷わず、カウンターテーブルの席に着き、アイスコーヒーを頼んだ。

僕もそれに習いアイスコーヒーをオーダーする。

コーヒー豆のにおいが鼻腔をくすぐり、間違いなく名店だということを知らせる。



「史樹、君は今日の事件についてどう思う。」


「僕にはさっぱりだね。今、重要参考人になっている横山だとは思うけど、どうやって殺したのかがわからない。」


「そうだね。」


「君はどうなんだい?君のその笑顔は何か分かっているように見えるけど。」


「今回の事件、決して謎でもなんでもないのさ。君や警察は考えあぐねているようだけれど。何も難解ではない。偶然が折り重なって起こってしまっただけの事故さ。」


「何故、そうだと?」


彼は、ニヤリと口角を上げてニヒルな笑いを見せた。



「さて、謎でもなんでもないことの説明をしようか。」



マスターが僕らにアイスコーヒーを差し出した。

由半は、アイスコーヒーに砂糖とミルクを入れ、少し飲んだ。


「まず、彼女は亡くなった夜、僕らの行きつけの中華屋へ夕食を食べに行っていた。そして、家に帰る途中、何者かに襲われた。」


「ああ、そうだね。」


「そして、今朝方、彼女が発見された時刻に本当は草刈の行事があるはずだった。」


「そうだ。第一発見者は町内の住人だったものね。」


「もし、その中に欠席者がいたとしたら、君はどう推理する?」


「それは、人を殺してしまったから欠席したという話かい?そんなことすれば、すぐに警察は目を付けるはずだ。」


「いいや、以前から欠席を申し出ていた者がいたんだよ。」


「では、この殺人は計画的だったという訳かい?」


「それも違う。彼にとっては、まさかの事態だった。」


「どういうことだい?事故だというのかい?あの切り刻まれた残虐な殺人事件が。」


「ああ、僕はそう推測する。」


「そんな、まさか。」


「こう考えると全て納得がいくはずだ。昨日の夜、ある人物が河原で草刈りをしていたんだ。本来、草刈りは今日の朝のはずだった。しかし、その人物には今日の朝早くから予定があったので、草刈の欠席を申し出た。しかし、彼は責任感の強い人間だったため、前日に心ばかりか草刈をしておこうと、一人で草刈をしていたんだ。」


「まさか。」


僕の脳裏には「モーター音」という言葉が過る。


「そう、鎌で刈ってたんじゃない。草刈り機で刈ってたのさ。その草刈機の音が、あの証言にあったモーター音だ。そして、それで彼は被害者を殺めてしまった。」


「でも、それだと、動機が無いじゃないか。」


「そうさ。動機なんて無かった。ただの事故だよ。」


「だけど、何故ただ歩いてきた女性が巻き込まれてしまったんだい?」


「そう。それについてだが、先程警察から連絡が来たところだ。

彼女は重度のピーナッツアレルギーでね、事件当時アナフィラキシーショックの症状が出ていたようだよ。」


「というと?」


「真相はこうだ。アナフィラキシーショックというのは実際、症状が現れるのに早くて30分ほどの時間を要する。あの中華屋から花弁川まで歩いてちょうど30分ほどだった。」


「まさか。」


「そうさ、あの中華屋に問い合わせたところ、最近ラーメンのスープに隠し味でピーナッツバターを入れるようになったらしい。それで彼女はアナフィラキシーショックを起こしたんだ。」


あのラーメン屋の常連だったとすれば、いつも通りのメニューを頼んだはず。それにピーナッツバターが入ってるとは到底思わないだろう。


「そして、河原にいる人物に助けを求めようと、駆け寄った。しかし、あの場所は橋の麓になっていて、暗くて到底人の姿など見えない。そのせいで、その人物には彼女がよく見えなかった。何か音がしたから、草刈機を持ったまま振り返ったのさ。そうしたら、何かにその歯が直撃した。」


「それが、被害者だったというわけか。」


「そうだ。そして、彼女は彼女で、助けを求めたのにも関わらず、切りつけられたことでパニックに陥った。きっと、痛みと恐怖で叫び声でも上げたんだろう。」


由半は一呼吸おいた。


「その姿が犯人には、野獣が声を上げながら、自分に襲い掛かってきたように見えたんだ。そして、殺されると思い、持っていた手持ちの草刈機を相手に当ててしまったんだ。うめき声を上げる何かに何度もね。その証拠に、上半身にはほとんど切り傷がない。何故なら、手持ちの草刈機は老人の力ではそんなに高く持ち上がらないんだ。そうですよね?マスター。」



由半がそう言うと、喫茶店のマスターは顔を真っ青にして布巾を握り締めていた。

そして、ゆっくりと口を開いた。


「何故、分かったんだい。私が草刈をしていたと。」


「彼女の遺体のあった場所より先の葉っぱは伸び放題だったのに、遺体の周りや手前は綺麗にカットされていたんです。そして、刈られた草が周りに枯れずに残っていた。誰かが最近のうちに草刈をしたことは一目瞭然だ。迷わず町内会に草刈を欠席した人はいないかと聞きましたよ。それで、それが貴方だったということです。今朝は釣りに行かれてたんですか?魚拓をとるくらいだ。余程、釣りの好きな人だと思いましてね。まだあるはずだ。この店の隣の納屋に。血塗れの草刈機が。」



その後、マスターは自首し、店の隣の納屋からは血塗れの草刈機が発見された。

そうして、あっという間に事件は収束した。



由半は、自首するマスターを警察に送り届け、帰り際にマスターに声を掛けた。


「コーヒー、美味しかったです。ごちそうさまでした。」


マスターは、少しだけ笑い、「どうもありがとうございました。」と小さくつぶやいた。



由半の鮮やかな推理により、事件は解明され、事の一部始終は新聞の見出しに大きく載った。

僕は、相変わらずこの不可思議な推理力を持つ少年と生活を共にしている。

彼の頭の回転の速さには驚かされた。




しかし、こんな体験は頻繁にはしたくないものだ。











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桜花町殺人事件 nandemo arisa @arisakm

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