第2話 花弁川にて
あれからというもの、僕らはよく二人で過ごすようになった。
なんと、僕らは同じマンションに住んでいることが明らかになったので、
休日に食事を共にすることも少なくは無かった。
ある日の昼食で中華屋へ行った時の事だった。そこは昔ながらの中華屋で、室内の清潔感はあまりなかったが、餃子とチャーハンが他のどの店より群を抜いて美味かった。その店には小型のテレビが設置されており、大体ニュース番組が流れていた。その日、僕らはいつものようにカウンター席に並んで座り、チャーハンを頬張っていると、突然、背筋も凍るようなニュースが流れたのだ。
「今朝、桜花町の花弁川で女性の遺体が発見されました。遺体は何度も鋭利な刃物で切断されており、身元不明の状態だということです、現在、真相解明を急いでいます。」
「桜花町か。」
由半は餃子を味わいながら、興味津々の様子だ。
「あれ?」
カウンター席の向こう側で店長が声を上げた。
まん丸とした目をさらに大きくして、テレビを見ている。
「この人、良く来てくれる人じゃないか。」
バイトの一人が、「えー…本当ですね。昨日も来てたのに。亡くなっちゃったんすか。」と、呆然としている。
由半は僕の方をちらりと見た。
「少し遠いけど、腹ごなしに見に行ってみるかい?」
僕のその提案に、由半は大きく頷いた。
女性の遺体が見つかったという花弁川は、その中華屋から歩いて30分ほどの場所に位置しており、その周辺には野次馬の群れが出来ていた。近くの喫茶店から覗き見る者もいる。河原の一部はブルーシートで覆われており、複数の捜査員がその中と外を行き来していた。パトカーが何台も河原沿いに停まり、周りの野次馬はその様子をスマホで写真に収めたり、動画を撮ったりしていた。
由半はふらふらと黄色いテープの元まで行き、捜査員と少し話した後、テープの下をいとも簡単に潜った。
「由半!」
「あ、彼は僕の友人なので。」
そういうと、警備員はあっさりと僕をテープ内に入れた。
「由半、どういうことだい。」
河原をゆっくりとした足取りで下りながら、彼に問いかけた。
「あれ、言っていなかったか。僕の父が警視総監なんだ。だから、僕は顔パスで現場に入れるようになってるんだ。」
僕はその言葉に度肝を抜かれた。彼が警視総監の息子とは恐れ入った。僕らの通う大学の法学部は警視庁へのエリートコースと言われており、もちろんそういう関係者がいてもおかしくは無かった。
彼が只者じゃないことは何となく分かってはいた。けれど、警視総監の息子だからといって顔パスで殺人現場に入れるものだろうか?
と、考えてみてはいるが、それ以上に今現在僕にとって問題なのは、今から殺人現場に入るということだ。普通の人間では当たり前のことだが、僕は殺人現場などに今まで行ったことが無い。身体が緊張で、汗を大量に分泌している。
ブルーシートの前まで来ると、また少し警察官と話し、彼はブルーシートの中へ踏み入った。
入ると、そこにはまだ遺体がそのままに転がっていた。大量の血で土が黒ずみ、遺体そのものは切り損じた胡瓜のようにほとんど繋がっていない。傷はほとんどが胸元より下に集中していた。
そこまで見て、僕は吐き気を催し、目を閉じた。もうその後は出来るだけ死体を見ないように勤め、由半の動向だけを観察した。
彼は、死体を様々な角度からじっくりと観察した後、周りを見渡した。出来るだけ、遺体をしっかり見ないように彼の見る先を追った。
彼は遺体ではなく、遺体の周りを見ていた。遺体の周りには草が切りそろえられたように短い草しかなく、切られた草がそこら中に散らばっていた。それより川寄りには長い草が伸び放題伸びていた。
彼は警察官にいくらか情報を聞き、僕にそれを伝えてきた。
「今日の朝方に遺体は発見され、遺体発見者はこの桜花町の町内会の人々だそうだ。今日の朝から町内の草刈の行事があったらしい。」
「今日の朝から草刈りなのに、何故昨日の時点でこんなに草が刈られてるんだろう。」
「…。」
由半は考え込んでいるようで、何も答えない。
「遺体の身元は湯浅 花江という女性。彼女は桜花町のスナックで働いていて、男性とよくトラブルを起こしていたらしい。桜花町内にある居酒屋の店主と不倫の噂もある。恋多き女性だったようだ。」
「怨恨の可能性が濃厚かな。」
「現在は、昨日の夜にこの辺りを徘徊していたという40代の酔っ払い男性が重要参考人として、警察に拘束されているらしい。この男性は横山 紀之。以前に湯浅 花江と関係を持っていて、居酒屋の店長と別れないと殺すと脅迫していたそうだ。死亡推定時刻の30分後に彼は、花弁橋で大声を上げ、通報されている。」
「それじゃあ、恋愛事情のもつれで酒によって人を殺してしまったってことかな。でもそれじゃあ、どうやってこんな風に切り刻んだんだろう。ここまでの切断は男性でも結構大変そうに思えるけど。」
「ああ、それについては当てがあるさ。」
そこで、由半はニヤリと口角を上げた。
「殺害時刻に、この近辺でモーター音を聞いた人がいたらしい。」
「モーター音、か。事件とかかわりあるのかな。」
由半は顎に手を当て、少しの間じっと考えていた。
突然スマホを取り出し、電話を掛け出した。
通話先といくつか質問し、「あ、そうですか。ありがとうございます。失礼します。」
とすぐに電話を切った。
そして、隅々まで見尽くしたところで僕に声を掛けた。
「帰ろうか。」
そして、僕は初殺人現場の余韻をもって、マンションへ帰った。
由半は、いつもと特に変わりなく飄々として、挨拶もせずに自分の部屋へ帰っていった。
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます