312話 兵子との再会

「兵子………きみか!」


 目を丸くして、闖入者の名を呼ぶ。

 久しぶりに見る松原兵子は、以前よりもかなりやつれて見えた。

 一瞬、様々な考えが頭の中に浮かんでは消えたが、結局言葉に出たのは、


「久しぶりだなあ。元気してたかい」


 自分でも驚くほど、ありきたりな言葉だった。


『ウッス。……おかげさまで』


 兵子はなんだか、街角でたまたま上司と出くわしたような態度である。

 狂太郎は、スクラップ寸前のワトスンを”ブック”に戻しながら、


「とりあえず、事情を聞きたい。できるだけつまんで頼む」

『あー、……いや。かいつまむのは、ちょっと。変に誤解される可能性が』

「誤解?」

『はい。――仲間に迷惑かけてることは、重々承知してますんで』

「そうだな」


 深く嘆息する。


『クロケルは、どう言ってました? 万葉ちゃんとか、沙羅とか。……みんな、心配してるかな』

「してる。――だから、ぼくを寄越したんだ」

『うっへっへ。ですよねぇ』


 話しながら、狂太郎は内心、ほっとしている。


――彼は、裏切り者ではない。ヨシワラで共に遊んだ時の、印象通りに。


 いま思えば、イー・シティの娯楽室で会ったあの男を兵子を誤認していたことが恥ずかしい。


「…………………………………」


 と、そこで、バトルに負けたスカーレットが、無言のまま歩み寄ってきた。

 彼は、帽子の鍔で目元を隠しながら、小さくため息を吐いている。


 特に何か自己主張している訳ではないが、狂太郎はなんとなく、


――ねえ、兵子。彼を紹介して。


 そう言っている気がした。


『ああ、――そうだ、そうだ。言い忘れていたよ、スカーレット。こちら、仲道狂太郎さん。以前に話した、俺の同僚で、……尊敬する”救世主”の一人だ』


 そう、はっきりと「尊敬する」と言われてしまうと、さすがに少し尻が痒くなる。

 兵子は狂太郎に向き直り、


『それで、こちらがスカーレット。この世界の主人公役です』

「そして、最強のサモナー、か」

『ええ。――まあ、いま負けたばっかりですけどね』

「いや。彼は本気じゃなかった。飛車角二枚落ちの勝負だ」

『あらら。お気づきになられてました?』

「うん」


 それがわからないほど、鈍くはない。

 スカーレットは街に被害がでないよう、危険な攻撃を全て受け止めていた。


 狂太郎が彼の顔を覗き込むと、彼は無言のまま、少し不機嫌そうに唇を尖らせている。

 

――おや? 何か失礼なことを言ったかな?


 そう思っていると、


『あ、そうそう。――言い忘れてましたけど、スカーレットを男扱いするの、止めた方がいいと思います』

「え? なんで?」


 狂太郎は改めて、彼の顔を覗き込んで、


「ひょっとしてこの子、……実は女……ってコト?」

『いいえ、それも違います。厳密に言うとスカーレットは、んですよ』

「????」

『ほら。最近、”男”と”女”でキャラの見た目を設定するのがダメって風潮、あるじゃないっすか』

「ああ、そういう……」


 最近遊んだゲームにも、”男”、”女”ではなく”タイプA”と”タイプB”表記にされていたものがある。

 どうやら、そうした配慮の元に産み出された”主人公”役は、男でも女でもない存在となるらしい(※21)。


「……”異世界バグ”か」


 狂太郎は、思わずスカーレットの下半身に視線を走らせて、


――オシッコとかどうするんだろ?


 などと考えている。

 すると、そういう態度に慣れているらしいスカーレットは、眉をちょっぴり怒らせてそっぽを向く。


「こりゃ、無口になるわけだ」

『それは元々の性格っぽいすけどね。――ほら。狂太郎さん、以前、音声記録か何かで話してたじゃないっすか。”主人公”役には、無口なやつもいるって』


 狂太郎はそこで少し、鼻の頭を掻いて、


「……『アサブラ』の世界のことかい? あの記録を聞いたのか」

『ええ』


 どこまでも勤勉な青年だ。


『結果的に俺、あの手順通りに仕事を進めるのが一番の近道でした。”終末因子”の正体もわかりましたし、……”異世界転移者”は、狂太郎さんが始末してくれたんですよね?』

「ん。まあ、そうだな」


 頷く。

 ”普通の男オーディナリーマン”は、ワトスンが撃ち殺した。二度と起き上がることはあるまい。


「では、一から順番で良い。話を聞かせてもらえるかい」

『はい。……でもその前に、――どっかでメシ、食いませんか』

「ん。旨い店、知ってる?」

『ええ。サモナーチャンピオン、イチオシのところがね』


 狂太郎は頷く。

 ありがたい申し出だ。よく戦ってくれたモンスターたちにも、報いを与えてやりたかった。



 そうして狂太郎たちが訪れたエックス・シティの飲食店は、――いわゆる、自然食オーガニック系の店だ。

 出てくる食事は菜食中心のため狂太郎には少し不満だったが、ヴィーラたちを喜ばせるには十分な品揃えであったという。


 彼らはそれぞれ、VIP専用のゆったりしたソファに座り込み、契約したモンスターたちが食事を楽しんでいるのと背景に、話を続けている。


 兵子が語った「これまでのできごと」は途中まで、狂太郎の想定した通りであった。


 まず、エイ・シティに転移した兵子が考えたのは、「この世界を、順番に攻略していく」ことだった。

 彼がそうした理由は、狂太郎と変わらない。

 この世界のモンスターには、人間の攻撃が一切通用しなかったためである。

 この現象には兵子も参った。

 これまでのノウハウがまるで通用しないのだ。

 やむを得ず、彼が頼ったのは、――かつて、仲道狂太郎が残した、”異世界攻略法”である。

 兵子はまず、この世界の主人公役である、スカーレットとの接触を目指した。


 その道のりは、”ゲームマスター”である彼には難しくなかったという。


 最適なモンスターの厳選、そして契約と育成により、一週間もかからず各ジムの”推薦状”の獲得に成功した彼は、正規の手順で持ってスカーレットに挑むことができたらしい。


 ただ一点、狂太郎と違ったのは、兵子はエイ・シティ~ゼット・シティ、全ての街を巡った点だ。

 冒険の途中、彼はこの世界に関する違和感を、狂太郎以上にたっぷりと思い知ることになった。


『特に、――ジィ・シティとエイチ・シティは酷かった』

「その街、スルーしちまったな。……と、いうと?」

『麻薬です』


 兵子は、顔色を蒼くして、こういう。


『狂太郎さんも、名前くらいは聞いたことがあるかもしれませんね。”チュウチュウネズミ”という麻薬です』

「…………名前くらいは、何度か聞いたな。だが、ぼくが回った街は、それほど中毒者だらけって感じじゃなかった」

『それはそうでしょう。イー・シティまでなら、周辺のモンスターも弱っちくて、街の気風も穏やかだから』


 まあ、確かに、ゼット・シティは事件の多い街だった。


 以前も少し書いたが、ロールプレイングゲーム的な世界にはありがちなことである。

 厳しい土地に住む人々は、荒くれ者が多い。そうした街では伝統的な気風として、『弱者=悪』とされがちだ。

 心弱き人々が、せめてもの逃避先として麻薬を選んでしまうのは想像に難くない。


『それで俺、気づいたんですよ。――ひょっとするとこの”チュウチュウネズミ”こそが、全ての根源。”終末因子”なんじゃないかって』


 兵子の拳が、どんとテーブルを叩く。

 強く義憤に駆られているらしい。

 彼が何を見てきたかはわからないが、――その泣きそうな顔を見るに、よっぽどの出来事があったようだ。


――――――――――――――――――――――――――――――――――――


(※21)

 とはいえ、スカーレットの見た目は基本的に男の子ベースでデザインされているため、作中の表記はこれまでと変わらず”彼”で統一させていただきたい。


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日雇い救世主の見聞録 ~36歳、《すばやさⅩ》の力で異世界攻略RTA~ 蒼蟲夕也 @aomushi

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