311話 価値ある勝利

『すまん、相棒。くそー。こういうとき、チュウネズのやつがいてくれればッ』

『言うな、ニーズヘグ。敗者は多くを語らず……』


 戻ってきたニーズヘグとノブナガが、しょんぼりと道の端っこでうなだれている。

 その代わりとばかりにのっしのっしと現れたのは、スカーレットが呼び出した、最後のモンスター。――”ロボット”族だ。


『…………では、私が相手になろう』


 重々しく呟いたそいつは、ホンダの二足歩行ロボット、――ASIMOによく似たデザインで、宇宙服を着た人間に見えなくもない。

 そのヘルメットは丸みを帯びていて透明。影に紛れてわかりにくいが、中にうっすらと人型の頭部が見えた。


「よし、――それではワトスン。頼む」

『了解』


 狂太郎が命ずると、相棒のドローンがよし子とバトンタッチする。


――さて。


 あとは、同一タイプのモンスター同士の戦闘か。

 状況としてはこれで、五分と五分の勝負となるはず。


『……………それでは。――いざ』


 遙か彼方から囁くような声で気合いを入れて、さっそくビームガンを構える、敵モンスター。

 狂太郎は、それをちょっとだけ静止して、


「いや。待て。勝負する前に、きみの名前を教えてくれないかい」


 念のため、そう、訊ねてみる。

 ”ロボット”っぽいモンスターと戦う時は、念のため属性を見極めた方が良い。

 ニンゲンがロボットのふりをしている可能性も十分にあるためだ。


『……………私は、――アガサだ』

「アガサ。ひょっとしてご本名、アガサ・クリスティ大先生(※20)とかでいらっしゃる?」

『違う。………――誰だ。それは』

「いや。なんでもない。勘違いだった。ありがとう、応えてくれて」

『――……………』


 ぱっと思い当たる名前がなくて、落胆する。

 これまでの経験上、ニンゲン属性のモンスターは、我々の世界で言うところの偉人の名前を取っていることがわかっていた。

 うまくすれば、名前を聞いただけで敵の正体を看破できると思ったのだが。


『それでは……、まず手始めに。私の――《パワーショット》を、喰らえ』


 アガサが囁いて、ビームガンを抜く。


「ワトスン。《ビームⅠ》」


 それよりも遙かに早く、狂太郎が”ブック”を通じて叫んだ。

 どう、と、一筋の光線が寂れた街の一角で閃く。

 早撃ち勝負は、ワトスンの勝利に終わった。


 彼が放った最弱のビームは、敵の親指を正確に撃ち抜いたのである。


「さすが、射撃の名人!」

『おまかせあれ』


 喜ぶ狂太郎たちを横目に、


『ヌ』


 一言で焦りを表現して、アガサは自身の親指を押さえる。


――このまま、畳みかける。


「ワトスン、続けざまに《ビームⅡ》」

『なんの。――《イージスの盾》』


 だが、そこまで甘くない。敵は左腕に魔法の盾を産み出し、攻撃を防ぐ。

 さらにその格好でビームガンを拾い上げ、盾の向こう側から、


『――……《早撃ち》!』


 と、叫んだ。

 瞬間、彼の右手が閃き、ワトスンの身体が一部分、焼け焦げる。


『――ぐ、ぬ……!』

「ワトスン。――!」


 大丈夫か、という言葉を、


『指示を、人間マン


 ワトスンが、鋭く遮る。

 狂太郎もすぐさま思い直して、


「《雷系魔法Ⅱ》で目くらまし、――その後、《ビームⅤ》を当てる機会をうかがおう。最大威力の《ビーム》なら、盾ごと貫くこともできるはず」

『了解』


 すると、彼の身体に十数個の光の弾が産み出された。

 光の弾はそれぞれ電撃の力を帯びていて、それぞれ磁石が吸い付くようにアガサの方向に向かっていく。対するアガサは、《イージスの盾》を解除して、ビームガンを連射。片っ端から電撃の球を撃ち抜いていく。


――うまい。だが……、


「いまだ!」


 狂太郎が叫ぶと、1秒ほどのパワー・チャージの後、彼が使える中では最大威力の《ビーム》が閃いた。


『……ちっ』


 そう言って回避しようとするアガサに、


「…………………ダメだ! 受けろ、アガサ」


 そこで初めて、スカーレットが叫んだ。

 若い声である。男でも女でもない、子供の声だ。


 そこで狂太郎も、初めて気づく。

 彼らが戦っていたのはかなり拓けた場所であったとはいえ、――この威力の攻撃を回避された場合、この粗末な街に甚大な被害をもたらす可能性があることに。

 バトル中の街の被害は一切罪に問われないルールがあるとはいえ、少し軽率な行動だったかもしれない。


――こりゃ、悪いことしたかな。


 ワトスンが持つ最大威力の攻撃を受けてなお、アガサはまだ息があった。

 頭部は少しひび割れていたが、何らかの自動回復スキルが発動しているのであろう、――見ているいまも、ダメージが癒えていくのがわかる。


『……うむ。――なかなか、いいビームだ……』


 そう叫びながら、アガサはワトスンに向かって、ビームガンを連射。そのまま、お互いの距離を詰める。


『ぐ……ぬ……』


 その何発かを受けて、ワトスンの飛行能力ががくんと落ちた。

 この辺りの戦いは、彼自身の回避能力に賭けるしかない。狂太郎は歯がみしながら、


「落ち着け。スズメバチと戦った時のことを思い出すんだ」


 言いながら、狂太郎もうすうす感づいている。


――こいつ、やっぱりカガク属性に擬態した、ニンゲン属性のモンスターだな。


 思えばこの世界、最初から『ソウル・サモナーズ』の攻略WIKIに書いていない情報に溢れていた。

 あるいはこの敵、……なのかもしれない。

 狂太郎たちの世界では未体験の時空の偉人。――そういう設定ならば、名を知らぬニンゲン属性のモンスターがいてもおかしくない。


 というか、そうでなければワトスンの《ビームⅤ》をまともに受けて、耐えられる理由がなかった。


 状況は明らかに不利だったが、


「ワトスン。――いったん本の中に戻るか?」

『なんの、これしき』


 少し強情なところのある彼は、それに応じない。

 サモナーとモンスターは、対等の関係だ。これがスポーツ選手と監督の関係なら違うのだろうが、命を預け合う仲間の言葉を無碍にする訳にはいかない。


『ちょっと、ワトスンッ! 相性不利っぽいって! あたしと代わりなよ』


 ”ブック”の中のヴィーラが叫ぶ。ワトスンは応えない。


――意地になってるな。


 そもそも、サモナー・チャンピオンと戦えること、それ自体が栄誉なことである。

 仲間二人が勝ち星を挙げたのに、自分だけおめおめと戻れない。

 そういうことだろう。


 狂太郎もそれがわかっているため、ダメージを受け続ける彼を戻らせることができなかった。


「――その意気や良し。では相棒、死ぬまで頑張れ」


 そう命ずると、ワトスンはただ一言、『ふふふ』と笑った。人間の真似ではない。心の底からそうしたいから、彼は笑ったのだ。


――最適解を追い求めることが全てではない。


 道草の途中で、本当に美しいものと出会うことはある。

 彼はこの冒険の中で、その事実を学んだはずだ。


 その後、二十一度に渡る、《ビーム》とビームガンの応酬。

 永遠に続くかと思われた撃ち合いの、その後だ。


『……――ぬ』


 アガサのビームガンが、カシュ、カシュと音を立て、弾切れとなる。


『ちッ、――《リロード》、を………!』


 その隙を見逃すほど、甘くはなかった。


「ワトスン、《体当たり》と《雷系魔法Ⅰ》を!」

『了解』


 同時に、弾丸と化したワトスンの身体が、アガサの顔面にぶち当たる。がつんと音がして、頭部にあるポリカーボネート製の透明部が割れた。血で濡れた、小柄な女性の顔が、ヘルメットの中にちらりと見える。

 そんな、彼女の生身の部分に、――ワトスンの、小枝のように細いロボット・アームが突き刺さった。


 《雷系魔法Ⅰ》は、手のひらに電撃の力を発生する魔法だ。

 敵の体に直接ダメージを与えるには、この技しかない。


『ぐ、は……! ががががががが、が!』


 絶叫しつつ、アガサが最後の力を振り絞り、ビームガンをゼロ距離で連射。

 そのたび、ワトスンのボディに黒焦げた痕が残った。

 ぱっと鮮やかな黄色い光源が、サモナーたちの顔を幾度も照らし出す。


「ワトスン……!」

『負けるな』

『ガンバレー (^_^)/~』


 仲間一同、歯を食いしばってその姿を見守っていると、――やがて、がくん、と、アガサの両足がくずおれる。


『…………………く、そ…………………!』


 体力の削りあいを制したのは、ワトスン。

 勝ち星を挙げたのは、狂太郎たちだった。


「よーし!」


 思わず、ガッツポーズ。

 不利な属性をひっくり返しての勝利。

 これは、ワトスンにとって素晴らしい経験になったはずだ。


『そこまでだ!』


 その時、である。


『狂太郎さん! ストップ!』


 聞き覚えのある、――とある男の声。

 松原兵子の声が、当たりに響き渡ったのは。


――――――――――――――――――――――――――――――――――――――


(※20)

 一瞬、「大ファンです!」といって握手を求めようとしたらしい。

 とはいえこれは完全な勘違いで、この世界における”偉人”には、文豪が含まれないようだ。

 ノストラダムスですら偉人扱いしているのに、少し基準がよくわからないが……。

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