310話 サモナー・チャンピオンとの戦い

 スカーレットが繰り出したのは、三体のモンスターだった。

 一匹は、家紋と思しき前立をあしらった兜が特徴的な、”ニンゲン”属性のモンスター。

 もう一匹は、体長10メートルの黒竜で、あれは”ゲンソウ”属性のモンスターだろう。

 最後の一匹は、ビーム・ガンを装備した、”ロボット”属性のモンスターである。

 ニンゲン、ゲンソウ、カガクが各一匹ずつだ。


――ぼくの手持ちと同じ数か。


 チャンピオンともあろうものが、これだけしか手持ちがない訳がない。

 こちらのモンスターを事前に下調べして、数を合わせてくれたのかもしれない。


 狂太郎は、それに合わせてヴィーラ、ワトスン、よし子を《ブック》から呼び出す。


『狂太郎、お気を付け下さい。スカーレットの手持ちは全て、”伝説のモンスター”と呼ばれる強敵だと聞きました』

「うん」


 赤い帽子を目深に被った彼は無言のまま、手振りだけでモンスターを一歩、前に出した。

 そいつの正体に関しては、――なんとなく想像が付く。

 誰もが一度は目にしたことがあるであろう、有名な家紋。織田木瓜紋の前立は……、


「オダ・ノブナガか」


 狂太郎がつぶやくと、スカーレットはちょっと驚いた顔を見せた後、


「…………(こくり)」


 と、頷いて見せた。


――では。


「ヴィーラ。いけるか」

『任せて。あの野郎のタマタマ、引きちぎってやる!(お任せあれ。暴力を振るいます)』


 この、自信。少し前までの彼女では考えられない。それだけ経験を積んだということだろうか。

 一人と一匹はうなずき合って、広い道路の中央に歩み出て、一言、


「じゃあ、――やろうか」


 そういうと、スカーレットの唇がわずかに動いた。

 少女のようにか細い声は、風に紛れて届かない。

 その代わりとばかりに、ノブナガが叫んだ。


『いざ、尋常に勝負』


 そして、地を蹴る。

 その手には一振りの日本刀が握られていた。


「ヴィーラ。上空へ」

『あいよっ』


 対するこちらは、素早く少女を上空8メートルほどの高さへ移動させた。

 すかさずノブナガが、次の一手を打つ。


『それでは、――《真空斬り》!』


 不可視の斬撃が、ヴィーラに向かって一直線。

 しかし、


『――あまいあまいッ。チョコレートよりあまい!』


 飛行能力に加えて、《回避Ⅴ》を持つ彼女の前ではその攻撃、静止しているに等しい。


――ここまでの動きは、ビィ・シティのチーフとさほど変わりないが。


 無論この勝負、あの時とはお互いにレベルが違う。その後の動きは、まるで違う盤面が待ち受けていた。


『それでは、――《真空・五月雨斬り》!』


 スキル名を叫ぶと同時に、ノブナガの飛ぶ斬撃が、常人には視認不可能な数に増えた。

 低レベル時代の彼女なら、もうそれだけで即死していてもおかしくない技だ。

 しかし狂太郎は、慌てず、騒がず、


『回避しながら、《眠りのダンス》を』


 すると、少女は踊るような動作を続けたまま、敵の攻撃を見事、全て回避して見せた。


――うちのヴィーラは、防御力を完全に犠牲にして、スピードを強化している。


 実際、彼女とかけっこしたところ、《すばやさⅦ》を発動させた狂太郎にすら追いついたことがある。

 こうなってくるともう、”救世主”裸足のスピードと言えなくもなかった。


『………………ぐぐ。…………ぐぬぬ………』


 やがて《眠りのダンス》を受けたノブナガが、がくりと膝をつく。


――ゲンソウはニンゲンを惑わす。

――カガクはゲンソウを打ち壊す。

――ニンゲンはカガクを支配する。


 属性有利が作用しているのだろう。

 狂太郎は、ちょうど良い頃合いを見計らって、


「……それでは、ヴィーラ。《剣の舞》で終わらせてやれ」

『あいよ』


 そんなやり取りの後、――狂太郎が宣言した通りになった。

 ノブナガの身体が切り刻まれて、スカーレットは彼を《ブック》へと戻すことを選んだのだ。


「………………………………………………………………………………………………」


 かくてなお、無言のスカーレットは次に、黒竜型のモンスターを前進させる。

 現れたそれは、狂太郎がこれまで見たどのような竜よりも鈍重で、手も、足も、首も、……全ての部位が、太く、大きい。

 闇色の鱗で覆われたこの竜の身体に、弱々しさを感じるような箇所など一つたりとも存在しないように思えた。


 土埃が舞う中、銀色の眼が輝いて見える。

 そのすぐ下にある口元には……焔が蒼く、揺らめいていた。


 竜は、八枚の羽根を揺らしながら、不敵に呟く。


『では次は、――この儂、ニーズヘグがお相手いたそう』


 どうもスカーレットのチームは、モンスターの方がおしゃべりらしい。


『それなら、よし子。やれるかい』

『オーケー、オマカセ (^^ゞ』


 狂太郎が命ずると、メイドロボ・よし子はがしゃがしゃと音を立てながら前進した。


『なるほど、”カガク”系。まあ、定石か』


 言いながら、竜はその場でぴょんと跳ね、ばっさばっさと羽根を揺らしながらこちらを見下ろす。


『では。いざ尋常に、勝負』


 次の瞬間、黒竜がわっと襲いかかり、その鋭い両爪でよし子を切り裂いた。


「なっ。よし子っ!」


 目を剥いて、声をかける。

 正直言って彼女、あまり戦闘が得意ではない。

 よくわからないが、『イッシンジョウノツゴウ ^^;』のために、敵の攻撃を《回避》した後、すかさず攻撃する……というような行動がとれないのである。


 だが、杞憂だった。


『ヘイヘイヘイ! 《回避》セイコウ (^_^)v』


 まともに受けたと思われた爪攻撃を、よし子は紙一重でかわしていたのである。


『…………くらえッ! 《破壊光線》!』

『《回避》。セイコウ (^_^)v』

『…………ならば、さらに!』

『《回避》。セイコウ (^_^)v』

『…………やりおるではないか。それではこの、超必殺の……ッ』

『《回避》。セイコウ (^_^)v』

『…………奥義を使う! 喰らえば、死、ぞ!』

『《回避》。セイコウ (^_^)v』


 その時には、狂太郎も気づかざるを得ない。

 彼女の《回避》スキルは、ヴィーラのそれとは根本的に異なっていることに。

 どうやら彼女、89%の確率で力を持っているようだ。


『…………………ッ!』


 ニーズヘグと名乗った黒鱗のドラゴンはさすがに閉口して、遂にはスローな《切り裂き》攻撃を明後日の方向に振るう。

 その、次の瞬間だった。


『ソレデハ ハンゲキシマス。(^_^)v』


 たった一つの攻撃スキル。《マーシャルアーツ》と《こぶし》を使用する。

 言葉にするとどういう技か伝わりにくいが、これは要するに、単純な正拳突きだ。


 そしてその”単純な正拳突き”は、驚くべきことに99%の確率でヒットする。


『クタバリヤガレ、コノ オイボレノ ドラゴンガァアアアアアアアアア( ^o^)ノ』


 ドゴォ! と、天に轟く音がして、竜の顔面がひらがなの”く”の字のように折れ曲がった。竜は一瞬、意識を失いかけていたようだが、


『なんの、これしきの……!』


 そこは、最強のサモナーと契約した意地があるのか、なんとか持ち直す。


『お前には……お前には、負けられぬ!』

『ヤカマシイッ! カエッテクソシテ、ネテロヤアアアアアアアアア! (ダイスロールの音)……ア! クリティカルデタ、クリティカル! カッタワ、コレ! (>_<)』


 不明の理由により超強化された彼女の右腕は、今度こそニーズヘグの巨体を明後日の方向に吹き飛ばす。

 小柄な彼女の力では考えられない威力で、ニーズヘグはエックス・シティの外壁を越え、その向こう側へ消えて行くのだった。


『ヤッタネ! ダイショーリ! (^_^)v』


 勝利のVサインをするよし子。

 狂太郎は苦笑して、少女の頭を撫でてやる。


「さて、スカーレット。そろそろ、チャンピオンの座も危ないな?」

「………………………………………………………………………………………………」


 彼は答えず、目を細めるだけだ。


――それにしても……。


 この感じ。


 まるでどことなく、こんな風に訊ねられているかのようなバトルだ。


――もしもし、こんにちは。あなたはどういう方ですか?


 と。


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