309話 暗号

 その後、まず狂太郎がビデオ・チャットで連絡を取ったのは、――シィ・シティの娯楽室で出会ったボドゲーマーたちだ。


『なるほど。必要なのはつまり、説明書に書かれた外国語の一文、ということかい?』

「はい」


 より正確に言うと、外国語ではなく異世界語だが。


 狂太郎は彼らのツテを頼って、各街の娯楽室に出入りしているボドゲーマーに”暗号”を見つけ出してもらおうとしたのである。

 この世界の言語で印刷された説明書に、たった一言だけ添えられている謎の一文。

 生粋のボドゲーマーであれば、それを見つけ出すのは難しくないはずだ。


『言われてみれば、覚えがあるな。説明書の中になんどか、わけのわからん一文を見かけたことが。ずっと何かの、デザインの一種かと思っていたが』

「できれば、その内容を教えてもらえませんか? ――あるいはそれが、兵子に繋がる最後の手がかりかもしれない」

『……ふむ。わかった。では、知り合いに頼んで調べてみよう』


 こうなってくると、暇人のネットワークは強い。

 必要な情報が出そろうまでに、なんと一時間も掛からなかったという。


 狂太郎がその時に見つけた”暗号”は、以下の内容だった。


・『どうぶつしょうぎ』の箱の中に、『将棋』。

・『ボブジテン』の箱の中に、『カタカナーシ』。

・『Clank!』の箱の中に、『Dominion』。

・『It's a Wonderful World』の箱の中に、『7 Wonders』。

・『The Werewolves of Miller's Hollow』の箱の中に『Are You a Werewolf?』。

・『The Mind』の箱の中に、『ito』。

・『街コロ』の箱の中に、『Catan』。

・『SCOUT!』の箱の中に、『大富豪』。


 備え付けられた数字は、いずれも22番。

 この謎に関して、数多のボドゲーマーたちが挑んでくれていたようだが、誰も決定的な情報を出してくれる人はいなかったという。


――そりゃそうだ。兵子はたぶん……ような暗号を創ったんだから。


 もし、自分とコンタクトを取る相手がいるなら、きっとそれは……、


――ぼくか。


 松原兵子は、仲道狂太郎が現れることを願って、暗号を残している。

 他の『金の盾』のメンバーに、ではなく。


――ひょっとすると、会社の人間に”転移者”の存在を匂わせたのも、ぼくを呼び出す確率を上げるためだったのかも。


 それはさすがに、考えすぎかも知れないが。


 それから狂太郎は、《すばやさ》を使ってたっぷりと時間をかけたあと、気分転換に仲間と食事に行って、そのあと風呂に入って、軽くストレッチ運動をして……そうしてしばし、考え込んで。


 閃きはその後、あっさりと得られた。


「ああ……そういうことか」


 気づいてみると、実に単純な話である。

 兵子の暗号は、彼らしい、ゲーマーであれば簡単に推理できる内容だった。


『お! わかったの?』


 暇つぶしに、おままごと(ソロプレイ)で遊んでいたヴィーラが、ぴょんと跳ねて狂太郎の肩に乗る。


『結局それ、どーいうオチのやつ?』

「簡単だよ。紙に書かれていたゲームは全部、――そのゲームのなんだ」

『もとねた?』

「別の言い方をするなら、オマージュとかインスパイアとか。……つまり、兵子が言いたかったことは、こうだ。『オマージュ元・22番目』」

『ふーん。……でも、それだけだとまだ、意味不明よね?』


 あどけない表情でそう訊ねるヴィーラ。

 そんな彼女に、狂太郎は一瞬、言葉を見失う。


――自分のいる世界に元ネタがあると考えるのは、あまり気分の良い話ではないか。


 そう思ったためだ。

 この、『ソウル・サモナーズ』の世界にいて、『オマージュ元・22番目』となると、考えられる作品は、一つだけだ。


――『ポケモン』の、22作品目。


 すなわち、X。

 一応、スピンオフも含めれば少し数字がズレるが、ここまで理解した人間に、これ以上複雑な暗号は創るまい。


「エックス・シティだ」

『へ?』

「兵子はたぶん、エックス・シティで身を隠している」

『あら。そーなんだ』


 幸いなことにいま、狂太郎たちはゼット・シティにいる。

 エックス・シティに向かうには、ワイ・シティを経由してすぐだ。それほどの距離ではなかった。


「ぼくたちは運が良いぞ。――今すぐ、街を発つ。いいね?」

『ん~~~。まあ。ちょっぴり名残惜しい気もするけど。しゃーないわね』


 ヴィーラがそう言い終わるころには、彼女は《ブック》の中にしまわれている。

 急いではいたものの、狂太郎の足取りは軽い。


――うまくすれば近々、仕事を終えられるかも知れない。


 そんな風に思えたためだ。



 疾風のように街を去り、ワイ・シティにて一泊。

 次の日の早朝には、狂太郎たちはエックス・シティのゲート前に到着していた。


『それにしても、――その、兵子ってやつ、ホントにいるのかしら? もしいたとして、ちゃんとこっちに気づいてくれるかな?』

「わからん。だが、彼はかなり抜け目のないやつだからね。なんとか手段を講じるだろう」


 そう、のんきに言いながら、狂太郎はエックス・シティへと入場する。


 その町は、この世界のこの国を旅してきた狂太郎たちにとって、かなり寂れた印象を受けるところだった。


――ここ、いわゆる、田舎町の部類に入るところなんだろう。


 思えば、最初に狂太郎が訪れた町も、ここのような雰囲気だった気がする。

 エックス・シティの住人は、全部合わせても500人ほどだろうか。

 まず、狂太郎が最初に気づいたのは、――この町の住人の大半が、《ブック》を持ち歩いていない、ということ。みんななのである。


「…………ふむ」


 この街の光景には、ちょっとだけ見覚えがあった。

 ”悪魔島”。

 サモナーのいない島。


『ねえ、狂太郎。――あたし、ここにいると、すっごく厭な思い出が蘇る』


 ヴィーラにそう言わしめる程度には、似ている。


 木造建ての平屋が並ぶ、その地域を歩きつつ、とりあえず、街のレストランを目指して歩いていると、――通りの向こうから、ふらりと一人の若者が現れた。


「………………………………………………………………………………………」


 若者は、一言も発さず、ゆっくりと狂太郎たちの行く手を塞いでいる。


――げ。バトル志望のサモナーか、こいつ。


 そう思って、《すばやさ》を起動。

 なんとかその場を逃れようと道を変える、が。


「――うお!?」


 その視線の先にもまた、その若者が立っていて、少しゾッとした。

 まるで、狂太郎がそう動くことをあらかじめ知っていて、先回りしていたみたいだ。


「な、なんだい、きみは。ぼくに何か、用事かな」


 訊ねると、――その、赤い帽子を被った若者は、無言のまま三枚の書類を取りだした。

 それには、見覚えがある。三人のチーフ”サモナー”の推薦状、その写しである。


「それは……?」


 そこで、ワトスンが《ブック》から飛び出した。


『あ、あ、あ! あの方は!?』

「知ってるのか」

『赤い帽子に、赤いジャケット! 私も、ネット情報でしか見たことがありませんが、……間違いありません。

「なに」


 狂太郎は、くいっと眉をつり上げて、現れたその人に目線を向ける。


「…………………………………………………………………………………………」


 スカーレットは、推薦状を懐にしまった後、……無言のまま、《ブック》を取りだした。

 その意味は、狂太郎にもわかる。


――勝負、か。


 ピリ、ピリ、と、肌が粟立つ。


「ヴィーラ、ワトスン。備えろ。――バトルになるぞ」

「……………………………………………………………………………………!!」


 チャンピオンのスカーレットが、勝負を仕掛けてきた。

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