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暗井 明之晋
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「こんばんわ」
今日最後のお客さんはよく来る大学生の男性だった。幼少からネグレクト、虐待を受け、高校でとうとう耐えられず僕の元に相談に来てくれていた子で、凄い長い。というわけではないがまあまあ長い付き合いだ。
本人は最初来た時よりもグッと精神的に落ち着いており、もうカウンセリングには来なくとも大丈夫なのだが、気軽な相談相手として信頼をしてくれているのか今も僕の元に足を運んでくれている。
本人はそれが楽しいみたいだが、僕としては彼からのしっかりとした相談があるわけではないのでお金は請求できず、年上ということもありその場のお代は僕持ち。つまり赤字なわけで。少し手痛い様な気もしていた。
しかし、この日の彼の面持ちは普段と違っていた。
「こんばんわ」
そう言って席に着くなり彼は沈黙していた。普段であれば世間話なんかを織り交ぜながら大体1時間くらい話すのだがいつもと違う。
「なんかありましたか。」
彼にそう尋ねると
「んー、いやぁでもなぁ。」
彼は少し言葉を濁している。
「いざ相談しようと思って来てみたものの、相談していいものかと思ってしまって。」
「答えは出せないかもしれないですが、話すことでも少しは解決になりますよ。」
そう返すと彼はポツリポツリと話し始めた。
最近、彼女の家の周りで強盗や強盗殺人が起きてるんです。
殺人といっても、人は亡くなってなくて、大体が傷害沙汰なんですけど。でも怖いじゃないですか。
彼女マンションに住んでるんですけど1人暮らしで、僕も心配だったんで犯人が捕まる。もしくはどこかにいなくなるまで、1週間のうち何回か泊まりに行くことにしたんです。
しばらく泊まりに行った時。確か1週間経ったくらい。回覧が回って来たんですよ。パラパラめくってみると中にその犯人の特徴みたいなのが絵と共に描かれてたんです。
いかにも犯人って感じで、上下黒のウィンドブレーカーでフードを被ってて。ただ靴だけ真っ赤なスニーカーらしくて、なんか変な犯人だなぁと思ってそのまま次に流したんですよ。
そんでまた数日経ったころ、彼女の家に行く途中コンビニに寄ったんですよ。トイレ借りようと思って雑誌コーナーの横を通ってドアの前に来た途端、ガチャって凄い勢いでドアが開いて中から男の人が出て来たんですよ。僕と同じくらいかな。勢いよく出て来たものだから肩と肩がボンっとぶつかったんですけど、向こうは舌打ちしてきて。僕もそれで尿意が去ったんで買い物を先にしてたんです。
欲しいものカゴに入れてレジに並んでた時、店員さんの前に僕がいこうとしたのに割り込まれたんですよ。しかもトイレの奴に。店員さんも並んでますのでとか言ってるんだけど急いでるの一点張りで、まぁ仕方ないかってことで良いですよって通したんです。そしたらまた舌打ち。
でも気にしたくもなかったんでニコニコしながら見送ったんです。そんで会計が終わるまでなんとなく見てたんですけど。同じなんですよ犯人と格好が。
これは。と思ってたら僕の番になっていてレジに向かうと、店員さんが話しかけてきたんですよ。
「あの人、そうですよね。」
僕も"そう"の意味がわかったんで
「多分というか恐らく、靴だけ赤いですもんね。」
と返していると、店員さんが急に黙ったんです。何かなと思って視線の先をみると、そいつが自動ドアの前でこっち見てたんですよ。
ヤバっと思っていたらまたもや舌打ちして出て行ったんですよ。
「やばかったですね。」
「そうですね。あ、1063円になります。」
ホッと胸を撫で下ろして店を出る時、尿意を思い出したから、またコンビニに入ってトイレを借りたんです。入る前に何となく外を見たんです。そしたら駐車場の奥の方で犯人がコッチをずっとみてたんですよ。
そこで彼は一息置くと僕にこう尋ねてきた
「あの、これ相談相手間違ってますか?」
「普通は警察だと思うけど、内容としては面白いから聞いていられますよ。」
と話すと、少しの沈黙の後また彼は話を始めた。
怖かったんですけど、とりあえずトイレ入って用を足して出てきたら、まぁいなくなっていたんでさっさと彼女の家に行くことにしたんです。
コンビニから出る時店員さんが外で休憩していて、恐らく警察に電話してる感じだったんであまり聞かない様に前を通ったんです。
そんで、彼女の住むマンションに着いてインターホンを鳴らしたら開かないんですよ。普段だったら開けてくれるのに開かないんです。
おかしいなぁと思ってもう一回押したら、今度は開かなかったんですけど彼女が出たんです。
「来たよー。開け」
「ごめん!ちょっと今手が離せなくって!」
えー。って思うじゃないですか。受け答えが出来てるなら開けられるじゃんって。
「えっ、でも」
「いやほんとすぐだから、あとちょっとなの!」
なんか細かい作業なのかと思って待つことにしたんですよ。そしたら
「コンビニ行った?」
って聞いて来たんですよ。えっ。って思ってると
「いや袋見えてるし。うちの近くでしょ。なんか不審者らしい人出たらしいじゃん。」
って更に続けるんですよ。
「あー、うんそうそう。」
適当に返しながらも変だなぁって思ってると彼女が
「どうだった?犯人って感じ?ってか通報とかしたの?」
なんて矢継ぎ早に聞いてくるんです。だから
「いや俺はしてないよ。でもコンビニの人はしたんじゃない?」
って答えたんです。したら
「いよしっ!出来た!開けるねー。」
ってドアを開けてくれたんです。なんか嫌な感じがしたから急いで彼女の部屋に行ったんです。
彼女の部屋の階に着いたら、部屋のドアが開いてるんです。だから走って寄ったら中から彼女が出てきたんです。
急いで中に入って鍵を閉めて話を聞くと、俺の読み当たってたみたいで、犯人。うちにいたらしいんですよ。
犯人は来る直前に部屋から出て行ったみたいで、本当に偶然なんだろうけど怖いですよね。
もし、あのインターホンの時通報してるって答えてたらって思うと。やっぱり怖いですね。
そこで彼は話し終えたのか
「どうですかね。こんな時どう対処すれば良かったんですかね。」
と、聞いてきた。
「いや、どうって言っても。というか何で通報した。しない。が重要なの?」
そう尋ねると。彼はバツを悪そうに
「それが、そのあと犯人は捕まるんですけど。そいつコンビニに行ったみたいで。コンビニの中で"通報した奴は誰だよ!出てこいよ"って暴れて中にいた客含めて5人くらいが刺されて。あそこで俺マズイこと言ったなーって。きっと通報されてなければ逃げれると思ってたんだとおもいます。」
そういうことかと納得してると彼の電話が鳴った。
2言、3言。言葉を交わすと切って
「すみません。彼女が着いたみたいなんで短いですけど。」
と言って立ち上がった。
「ああ、じゃあ気をつけて。」
返すと彼は
「お代は?」
とニヤニヤしている。
払う気ないだろ。と視線を送ると
「ご馳走さまでーす。」
そう言って外に出て行った。
明るく出て行った彼を目で追うと、窓の外は雪がしんしんと降りていた。
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