私と狐

@mugi__yuu

第1話

気付いたら周りは妖だらけだった

「ど、どういう状況…。」

「あ、起きた?」

ふと声のした方へ顔を向けると大きな耳としっぽを生やした転校生がいた。

「え、あ、え?」

辺りはまるで時代劇のステージのような感じの景色、木陰に座る世間一般的にはイケメンの男に膝枕してもらいながら休む女子高生…。

混乱しながらも、まずなぜこうなったか思い出そうと必死に記憶を甦らせた。

そう、そうだ、あれは数日前に…。

「がぁっ、はっ」

 昼時の校舎、暑苦しいほどに照っている太陽。校舎内では雑談の声で響き渡っている。にも関わらず、こいつらは暇なのだろうか。痛みの中、私はそんなくだらないことを考えていた。

「お前の不気味な顔見るだけで吐き気すんだよぶす!」

「本当になんも顔に出さねぇよな。」

 私の腹を数回殴ってきたこの二人の女は私と同じクラスの人だ。何も接点はない、ではなぜ殴られているのか、答えは簡単だ。顔に出さないのだ、表情を。

「……。」

「何も言わねぇのが気味悪いんだよ、まじでお前痛いとか助けてとか言えないわけ?顔にも出さない声にも出さない、本当に気持ち悪い。」

 少なくともお前に言われる筋合いはない。

 気付けば彼女らはいなくなり、私は一人ひっそりと校舎の裏で気絶していたらしい。辺りはすっかり夕方だ。オレンジ色に輝いてる空はまるでどこかの青春映画のラストシーンのよう、ここで私に友達の一人や二人でもいたらその映画のようにこの空の中、田舎道を歩いていたのだろうか。しかし生憎私には友達はいない、それどころかここは都会、田舎ではない。映画のようなシーンの再現は諦めて、早々に学校を出ようと準備をしたその時だった。

「よっ。」

 全く知らない男に声をかけられた。誰だろうか。

「あんた何してんの?」

「少なくとも貴方にあんたと呼ばれるようなことはしてはいないはずですが。」

「まぁまぁそんな固くなるなって、怪我、してんでしょ?」

 窓のサッシに腰掛けていたその男は自分の頬をとんとんと人差し指で怪我のある場所を示してくれた。

「気にしなくて結構ですので、では。」

 きっと転んだ時にできた傷だろう、気にせず私はその場を後にした。一体誰だったんだろうか、先輩だろうか。まぁ、私が気にしたところでどうせ関わることはもうない、早く家に帰り夕飯を食べて寝てしまおう。そうして私は誰も帰りを待っていない家に向かった。

「ただいま。」

「あぁ、おかえり。」

「おかえりなさい。」

「おかーり!。」

 父と母、そして弟の優太がリビングから声をかけてくれた。私は手を洗い、黙々と一人で夕飯であるカレーを食べた。私以外の家族は皆食べてしまったらしい。帰りが遅かったので仕方ない。そう思い、私はただ一人、静かに食べ終え自室にこもり、眠りについた。

 変な夢を見た。狐の面を被った少年が神社の方にいて、私を手招きしているのだ。しかし、鳥居には見えない壁があり、私はその場で泣きじゃくり、少年へ手を伸ばしていた。少年はそっと面を外そうとしたところで目が覚めた。

「変な夢。」

 あんな記憶も、あんな趣味もない、狐なんか化かしてばかりの獣だ。でもなんだろうか、あの少年の姿ばかり頭の中に残る。変な違和感を感じつつも私は目を覚ますためにシャワーを浴び、普段通り学校へと向かった。この時の事を後に後悔することになるとは思いもよらなかった。

「転校生を紹介する。」

 担任のそんな声が聞こえたが興味がなかった私はぼうっと窓の外を眺めていた。教室はざわめきの声に包まれ、正直鬱陶しかったが、転校生が余程見目の整った姿なのだろう。まぁ、全く興味がないが。

「怪我は大丈夫だった?」

「…あの、誰ですか?」

 私がそう言うと、驚いた顔をされてしまったが、本当に見覚えのない顔だ、先程紹介された転校生だろうか。なるほど、先程からクラス内で聞こえる『かっこいい』という声にも頷けるほど見目が整っていた。全く好みではないが確かに一般的にはかっこいいなのだろう。

「狐野誠司、さっき紹介されたばかりなんだけどな。君の名前は?」

「教える義理はありません。」

「えーいいじゃん、教えてよ。」

「おい狐野ー、早く席につけー。」

「はーい、じゃあまたね。」

 ひらひらと手を振られ、爽やかに笑って自席に着いた彼に何だか目が離せない。

 という展開になれば良かったのだろう。私もほかの女子と同じ反応をしていればきっとこんな事にはならなかったはずだ。

「ねぇ、なにしてるの?」

「予習です。」

「へぇ、偉いね、俺そういうのあんまり自主的に出来ないから尊敬するよ。」

「はぁ。」

 休み時間の度に私の席の前に来てはずっと話しかけてくる。他の女子が話しかけるとすぐ返してそっちへ行くのだが何かある度に私に絡んでくる。

「学校案内してくれないかな?」

「今忙しいので。」

「次の英語ってどこの範囲なのか教えてくれない?」

「p25のところです。」

「お昼一緒に!」

「食べません。」

 とにかく凄く絡んでくる、一体なんなんだろうか。

「ちょっと狐野くん!私達この子に話があるから少しお借りするね!」

「あー、そうなんだ!分かったよ。」

 昼休みにいつものあの女子達に呼ばれた。今日は酷く機嫌が悪いみたいだった。普段の倍は罵倒され殴られただろう。彼女達の嫌なところは制服で隠れる背中や腹を重点的にやってくるところだ。お陰で月のものが暫く来ないなんてことはざらにある。

「お前ちょっと狐野くんに気に入られたからって調子乗んなよ?お前みたいな無表情女誰が気に入るんだよ。勘違いすんな。」

 いつもの場所、いつもの殴り方、いつも通りのセリフ。こいつらテンプレか?正直はいはいと聞き流しながら黙って殴る蹴るを受け入れていたので話の内容などほぼ頭に入っておらず、狐野っていう人に気に入られてるのが心底腹が立つらしいとしか分からなかった。狐野って誰だっけ。転校生なのは知ってるんだけど顔が出てこない。彼女達は昼休みが終わるギリギリまで罵倒と暴行を続けた。彼女達は上手に顔や腕には跡を付けないから教師達に何かを問いかけられる心配もないのでその点は助かっている。

「ねぇ、なんでやり返さないの?」

「…えっと、誰ですか?」

 全く知らない男の人が窓から顔を出し話しかけてきた。しかし男の方はどうやら私を知ってるらしく『誰か』と聞いた私に対しくすくすと笑っていた。

「狐野だよ、教室でも話してただろう?」

「あー、貴方が。」

 朝話しかけられた時しか顔を見なかったので全然わからなかった。太陽の光に照らされ綺麗な茶色に染まったショートヘアの髪に少し白い肌。ネクタイもせず二つほどボタンをあけ胸元が見えており意外とがっちりしているその体に高身長。推定180はあるだろうか。

「ちょっと見すぎ。」

「あ、あぁ、すいません。意外と身長高いなと思いまして。」

 あながち間違ってはない、身長についてはしっかり見ていたのだから。にしても、貼り付けたような笑顔だな、随分不自然に笑っているような。

「ねぇ、そんなに俺の事見て楽しい?」

 窓からひょいっと出てきて私の前へと来た。距離が近い、正直離れて欲しい。

「俺の事覚えてないの?」

 にこにこしながら聞くその姿はさながらどこかしらの王子のよう。ポーカーフェイスが上手いというか、あざといというか。

 するっと私の髪に触れて少し悲しそうな表情を浮かべ『俺は覚えてるのに』と呟いたのを聞き逃さなかった。

「勝手に触らないでください。セクハラですよ。」

「ごめんね、でも綺麗な黒髪だったからつい触りたくなっちゃった。」

『また触ってもいい?』そう聞く彼と即座に距離を取り関わらないでくださいとだけ伝え早々にその場を後にした。

「ねぇねぇ、一緒に帰らない?」

「帰りません。」

 放課後になっても付きまとってくる。正直鬱陶しい以外の何物でもない。私は下駄箱から靴を取りだし、少し早歩きで家へと向かったのだが、後ろから付いてきて勝手に色々話してくる男がいて困った。

「それでさぁ、前の学校では英語あそこまで進んでなくてさ、俺当てられた時すごい困ったよ。」

「そうですか、帰ってください。」

「そうそう!うちに妹が一人いるんだけどすごいやんちゃでさぁ。」

「はぁ、ついてこないでください。」

「この前家に帰った時男連れ込んでて!びっくりしたよねぇ、それで挨拶したんだけど次の日には全然違う男だったんだよ!ほんとやんちゃでしょ。」

「知りません。」

 もうすぐ家に着いてしまう。このままでは父に見られてしまう、父に見られるのは御免だ。そう思い私は人通りの少ない道を選びその場で止まった。すると後ろから着いてきた男も止まった。

「行かないの?」

「貴方は自分の家に帰らないのですか。」

「え?あー、そろそろ暗くなるし女の子一人で帰らせるのも心配でしょ?」

「大丈夫ですのでお帰りください。」

「いいからいいから、送っていくよ。」

「本当に平気です。」

 大体こんな暑い時期にそんな早く暗くなるわけが無い、今までだって一人で帰っていたのだから何も問題は無いのだ。なのにいくら言っても送るの一点張り、常ににこにこしていて正直嫌いだ。

「ほら、早く帰ろう?」

 そう言うと彼は私のバックを取り上げ、すたすたと先に歩いてしまった。私はその後を追いかけ彼の隣まで来た。

「勝手に人のものを取るなんてどうかしてます。」

「あはは、ごめんごめん。」

 自分のバックを取られてしまっては何も出来ないので仕方なく父が帰る時間まで上手く遠回りをして帰ることにした。彼には申し訳ないがバックをとった自業自得だと思ってもらおう。

「君の家遠いね。」

「…えぇ、少し遠いですね。」

 遠回りをしたのは自分だが、先程から同じ道をぐるぐる回っているように感じる。それになんだか辺りが暗い。暗いということは父はもう帰ってるはずなので有難いのだが、どうにも暗くなるのが早い気がする。

「あの、バックを返してもらいたいのですが。」

 そう言うも、彼は反応しない。それどころか何かぶつぶつ言っている。一体どうしたのだろう。

「えっと、バックを返してくれないと時間が見れないので返してくれませんか?」

「狐殿」

 …え。今どこからか声が聞こえたような、気のせいだろうか。いやでも確かに聞こえたような気がする。ぐるぐると頭を抱えながら彼の方を見ると今までの表情とは裏腹に冷たい目をしていた。私はそこに父と母の姿を重ねてしまった。いけないとはわかりつつも、いやでも思い出してしまうあの日の記憶。怖い、恐ろしい、どうしたんだろうか。今までこんなに鮮明に思い出したことはないと言うのに。私は怖くなり、気付いたら彼の手を握っていた。そして彼も強く握り返してくれた。あの日から人に頼ろうなんて思わなかったのに、彼の手を握るはずじゃなかったのに、なのになんでこんなに恐ろしいと思ってしまっているのだろうか。

「狐殿、狐殿。」

「あぁ、狐様、そのような人間の雌を連れて。」

 狐?雌?一体何の話だ。私は恐怖のあまり震えている上、わけも分からない声が頭の中に響いてもう耐えられそうにない。辺りはすっかり暗くなっており寒さまでも感じる。徐々に視界までも狭まっているような気がする。私がふらふらしているのに気付いたのか、彼はそっと私の頭を撫で腕を引っ張り抱きしめてきた。

「少しの間だけ、我慢してくれ。」

 そう言うと彼はより力を込めて抱きしめてきた。あぁ、なんなんだ今日は。転校生に付きまとわれて、激しい暴行や罵倒を浴びせられ、挙句の果てには嫌な記憶まで鮮明に思い出してる上、変な幻聴まで聞こえてくる。けどなんだろう、抱きしめられたのなんか久しぶりで、すごく眠い、暖かい。お布団の中にいるような気分だ。

「そのような雌、捨ておけば良いものを。」

 意識を失う直前、そんなような言葉が聞こえたような気がした。

 暗い映画館だ。真ん中の席に私はいた。ここはどこだろうか、私はさっきまで帰り道にいて、そう、そうだった。何故か暗くなるのが早くて、変な声が聞こえてきたんだ。早くここからでなければ。必死に体を動かそうとするも思ったように動かない、まるで椅子に張り付けられているようにびくともしない。動くのは上半身のみ。なんてことだ、ここから出れないじゃないか。四苦八苦してる時に目の前のスクリーンになにか映った。これはお母さんとお父さんと、私だ。幼い頃の私が写っている。

「パパ!ママ!今日は――の誕生日だよ!早くケーキ買いに行こうよー!」

「はいはい、早く行こうね、それにしても――は本当に大きくなったなぁ!パパ嬉しいぞぉ!」

 幼い頃の私が家の中で父の手を引っ張り、父は困ったように私を高く抱き上げた。父の癖だ。私がおねだりをしたりなにか私に嬉しいことが起きるとたかいたかいをしてくれる。父のたかいたかいが私は大好きだった。お母さんはどこにいるのだろうか、スクリーンには映っていない。このときお母さんはどこにいただろう。

「――。」

 何を、言っているんだろうか。そう言えば先程から私の名前が、あれ、私の名前って。

「ママ!」

 え、お母さん?名前のことは一旦考えるのをやめ、スクリーンに再び注目した。

「パパに抱っこしてもらってるの!いいなぁ。ママのことも抱っこして!」

 そう言うと、お母さんはお父さんと私をまとめて抱きしめた。

「ママいいにおーい!」

「ほんとだな!香水つけてきたの?」

「えぇ!私のお気に入りのやつをよ。貴方が誕生日にくれた物。」

 照れくさそうに笑っているお母さんをお父さんは愛おしそうに頭を撫でた。

「ずるーい!お父さん!私も頭撫でて!」

「わかったわかった。」

 お父さんは『二人とも大好きだぞ!』と言い、私の頭を撫でた。傍から見たら幸せな家庭だ。あんなことさえ無ければ。そう考えるとプツッとスクリーンの画面が消えた。電気もつかず、本当に真っ暗な状態だった。相変わらず体は動かない。にしてもなぜ私の名前が聞こえないようになっていたのか、私の名前は、なんだっけ。あれ、思い出せない。私の名前は。必死に思い出そうとするも一向に出てこず、気が付くとスクリーンに何か映っていた。お母さんとお父さんが言い合いをしている場面だった。

「おい、どういう事だこれは。」

 私の視点は別の部屋からリビングにいるお父さんとお母さんを見るような形になっていたのでよく見えないが、お父さんが写真をお母さんの前に見せていたのは見えた。

「これ、は。」

「お前には母親の自覚はあるのか!俺と結婚したという自覚はあるのか!こんなことがあの子に知れたら俺は一体なんて言ったらいいんだ。」

「今あの子のことは関係ないでしょう。」

「関係なくないだろ!こんなことまでして!ただじゃおかないからな!」

「なによ!不倫の一つや二つ、貴方だってしてることでしょう!?」

「俺がする訳ないじゃないか!こんなにも…。」

 徐々に話し合いがヒートアップしている中、父は机に拳をうちつけ、悲しそうに話し始めた。

「覚えてるか、俺が十年前の今日、初デートで行った遊園地でプロポーズをして。」

「えぇ、覚えてるわ、あんなにダサいところでプロポーズされて寒気がしたもの。」

「っ…お前のことも、――のことも、こんなにも愛していたというのに。」

「貴方がどう私達を愛そうが、貴方は育児にはほとんど協力しなかったじゃない。いい所だけとって、――が機嫌のいい時だけ構って、そんなことばかりしてたらあの子だってパパっ子になるはずよ。出産の時だって貴方仕事仕事で大遅刻して立会いなんてしてくれなかったじゃない!どれだけ一人心細かったことか。」お父さんはハッとした表情をし、お母さんを見たが、お母さんの方は冷たい目でお父さんを見る。

「だからといって不倫は駄目だろう!?やっていい事と悪い事の区別もつかないのか!」

「あの人は貴方とは違って私を女として見てくれるの!子持ちの、既婚者の私じゃない、一人の女として!」

 そう、そうだった。この時こっそり見てた私は『女として見てもらいたい母』に酷く嫌悪感を抱いてしまったのだ。しかし、まだ幼い子。お母さんの愛情欲しさに沢山父が出て行った後とくっついていたんだった。

「もう、いい。」

 お父さんがか細い声でそう呟くと、ふらふらとリビングから出ていき、すぐ戻ってきた。父の手には大きめの紙があった。

「離婚してくれ。」

「…えぇ。」

 先程のシーンとは打って変わって最悪の家庭環境。そう、この離婚後、お父さんは私の顔を見るとお母さんを思い出すと言って会いには来なかった。そうすると、自然と私もお父さんにはあっては行けないような気がして家でお母さんと二人で暮らし、お父さんの話など一切しなかったのだ。嫌な思い出だ。見られていたとは知らないお母さんはたくさんの笑顔で私を育ててくれた。小学五年生になるまでは私もたくさんお母さんと笑い合い、泣き合い、楽しみを共有したものだ。スクリーンの場面が変わり、今度は病院が映し出された。嫌だ。ここは、あの時の嫌な記憶が蘇ってくる。怖い、目を瞑りたい。そう思っていても私の体は言うことを聞かず、目を開き、その目にはしっかりとスクリーンに映し出された病室のベットに横になっているやつれたお母さんの姿を捉えていた。

「本当はあなたの事なんて、愛していなかったのよ。あなたさえいればお金が入るから引き取っただけの事。あなたのせいで、私はあの人に捨てられたのにあなたはのうのうと生きて、私に笑顔を向けて、その顔が憎たらしくてしょうがなかったわ。本当に、あなたなんかいなければ良かったのに。」

 ちがう、やめて。そんな事言わないでお母さん。

「浮気女の子供なんてなぜ引き取らなきゃいけないんだ。あいつさえ生きていれば良かったものの。」

 ごめんなさい、お父さん。ごめんなさい、ごめんなさい。

「前妻の子供ねぇ、仕方ないんだろうけど、可愛くないわね。」

「あぁ、笑わないし泣かない。気味が悪い。」

「あの子がいなかったら私達三人で家族水入らずで過ごせたのにね。」

 お義母さんごめんなさい、私がいて、私がいるから、私、私は。

 次々と場面が切り替わり、辛かった記憶が蘇ってくる。なんでこんなもの見せられなきゃいけないんだ、私が一体何を。もう辛い。ここから出たい。頭を抱え、私は下を向いてどうやったら出れるのか、その事ばかり考えていた。

「お前さんの記憶、しかと見せてもらった。」

 なんの声だろう。気になって前を向こうとすると、座席が急に無くなり、まるで水に溶けていくように体の自由を奪われていた。周りは暗く、何も見えない。

「お前さん、感情を喰われておるな。」

 喰われている?一体何の話だ。どこからこの声が聞こえている?『貴方は誰?』と聞こうとするも声が出せないことに気がついた。

「喰われておると言っても全部ではない、か。珍しい人間だの。お前さん幸運じゃったのう、その獣から奪い返せばお前さんは元に戻る。」

 元、に?何を言っているんだろうか。しゃがれた声で私に話しかけているこの人は一体誰なのか。

「お前さんの記憶に狐がいる。その子がずっと守ってくれたんだろう。だが、最近になって残りの感情を喰おうと獣が降りてきた。危ないと判断した狐小僧はお前さんの近くに来たんじゃな。」

『若いのう』となにかに感心しているように話す。記憶が見られているというのは癪だし狐なんかずっと一緒にいた覚えはない。けど、守ってくれた。守ってくれたというならきっとあの少年だろう。昔会ったはずの少年はきっと。

「神様の使い。」

 え?私、今声に出して?いや出ていない。この声は私に話しかけてきているおじいさんだ。私の言葉読まれている?

「神様なんぞこの世におらん。おるのは獣と呼ばれる理性のない欲望の塊のもの。もう一つは妖と呼ばれる理性のあるもの。良い妖は人前には滅多に現れぬが悪い妖は人前に出て悪さをする、獣落ちの一歩手前の存在じゃ。」

 訳が分からない。獣?妖?なんなんだそれは。

「お前さんは小僧に仇なす悪さをする小娘じゃなさそうじゃわい。それどころか。ぐふ、ぐふふふ。」

 気持ちの悪い笑いをしたおじいさんは私の目の前に姿を現してくれた。小さく、しわしわで立派なお髭を添え、綺麗な着物に身を包んだおじいさんだった。ふわっと私の目の前で立ち、指を指した。その方向には淡い光があった。

「何かあれば安倍晴明の子孫だ。悪羅王の愛し子だと言え。あぁ、白狐でもよい。今はそうだからなぁ。」

 安倍晴明の子孫?嘘をつくのは無理です。そう心の中で訴えた。なぜなら私の家系には安倍の性はないのだから。

「ふぉっふぉ、そんなに美味しそうな匂いをさせておきながら子孫ではないと。しかし子孫で無ければ通常の人間なぞ廃人になっておろうその喰われ方、奴の子孫でなければなんと言おう。」

 立派に伸びたその髭を遊びながら私にそういうが、やはり納得がいかない。私が笑わなくなったのはやはりあの出来事が原因だし、妖なんてそんなものいるはずがない。けれど、これが怪異現象でなければなんというのか。私にはその説明ができなかった。何を言おうにもやはり妖なのかと思ってしまう私に落胆してしまう。もっとちゃんと考えろ。馬鹿。

 考えてる途中から急に何科に引っ張られる感じがした。光の方へぐんぐんと引っ張られる。

「お主の連れが呼び出しているようじゃの!それじゃあ頑張ってくるんじゃぞー!」

そう言い、おじいさんが手を振った。気が付くと私は。

「ど、どういう状況?」

「あ、起きた?」

ふと声のした方へ顔を向けると大きな耳としっぽを生やした転校生がいた。

そうだ、不思議な事が起きすぎて頭が処理しきれなかったようだ。すっかり記憶を呼び覚ました私は彼にとりあえず一言。


「なんで耳と尻尾がついてんの?」


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