1話 「いじめっこを撃退する方法:正攻法」

 その本には「いじめっこを撃退する方法:正攻法」と書いてあった。なんでこんな本がこんな橋の下に?よりによっていじめられっ子のぼくの前に?さいしょは戸惑ったけどだんだん腹が立ってきた。あのね、僕がどんだけ絶望してるか知ってるの?と首をぷいと振って僕は学校に向かった。行きたくないなぁ。死にたいなぁ。

 学校についた。下駄箱から廊下に歩いた瞬間にいつもの光景。女子も男子も僕に触れないように廊下のはしにくっつくんだ。モーゼの十戒だっけ?に似てるけど。そんなかっこいいものとは正反対。もし誰かが僕に触れようもんなら、「バイキンがうつった」だのいって、別の子にタッチする。くだらない。小学生かよ。バカみたいだ。でも、すごく辛いんだよな。僕も誰にも触らないように、気をつけながら教室へ入っていく。

 4時間目までなんとか、ミゾグチたちに目をつけられなかった。昼ごはんの時間だ。ぼくは当然食べる相手がいない。みんなが机をくっつけ合う中、ぼくは一人、自分の机で弁当を開いた。お母さんが作ったオムライスが入っていた。「ハピバ マモル」とケチャップで書いてあった。そうだ、今日ぼくの誕生日だっけ。とおもって、ちょっと嬉しかった。そしたらいきなり耳をつんざくような声で笑い声が聞こえた。「オイオイ、まじかよマモルクン!」ミゾグチの声とともに、みんな一斉にこっちを振り返った。僕は弁当を隠そうとしたけど、おそかった。ミゾグチは弁当を取り上げてみんなに見せた。「ハピバだってよ!ギャハハハ」ぼくは死ぬほど恥ずかしくなった。いつもなら黙ってそのばをやり過ごすんだけど、弁当箱を返してもらおうと思って立ち上がって、ミゾグチが高く上げる弁当箱の方へ駆け寄った。でもミゾグチはすかさず駆け寄ったぼくの足の重心にをそらすように、水平に蹴った。僕はきれいにころんだ。するとミゾグチはぼくの頭に弁当をぶちまけた。なんかいろいろ馬鹿にしている声が聞こえたけど、僕には恥ずかしいのと悔しいので全然聞こえなかった。

 僕は久しく感じていない、「悔しさ」ってものを思い出した。だってせっかくお母さんが作ってくれたお弁当をあんなふうに。ぼくの誕生日だし。死にたいなぁと思って生きてたのに、嬉しかったんだよ。それなのに。

 ぶちまけられた弁当は食べられなかったから、今日は昼ごはんはなにも食べずに帰った。帰りしな、またあのチョロチョロ川に沿って歩いた。やっぱりこの川みたいにぼくの命は細いんだ。いつかどこかで流れが途絶えてしまうのかも、、お腹へったし・・・と思いながら歩いてると橋の下に来ていた。

 たくさんのエロ本と一緒に「いじめっこを撃退する方法:正攻法」がまだおいてある。僕は何気なく手にとって見た。本はしけっててちょっと臭かったけど。

 開いてみると、「いじめっ子のボスをやっつける方法」と題して、喧嘩の方法が色々書いてある。太ももをニーキックするととても痛いとか、殴るときに小石を握っておくとパンチが重くなるとか、金玉を蹴れとか、いざというときのために武器を隠し持て、とか。あれあれ、どこが正攻法?でも僕のようにひ弱ないじめられっ子向けに書いてあるっぽい。書いた人もいじめられっ子だったのかな。あと、喧嘩必勝は相手を倒すことだ、と書いてあった。相手を倒せば、そこから馬乗りになったり、一方的に蹴ることができるって。フーンと思ったけど、そんなこと僕ができるわけないじゃないか。どうやって倒すんだよ。

 とりあえず本を読むのはそこまでにして、僕は本を持ち去って、家に帰った。ご飯食べて宿題やって風呂に入って、最低な一日が終わりだ。一番嬉しいのは寝るときだ。このまま目覚めないといいな。

 ・・・7時。目覚めてしまった。また学校に行かなきゃいけない。昨日はそういえば誕生日会だったけどお父さんは仕事が遅くていなかったし、お母さんに作ってもらった弁当をあんなにひどい目にされて、後ろめたさであまり覚えていなかった。

 学校についた。今日は教室に入る前からミゾグチに目をつけられた。昨日のお母さんのオムライスのことをまだバカにしてなんか言ってくる。僕はちょっと悔しくなって、ジロッと睨んだ。睨んでしまった。すぐに目をそらしたけど。ミゾグチはなんか真顔になってる。「キレた」とか言ってる。。こういうときのミゾグチのいじめは「ただの暴力」がくる。純粋なやつ。思いっきり足を振りかぶって、僕のみぞおちにケリを入れた。僕の背中はそのまま壁にぶつかった。すごい衝撃で、お腹が苦しくて、お腹から口を通ってなんか液体が出た。ミゾグチはそのまま何度もお腹を蹴った。僕は倒れそうになりながら壁にもたれかかり、ミゾグチのケリを中腰になりながらお腹でうけてた。4,5発蹴りをお腹に食らって、もう耐えられないとおもい、ミゾグチの足をとっさに掴んで動かないようにした。

 ふと思い出した。あの本に書いてあったこと。今がそのチャンスなのか?と思い、気づいたら足を持ったままミゾグチに向かって突進していた。ミゾグチは片足ではバランスが保てず、ころんだ。おまけに向こう側の壁の下の方で頭を打ったらしく、ちょっと動きが鈍くなっている。でも、こっちの方を信じられないような驚きの顔と、それに輪をかけた憎悪の表情で見てくる。やばい・・殺される・・・。でも僕の頭にはあの本のことが頭を占拠していた。逃げるというのはあり得なかった。逃げてもどうせ殺されるし。そのまま自分が考えうる最大の攻撃をかまさなきゃ、、そうおもったら自分は宙に浮いてた。ミゾグチの腹の上にジャンプて乗っかった。ミゾグチは信じられないくらいはっきりと「グエッ」と言った。そのまま起き上がれないようにしなければ。僕はミゾグチの腹を踏み潰すように蹴り込んだ。ミゾグチは最初は手をバタバタして、あわよくば僕を殴ろうとしていたけど、だんだん腹の方が耐えられなくなって、自分の腹をガードし始めた。動きもよろくなった。腕が動いてなくて寝ている。絶好の馬乗りだ。マウントっていうやつ?

 兎にも角にも無我夢中だったし、今までミゾグチにやられたことを思い出して、昨日のお母さんの弁当のことも思い出して、マウントの体制で、グーでミゾグチを何回も殴っていた。ぼくの弱い腕だから大したダメージじゃないと思うけど、とにかく10発くらい殴った。ミゾグチは口から血を出し鼻血も出てた。

 12発目を殴ろうとしたところで、先生に羽交い締めにされた。人だかりができていた。ぼくは立ち上がった。みんな避けた。でもいつものようにバイキン扱いして避けたんじゃない。ぼくがなにするかわからなくて怖がっているみたいだ。興奮していてよくわからないけど、これが喧嘩なんだ。それで初めて勝ったんだ。ぼくはそのまま職員室に連れて行かれてこっぴどく怒られた。お母さんにも。

 その日はミゾグチは病院に連れて行かれて早退した。時間が立つにつれてぼくは完全にケンカの余韻が冷めてしまって、いつもの通り、怯え始めた。次会ったら殺される。。

 次の日も学校に行かなければいけなかった。本当に行きたくなかったのに。。いつもの通学路が本当に色味が変わっていて、頭が少しくらくらする。いつもの幹線道路を歩いていると交差するチョロチョロ川についた。左へ曲がると、見覚えのある人影がいた。ミゾグチだ。

 やばい、殺される。。僕が逃げるのと同時にミゾグチは追いかけてきた。僕は河原の方ににげた。ミゾグチはぼくの倍ぐらいの速さで追いかけて僕の腰を掴んで倒れ込んだ。僕はとっさに砂利を掴んだ。ミゾグチはぼくの頬を殴ったけど、僕もミゾグチの頬を殴っていた。砂利を掴んだ手で。僕もミゾグチもお互い倒れた。ミゾグチのほうが効いているみたいだ。こんどは前のケンカより要領よくすぐさまミゾグチの喉元に座り込んだ。砂利をにぎった手で殴ろうとした。するとミゾグチが手をバーにして僕の顔の前に出した。


「まて!わかった。もうやめだ。」


 僕は拳をゆっくりおろした。ミゾグチが上体を起こすと同時に、僕も腰を引いて、ミゾグチが起きやすくした。ケンカは終わった。僕がまた勝った。こんなことってあるんだ。

 ミゾグチが肘をついて起き上がり僕も完全にミゾグチから離れた。すると、ミゾグチがぼくの首を掴んだ。首を絞めようとしている。完全に狂気の顔だ。でもぼくは冷静だった。後ろ手で掴んでいた砂利を捨てて大きめの石に持ち替えていた。そしてその石で3発ミゾグチの頭を殴った。ミゾグチは頭から血を流してゆっくり倒れた。

 周りには数人の学生がいた。携帯電話で電話をしている学生がいた。次第に救急車とパトカーが来た。ミゾグチは救急車で搬送され僕はパトカーに乗った。

 僕は初めて補導された。学校にも親にも連絡が行った。でも幸いにも目撃者の学生がぼくの首がしめられていたことを証言してくれたし、ミゾグチの怪我も大したことはなかった。1回目のケンカのときの3倍位の長さでお母さんと先生に説教をされた。

 説教されながら僕は考えていた。ミゾグチはどうして朝現れたのだろう?もしかして、自分がケンカに負けるかもしれないことを知っていて見られたくなかったから?とりまきのホソダやユキサダに見られたらしめしがつかないから?そう思ったら、自然と背筋が伸びた。

 

 あのとき橋の下で拾った本に目を通したから、ケンカに2回勝てた。もうミゾグチはいじめてこないだろう。ミゾグチがいじめをやめれば、みんなやめるだろう。でもミゾグチがまた襲ってこないとは限らない。ぼくはあの本を読み込もう。そしてもっとケンカが強くなりたい、と思う。


 先生にこっぴどく怒られたあとの帰り道、チョロチョロ川がほのかに水量をまして勢いがついていた。川上でたくさん雨が降るとこうなることがよくある。

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いじめられっ子の僕: 10のケース @ebullience

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