喰い倒れ勇者の異世界道中記

十神 礼羽

第1話 羊とチーズ


 勇者は激怒した。


必ず、あの邪知じゃち暴虐ぼうぎゃくの王を取り除かねばならぬと決意した。

 勇者には政治がわからぬ。勇者は只の勇者である。ゴブリンを倒し、オークを倒して暮らしてきた。けれども―――に関しては人一倍に敏感であった。


「怒りのモノローグを挟んでいるところ、大変申し訳ないのですが勇者様。」


 少女が言う。


「――なんだ。」


 怒りに震える勇者が答える。


「―――――やりすぎです。」


 少女が頭を抱えた。


◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇


 ここは、聖教国アレクサンドリアとパイライト王国の狭間に位置する山脈だ。

厳冬期の今は、普通の人間が訪れるところではない。

 

 普段なら静謐な空気に包まれたそこは、今現在地獄と化していた。

雪に覆われていた地肌は赤熱し、木々はへし折れ、所々にクレーターのあいたその場所はまさしく地獄だった。


 今朝方から始まったその圧倒的なまでの暴虐に、山の動物や魔物たちは皆一様に息を殺し、頭上を通り過ぎる暴力が過ぎ去ることだけを願っている。


 そんな地獄を作り出したのは、たった2人、いや1人と1頭だった。


 一人は勇者。人類の英雄にして、最高戦力。

単騎で1万の軍勢と渡り合い、強大な魔力と類稀なる剣技を持つ。

そんな伝説に数えられる勇者の1人。


 対するはドラゴン。生物界の頂点。強靭な肉体と、ブレスを持ち、生半可な力では攻撃が通用しない硬い鱗に覆われた生物。人々にとっては天災とほぼ同義の意味で恐れられている生物。

 その圧倒的なまでの体躯は見るもの全てに恐怖を抱かせる。


 だが、今日に限って言えばそのドラゴンは終始、狼狽し混乱し絶望していた。今となっては何も感じないだろうが。


 そんな地に倒れ伏したドラゴンの上で、先程迄暴れていた勇者は鼻息も荒く吠える。


「仕方がないだろう!このクソトカゲが私の希望を砕いたのが悪い!」

「―――――だからといって、物理的に山ごと砕くのはやりすぎです!」


 負けじと少女も吠える。


「どうするんですか?この状況。地形はかわってるし、雪崩だって何度か起きました。麓の村だってどうなってるか―――」


 頭に血が上っていた勇者も、段々と冷静さを取り戻してきたようでようやく辺りの惨状に目をやった。


「・・・・・・ちょっとやり過ぎた?」

「『ちょっと』じゃないです。『かなり』です。」


 少女はうずくまりながら言う。いつもながらこの勇者。頭に血が上ると後先考えない。


「・・・大体、どうして初動で洞窟に極大火炎魔法マキシマム・ファイアマジックなんかぶっ放したんですか。ドラゴン相手に火なんて、相性悪いじゃないですか。」

「・・・・・・いや、私の怒りの炎をぶつけてやろうと。」

「ぶつかった方は大したダメージ無くて怒りだけ買ってましたよね?洞窟の中で爆発だけ起きて、山向こうに出口が増えただけでしたよね?」


 少女が怒りに燃えて、まくしたてる。


「大体その後も、飛び出してきたドラゴン相手に、隕石招来メテオストライクまで繰り出して。それも5発も!」

「・・・・・・ついカッとなって。」

「つい、じゃないです!あんな大技当たる訳ないじゃないですか。全部避けられて山の形だけ変えましたよね。魔術の触媒代だけでいくらすると思ってるんですか!」


 勇者は既に、タジタジである。ドラゴンより今は少女が怖い。


「よせばいいのに、ドラゴンに捕縛バインドなんかかけて引きずりおろして。

ここでドラゴン討伐する意味、ないじゃないですか。せっかくあっちは逃げる気満々だったのに―――」


 少女が嘆きの声を上げる。


「追い払うだけでよかったのに、あっちの逃げ道塞いで真っ向勝負を仕掛けるとか勇者様は馬鹿なんですか。馬鹿なんですね。」


 馬鹿呼ばわりされた勇者は反論しようと口を開きかけたが、少女の一睨みで黙る。


「とにかくさっさと山を下りますよ。麓の村がどうなったか心配です。急いで救援に行かないと。」

「・・・あぁ。わかった。急ごう。」


 矛先が自分から離れた勇者はこれ幸いと、少女の言葉に同意した。


「・・・・・ドラゴンの死体は自分で運んでくださいね。こんな所で討伐した罰です。せめて麓まで降ろさないと国に回収も頼めません。」

「あれをか!?いや私の―――」


 反論しかけた勇者に向けて、少女がニッコリとほほ笑む。額に青筋が浮いている。


「なにか?」

「・・・・・・なんでもないです。」


◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇


 ドラゴンの死体をズルズルと引きずりながら、山の麓まで下る。

いくら勇者とはいえ、一人でドラゴン一頭を引きずるのは大変な重労働だ。

 だが、魔力の強い生き物の死体は瘴気を発生させる。瘴気を浴びた動物や魔物は、狂乱して人里を襲うのだ。放置はできなかった。


 そんなこんなで、山の麓の村まで下りてくる。小さな村だ。人口は1000人といないだろう。

 見た所、損壊している建物はない。雪崩は村まで押し寄せていたようだが、

村の手前で奇妙に二手に分かれている。

 

 勇者と少女は恐る恐る村へと踏み入った。人気が無いので、中央に向かって進む。


「・・・勇者様?」


 勇者と少女はビクリと跳ねた。後ろから、人の好さそうな村の青年が声をかけてきた。


「やはり勇者様でしたか!みんな、英雄のお帰りだ!」


 勇者だと分かった青年は、顔をパァァっと明るくさせて、叫びながら村の中央に向かって走っていく。


「勇者様が!?」

「勇者様!」


 村の中心から、村人たちが次々に押し寄せてくる。


「おかえりなさいませ! 勇者様。」

「どうぞこちらへ、勇者様!」


 皆口々に勇者の事を呼びながら、勇者たちを村の中央に招き入れていく。

よくわからないままに、中央広場まで連れてこられるとそこは宴会の準備の真っ最中という感じだった。

 混乱する勇者と少女に、この村の村長むらおさが声をかけてきた。


「おぉぉ。これはこれは勇者様。この度は、村をお救い頂きましてありがとうございます。村を代表して御礼申し上げます。ささ、どうぞこちらへ。」

 

 そう言いながら、宴席の中央へ招き入れる。


「・・・・・・村長殿、これはいったい?」

「いやいや、勇者殿が我らの為にあの憎きドラゴンを討伐してくれたのです。おかげで、ようやく皆安心して暮らすことが出来るというもの。我々にできるもてなしでは、報酬には足りぬのは重々承知の上ですが、どうかせめて宴の席に招かれてやってはもらえないでしょうか?」


 村長はしきりと恐縮しながら、勇者にいう。


「勇者殿の激戦はここからでもよく見えました。大変お疲れのご様子ですし、まずは座って疲れた体を休めていただきたい。既に魔導士様は、席におつきです。」


 そう言って中央まで連れてこられた勇者と少女は、もう一人の仲間の姿を認めた。


「やっほ~。」


 魔導士の少女は、呑気に手を振ってくつろいでいる。


「いやいや、勇者様の慧眼には恐れ入りました。我らの話を聞いた後、一目散に山に向かって行かれた勇者様。お仲間である魔導士様が、村に残られたときは大丈夫かと気を揉みましたが、まさか戦いの余波から我々をお守りいただくためだったとは。おかげさまで、村民に一人の犠牲者も出なくて済みました。」


 村長は、喜色満面という感じの笑みで、勇者の采配をほめたたえる。

後ろで魔導士の少女はVサインを繰り出している。


「雪崩が見えたときは、もうだめかと思いましたが、魔導士様が一人敢然と雪崩に立ち向かっていただきまして。雪崩が真っ二つに割れたときには年甲斐もなく歓声を上げてしまいました。」


 いや お恥ずかしい と村長が照れる。

 魔導士のVサインがダブルになった。


「戦いが終わった際はどうなったのか気を揉みましたが、魔導士様が遠見の魔法で戦いの結末を教えて下さりました。ようやく先程、村を上げてこちらの宴を設けた次第です。」


 ようやく状況が呑み込めた二人が席に着く。

村人がそれを見て、宴の準備に戻る。3人になった勇者達はコソコソと話し合う。


「・・・・・・村を守るために残った?寒い山をわざわざ上りたくなかっただけでしょう?」

「けっかおーらい。どうせ勇者様がやり過ぎるのは目に見えてた。」

「・・・大体勇者様も勇者様です。いきなり飛び出して山に登り始めるから。」

「いや、村長からあんな話を聞かされて怒りを抑えきれなくて・・・・。」


 勇者たちは村に入ってきたときの会話を思い出す。


――――――――


「・・・無い?」

「ええ、大変申し訳ないのですが、北の山脈に住み着いたドラゴンが何度か村を襲いまして・・・幸いなことに人の被害は出ませんでしたが、家畜には大分被害が・・・」

 

 沈痛そうな顔をした村長が言う。


「今、国にはドラゴンが出た報告をしておりますが、なにぶんこんな時期にこんな辺境の村に軍を差し向けて貰う事はできそうにありません。我々も冬を耐え凌げるかどうか・・・。」

「・・・・・・つまり、ドラゴンが家畜を餌にしたせいで、余分な食糧が確保できず。湯治客用の宿もないと?」


 飲み込みたくない現実を反芻するかのように勇者が繰り返す。


「えぇ、せっかく来ていただいたのに心苦しいのですが。悪いことは言いませんので、すぐに立ち去られたほうがいいと思います。」


 村長が、深刻な顔で伝えた。

勇者がうつむいて、震えだす。魔導士の少女は あちゃあ という顔をした。


「あの?」


 急に黙った勇者を心配して村長が声をかける。


!!!!!!!!」


 大声で叫ぶと、勇者は村の外に向かって駆け出した。もう一人の少女が慌てて後を追う。

 村長が目を白黒させて、それを見ている。嵐のように立ち去った後、魔導士の少女がぽつんと残された。


「・・・あの、お仲間が行ってしまわれましたが。追いかけなくてよろしいので?」


 魔導士はやれやれ というように頭を振った。


「だいじょうぶ~。あの二人は、ほうっておいてもしなないから。」


 のんびりとそう言う。


「しかし、いくら何でも女性二人では・・・。」


 なおも心配そうに村長がいう。


「へーき。なら。」


 魔導士は、にへらっと笑って言った。


「だって勇者と聖女だもの。」


――――――――――――――――


「・・・つまり、勇者様が短絡的に飛び出して行くからこんなことになったんじゃないですか。」


 少女が――聖女がそう糾弾する。


「いや、私はただ楽しみにしていたものがないと分かった時の、絶望の矛先を向けただけだ。」

「いちいちその程度で絶望しないでください。危うく村ひとつ滅ぶところでした。」

「つまり、わたしのふぁいんぷれー。もっと私をほめるべき。」


 コソコソとした会話は次第に、声が大きくなりつつあった。


「ご歓談中、済みません。料理が出来上がりまして、冷める前にお召し上がりを頂きたく。」


 そんな3人に村長が声をかけてくる。

 運ばれてきたのは、鉄の鍋の上に甘辛いタレで味付けした羊肉を載せたものだった。

 テーブルの上にのせられたそれに、仕上げとばかりに村人が巨大なチーズに炎の魔石を近づけてとろけさせ、上からこれでもかというほどかけていく。山盛りになった肉がみるみるうちに、チーズに覆われていく。


 この村の冬の特産物、湯治客にのみ振舞われるというその料理を前に三人はゴクリと唾を飲み込んだ。

 

 他に準備された芋や、野菜。パンなど。様々な食材がテーブルの上に並べられた。


「心ばかりですが、お召し上がりいただければ。」


 村長が言うが早いか、三人は手を合わせてそれぞれの主神に祈りをささげる。

そして我先に、テーブルの上の料理に手を伸ばした。


 まずはチーズの山に向けて、匙を伸ばす。中に入った肉はゴロゴロと大振りだが、事前にゆでてあるので、中までホロホロと崩れるような柔らかさだ。単品だと、かなり辛めの味付けのタレを、チーズの甘味で緩和する。

 タレとチーズ、肉の旨味が混ざったそのたれの中に、芋や野菜を絡めてもまた絶品だ。

 三人は先程迄の姦しい会話が嘘のように、無言で料理と格闘していた。


 そんな姿を見た村長は、内心ほっと胸をなでおろした。こんな村では、ドラゴンを討伐してもらった報酬など支払えはしないのだ。せめて心ばかりの宴席でもてなせればと思ったが、それが思いのほかうまくいったことで一安心という所だ。


「・・・・・おかわりもありますから。」


 村長のそんな台詞に、3人からは無言の歓声が上がった。


◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇


 散々食べ終えた3人は、満足げに温泉につかっていた。


「・・・いや、聞きしに勝る美味しさだった。」


 勇者の少女がぽつりと言う。


「・・・そうですね。相変わらず、勇者様のこういう話への嗅覚は鋭いです。」


 聖女の少女が、ボーっとしながら言う。


「・・・まんぞく。」


 魔導士の少女が、のんびりという。


 聖女がおもむろにいう。


「それにしたって、で、山ひとつ破壊するのはやっぱりやり過ぎですよ。」

「だって、仕方がないだろう?ドラゴンなんて食べても不味い生き物が、を勝手に食べたっていうんだぞ。制裁されてしかるべきだ。」

「・・・勇者様の為の羊じゃありません。それにドラゴンを食べてみようなんて発想は普通しません。」


 勇者の反論に、聖女は呆れて言う。


「いい加減、その胃袋で物事を考えるのはやめてください。迷惑です。」

「・・・でもむらはたすかったよ。」

「・・・それは結果論です。」


 魔導士の意見に、一瞬聖女が揺れる。


「・・・ごはん。おいしかったよ?」


 聖女が押し黙る。


「みんな、よろこんでた。」


 葛藤していた聖女が、耐え切れなくなったように叫んだ。


「はいはい、わかりました。認めましょう。結果として村は救われました。よかったです。でも次は、あんなに短絡的に突っ込んでいくのはやめてください。いいですね?」


 ・・・返事が誰からも返らない。

不思議に思った聖女が振り向くと、ぷかーっと勇者が浮いている。ブクブクと魔導士が沈んでいく。


 案外、温度が高い温泉に二人とものぼせていた。


「きゃあぁぁ!!」


 思わず聖女は悲鳴を上げた。慌てて二人を担ぎ上げて、お湯の外に放り出す。


「二人とも!しっかりして!!!」


 必死で、回復魔法を唱えて二人を介抱する聖女。

目を回したままの、勇者と魔導士。


これはそんな彼らの異世界道中記。

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

喰い倒れ勇者の異世界道中記 十神 礼羽 @aizspa

★で称える

この小説が面白かったら★をつけてください。おすすめレビューも書けます。

フォローしてこの作品の続きを読もう

この小説のおすすめレビューを見る

この小説のタグ