第2話 なろうぜ!

「アハハ、アハ。世の中に、天才っているんですねえ。私、腰が抜けちゃった。雛菊さんは・・・帰っちゃいましたか?」


 美里はなんとか最後のページを読み終えた。

 まだ、興奮と鼓動が収まらない。


「そんなに凄いのか・・・?」


 竜造寺は、1ページ目を手に取っていた。

(何を大げさな)

 と思う。

 

 しかし、その1ページ目を見ていくうちに、やがて竜造寺の顔つきも変わった。


「フン、何を白々しい。君の魂胆は分かるぞ・・・?」

 芥川はそう言った。


「そうやって、”天才”がいるかのように見せて、相対的に僕の作品を落とそうというんだろ? 見え透いているんだよ!」


 しかし、竜造寺はそれにはとりあわず、立ち上がった。


「いや・・・美里さん、芥川くん・・・今まで俺の勘違いだった。これから、帰って全部書き直すよ」

「な、なんだね急に・・・?」

「・・・”本物”であれば、どういう作りだろうと受け入れられるんだ・・・流行だとかオリジナリティだとか、そんなことを考える必要も無かったんだ・・・1ページでよく分かったよ」


 竜造寺はそう言い、鞄を持って去っていった。


「みんなして、どうかしてるよ! あんな田舎娘の作品をね・・・! そこまでして、僕のが売れてるのが気に入らないのかい・・・?」

 芥川は鼻息荒く立ち上がった。


「いえ、そんなことではありませんが・・・」

「僕は帰らせてもらうよ! これから、アニメ化の『回復係は超チート魔術師の異世界廉価版にて』の打ち合わせがあるんでね」


 芥川がそう言う中で、美里はただただ「サクヤの晴嵐」の原稿の前で、打ちのめされていた。


・・・・・・・・・


「おい、美里。美里ってば、どうしたんだ?」

田所は呆れたように言う。


「美里・・・?」

「あ、いえセンパイ・・・なんつうか、昨日の原稿持ち込みの人の雛菊さんの、電話番号を聞きそびれて」

「イマドキ、持ち込みかよ」

 そもそも、『持ち込み』という時点で、要するにコンクールに引っかからなかった作者ということだ。

「あの子がヨソに持って行ったら大変なことになります・・・! 今の内に、絶対にキープしないと!」

「何を大げさな・・・水野良先生か鎌地先生でもでてきたか?」

 田所はそう言う。

「ええ・・・そうかもしれません! ああ、大変だわ・・・私、昨日から『サクヤの晴嵐』のストーリーに取りつかれてしまっていて・・・」


「まあ、そーいう時期もある。・・・業界そのものにくたびれて、”天才”が降りかかってくるのを待つというか・・・」

 田所は、『サクヤの晴嵐』の1ページ目を手に取った。


 まずまずの出だし・・・

 いや、なかなか軽快な台詞とキャラクターだな。

 いや・・・待てよ!? 予想の斜め上を!?

 いやいや、それは無理でしょう。

 あー、じれったい恋だなあ。

 待てよ、そうきたか!

 あー、あの伏線が!

 ここで回収されるのかあ、なるほどねえ・・・


「・・・これは、ヤベエな・・・」

 田所はつぶやいていた。

 恐らく十年に一人の天才だ。

 一見すると、ごく普通の皇族の恋愛ストーリーだが、実は軽妙に張り巡らされた伏線が、クライマックスが近づくにつれて、その存在感を増していく。


「でしょう!? 雛菊さんは、天才です! 即アニメ化で、円盤も出しましょう」

「けど、どこにいるんだよ? その雛菊さんは・・・?」

「それが・・・私、この『サクヤの晴嵐』に取りつかれている間に、帰ってしまって・・・どうしましょう?」

「どうするったってなあ、それじゃ何処の人かも、本名も分からないんだろう?」


 分かっているのは梨をくれたことと、富山に住んでいることだけ。


「お前なあ、こんなんでどうやって探すんだよ?」

「すいません・・・」

 原稿のあまりの面白さに呆けてしまっていたのだ。


「けど、見つけます・・・! 一度は会ったんだから、必ず・・・あんな天才、見つけられないはずがない・・・!」


 それから、美里は去年の新人賞を取った、火村水月という作家と打ち合わせをした。

 まだ、23歳でウチの新人賞を取ったばかりで、喫茶店の店員をやりながら原稿を書いている。

 水月は少しよどんだような眼で、こちらを見ている。

「そうですねえ。この『聖女だらけの水着の季節で、俺の経験値も十倍』ですけど、もう少しエロ要素があった方が・・・これは明らかにエロ向けですので・・・水月さん?」


「あーあ、じゃあ美里さんが勝手に直しておいてくれればいいでしょう? 美里さんも、脚本家の経験もあるんでしょ?」

「いえ・・・あくまでも作家さんに書いてもらわないと」

「・・・私、この業界がこんなだと思ってなかった・・・! こんなの、何を書いても全部同じじゃないですか!?」

「水月さん・・・・」

「先月のラインナップは、『魔獣使いは、異世界をテイムだけで蹂躙する』と『カード王は、ひたすらに自滅スキルでカード潰し』・・・そして、私のコレ」

 水月はあざけるように笑った。

「私はね、もっと竜造寺先生みたいな、人の心に訴えかける作品が書きたいんです。

『聖女だらけの水着の季節で、俺の経験値も十倍』? はっ、これを、細かく直してなんの意味があるんですか!? ・・・・私、もういいです!」

「もう、いいとは・・・?」

「ラノベ作家、止めます! もう、ウンザリなんです! こんな変なタイトルの本、家族に紹介できないわ! こんなのエロ本じゃないの!」

 美里はうつむいていた。

「水月さんは、世紀末の家族を描いた『透明な赤い花』で、優秀賞を取ったんでしたね」

「ええ、全国でたったの3000部のね」

「・・・売り上げがどうでもいいとは言いませんけど・・・『透明な赤い花』は間違いなく読者の心に残ったはずです・・・実際、水月さんが業界に不信を抱いているのは分からなくもないんですが・・・それでも、やっぱり自分の才能を信じるしか道はないと思うんです。

必ず・・・いつか、どこかの道に繋がっているはず・・・水月さんは、まだ自分の限界を決めるのは早すぎる」


・・・・・・・・・・・・・

・・・・・・


「じっちゃん、オイラに電話させてくれろ」

 雛菊修一はそう言った。


 修一は、

「だから、編集から連絡があったで! 『才能ねえから、止めとけ』ってな」


「ほんとにそんなこと言っただかあ? あの優しそうな編集さんが?」

 雛菊は悲しそうにする。


「おめえは、宿題だけやってりゃええ! 作家だなんて、夢みたいなこと言ってるな」

「んもう、じっちゃん」

「さあ、宿題やれ、このオタンコナス」


 修一は、雛菊を追い払うように言った。


 パソコンのページを開く。

『Vダッシュ、今月のラインナップ』と書かれたページが出てくる。

 豊満な胸を強調した女勇者の、

『女勇者たちは、逆ハーレム世界で魔王を千回昇天させる』

 そしてその下には、メイド服で必死で棒切れをこすっている少女の本

『メイドたちは、コスコスコスプレイにて、異世界を買収する』

 が載せられている。


 修一は、ページを閉じる。

「・・・こんなもん、エロマンガの文庫でねえべか! オイラの可愛い孫を、こんなエロ文庫のとこに行かせられるけえよ・・・!」

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