「なろうぜ系」でないと出版できない世の中だから
スヒロン
第1話 なろうぜ系以外はボツ!
「ええ、ですのでこの『イカンゲーム』ですが、今の『恋愛モノに飽きている』という読者層にも合っています。作家の竜造寺さんは、この作品に賭けたいと思っており・・・」
月に五本の『出版化作品』を決めるための会議である。
桜井美里は、熱弁を振るっていた。このライトノベルレーベル『Vダッシュ』で勤め始めてから、二年・・・髪を切る暇もないので、腰元まで伸びきった髪を輪ゴムだけで止めている。
今回の月例会議に、作家の竜造寺さんと十回も打ち合わせをしたのだ。
竜造寺さんにも、そろそろ二人目の子供が生まれるらしいと聞いている。
今回『イカンゲーム』のプロットを書いた竜造寺龍は、八年前に新人賞でデビューした後、出版した作品は二本。
「で・・・? それ、『イカンゲーム』だけど、『なろうぜ』のランキングとかには入ってるの? アルファやカクヨムでは?」
編集長が、氷の視線を送ってくる。
「いえ、竜造寺さんは、あくまでネット上での投稿には反対で・・・」
「んな売れないラノベ作家さんが、プライドだけ守られてもねえ」
田所が、そう口を挟んでくる。
「竜造寺さんさあ、前作の『翡翠の塔』もサ、『本格ミステリーファンタジー』って散々広告打ったのに、確か4000部とかだった人でしょ?」
脂ぎった形相の編集長が、にやにやと笑いかけてくる。
「・・・けれど、『このミス』で二次選考まで通った作品です・・・! 徐々に、読者の評判も上がってきています。きっと、今回の『イカンゲーム』が当たりさえすれば一気に人気に火がつくかも・・・!」
田所は冷静に、
「ラノベの層は、デスゲームなんて読まないでしょ。・・・今月、『なろうぜ』で、二位の作品、『俺の妹がTUEEEEすぎて、引きこもっている彼女とハーレムライフ』の作者さんに、もう声かけてますんで。それと、アルファで一位の『伯爵令嬢は善玉にて、婚期を逃したヒロインをしゃぶりつくします』の人にも声をかけてます。今月は、その二本をメインにしましょう」
と言った。
美里は、
「そ、それだと、この半年間・・・全部『なろうぜ』系の作品ばかりに・・・!
ウチの新人賞を取ってくれた作家さんたちが、大勢プロットを持ってきてくれています・・・! 持ち込みでの作家さんも大勢いるんです! 編集長・・・!」
美里はなんとか訴えるように言うが、
「うん、田所くんの持ってきてくれた二本メインでいこうか! ハイ、決定!」
編集長は言った。
美里が、半年間で十回の打ち合わせをやってまとめた『イカンゲーム』はわずか十分の会議でポシャることとなった。
「ええい、こんなのやってられますか! オカミさん、熱燗を二本!」
美里は荒れたように社内の居酒屋で熱燗を飲む。
「美里ちゃん、荒れてるわねえ」
居酒屋の女将は、熱燗をよこしてくれる。
「これじゃ、全部『なろうぜ』に支配されてるじゃないの! 私・・・『ブギーポップ』ばっかり読んでて、それでラノベ編集者になったんですよ!?」
クイっと一気にやる。
のど越し爽快の、名物の熱燗である。
「美里、荒れてんじゃねえよ」
「うわ、世界一会いたくない田所センパイじゃないですか」
美里はそう言い、
(ああ、こんにちは。いつもお世話になっております、出来の悪い後輩ですが、よろしくお願いします)
と考えていた。
「台詞と思ってることが、逆になってんぞ。まあいいけどな」
田所は苦笑していた。
「あらら?」
「美里よう、お前ラノベの定義って分かるか?」
田所はそう言った。
「定義・・・? 用は一般文芸よりも軽いタッチってことなんじゃ・・・」
「けど、中には『ロードス島伝説』みたいに、一般文芸顔負けの重厚なシナリオもあるだろ・・・?」
「え、ええ・・・」
『ロードス島伝説』は中学の頃にドはまりしたなあ。
「けれど、俺らは何を作っても『かるーい、ラノベ』って扱いを受けるんだ。一冊当たりも、なんで660円くらいなのか、なんで一般文芸は800円くらい取れるのか、今でもよく分らんわ」
田所は苦笑する。
「・・・最近じゃ、動画で『ラノベの感想』ってのをやってる人らの方が儲けてる。それでも・・・やっぱり、ラノベを作りたいんだろ? じゃあ、こんな所で腐ってるなよ」
「田所さん・・・超不愛想に見えて、実はいい先輩キャラなんですか・・・? これで、もうちょいイケメンなら言うことないのに」
「だから、心の声が出てるって」
田所も熱燗を一口やった。
「ぶっちゃけ、ラノベ書くよりも、動画でラノベ批評やる方がカネになる時代だ・・・俺たちは、作品の売り上げがなけりゃ何時潰されてもおかしくないんだ・・・『なろうぜ』に支配されてるっていうが、逆に今、『なろうぜ』系が無けりゃ、ウチのレーベルはとっくに潰れてるよ」
それから、美里と田所は何時間もラノベ議論、創作議論をかわし・・・夜は更けていた。
・・・・・・・
「はい、芥川ショージさん、いやあ、この作品も素晴らしいですね」
美里は対面する作家の芥川ショージにそう言っていた。
今は、『二度寝スキルで、超レベルアップなのは俺だけの件』という作品を直しているのだ。
「勇者が魔王と入れ替わりになってるってトコがなかなか秀逸で」
と美里は「実はなんで売れてるか分からないんだけど」と心中で思いながらそう言った。
芥川は、
「美里さん、アンタはおべっかが下手すぎて逆にやりやすいよ。本当は、あんたもこの手の本ばっかりなのに、ウンザリしてるんだろ?」
と言ってきたので、美里は唖然としていた。
「実は俺もだよ、今のラノベが嫌いだ」
と芥川は続ける。
「はあ・・・いえ・・・」
「分かってるさ。俺には”オリジナリティ”が無い。しょっちゅう批評家に書かれるよね」
「いえ・・・その・・・」
「けど、俺はこのやり方で貯金を億作ったんだ・・・読者が『スターバックスと同じコーヒーをだせ』っていうなら、スタバと全く同じように作るのがプロだって思ってるよ。スタバの味にもできずに、『俺はオリジナルで勝負してるから売れないんだ』みてえにほざいてる、『なろうぜの亡者』どもとは違う・・・! そして・・・」
「芥川さん・・・」
美里は、はっと見上げていた。
「来たよ、”ミスター・オリジナリティ”がね」
そこには、瘦せこけた竜造寺龍がいた。いつも着物で、昭和風の男である。
「あ・・・竜造寺さん」
「いや、メールは見たよ。『イカンゲーム』は残念だったね」
竜造寺はにこりと笑った。
「はい・・・けれど、また竜造寺さんの独創的な作品を、読者も待っていると・・・気を落とさないでください」
しかし、芥川はニイと口角を上げて、
「いいねえ、羨ましいねえ! ロクに書籍化もされてないのに、ファンや編集から慕われててサあ!」
美里ははっとして、
「芥川さん!? そんな言い方は・・・」
犬猿の仲で知られる竜造寺と芥川である。
竜造寺はふと笑い、
「今の俺の状態じゃ、何にも言い返せないか・・・累計80万本で。アニメ化も二本の芥川ショージ先生にはね」
竜造寺は、椅子に腰かけた。
「うん? 電話が鳴ってるぜ? 美里さん」
外着だが、原稿を持ってきた新人だろうか?
「はい、『Vダッシュ文庫』。はい、ええ、持ち込み原稿ですね!? ハイハイ、いつでも受けておりますので。では、四階で私が見ますので」
お辞儀をして、美里は待つ。
全体的にカボチャみたいな印象の、大柄な女子がキョロキョロと当たりを見回している。
「んーだげど、オイラなんかがこんなトコ入っちゃっていいっぺですがあ? オイラあ、雛菊瓜子っていうでがす」
強烈な訛りがあるようだ。
「持ち込みはいつでも歓迎ですので! さあ、ここに」
「んー、あら? あららら!? こりゃ、竜造寺龍先生じゃなすってぺがあ!? あいやー、たまげたども! 本当に写真通りのイケメンでなすって!」
竜造寺は軽く微笑み、
芥川は、
「フン、イケメンはいいねえ! 書籍化もロクにないのに、ファンがいてねえ!」とどこまでも執念深い。
「オイラあ、ライトノベルが大好きで、富山から来たんでなす。さあ、この梨を食ってくだされ。ハイハイ、どーもです。んだども、こんな有名な先生がいる所で、オイラあ、お邪魔じゃねえですかい?」
「いや、ちょうど俺のプロットがポシャったトコなんだ。君のアイデアを聞かせて欲しいね」
と竜造寺は言う。
「さあ、雛菊さん。どんな原稿でしょうか?」
美里はそう言った。
恐らく、まだ高校生くらい。
初の持ち込みなので、そこまで期待はできないが、こういう子を大事にすることこそが業界を支えるのだ。
「ハア・・・おいら、初めて買いて書けてるのか書けてないのかよく分からず、プロの方に見てもらおうと。ええと、この『サクヤの晴嵐』が一番自信があるで」
雛菊は、かしこまっているようだ。
美里は1ページ目から読んでみた。
フム・・・乱世での皇族と美少女が、争いながらも一夜の誓いを果たす。
ベタだけど、かなり入り込める展開・・・いや!? そこでそうきたか!?
・・・これは・・・
いやいや・・・待ってよ、
展開に頭が追いつかないって。
いやいやいや、ちょっと・・・それは無いでしょ!?
おおっと、まさか。死なないと思っていたキャラクターが!?
ああっ、アレが伏線になってたのカアアア!
ふう、ちょっと落ち着いてきてと。
ああっと、またも急展開!?
ああ、もう。じれったい。
「ああ、もうこんな時間ダス。編集さんの様子からいくと、やっぱりあんまり良くなかったダスなあ。では、オイラはもう帰るとするダス」
美里は、夢中になって原稿を読みふけっていたが、雛菊は帰ってしまっていた。
「おい、美里さん・・・? あの子、帰っちまったぞ? 何か言ってあげなくていいのか・・・?」
竜造寺はそう言う。
「あ、あははは、そうですよね。けど、私もうこのストーリーから離れられなくて、いや、どうしようか。あはははは、て、天才って本当にいるんですねえ」
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