特別な赤いきつね

玄栖佳純

特別な赤いきつね

 昔々、バブルがはじけて飛び散った感じの頃だったと思う。


 旅に行くためだったのかよく覚えてはいないが、私は飛行機に乗っていた。

 とても良い天気の日で、国内線で昼の便だったように思う。


 飛び立って直ぐ、窓からは神奈川のアーチの部分にちょこんと飛び出た江ノ島が見え、しばらく行くと富士山が見えた。いつもとは違う真上からなのに、富士山は富士山だった。


 上機嫌でシートに座り、短時間の空の旅を楽しんでいた。

 最近は乗らないのでどうなっているかわからないが、飛行機の中で出る食事は結構好きだった。客室乗務員さんが持ってきてくれる食事は、ただの紙コップさえもが特別に思える。必要最低限だけど、ギリギリ贅沢な感じがする。ここまで無駄を省くのかという、ちまっとコンパクトなところが空を飛ぶ鉄の乗り物に乗っている特別感がして好きなのだ。


 長距離な国際線だと食事が何回も出て、メインディッシュを魚にするか肉にするか選べたりする。普段は肉派だが何回も肉だと飽きるので魚にしたりもした。でもやっぱり肉だったなと思ったり。この時も、選択肢があるなら肉と思っていた。


 そして食事の時間になり、女性の客室乗務員さんが席まで来て、二つの選択肢を示してくれた。


「赤いきつねにしますか緑のたぬきにしますか?」

「は?」

 聞き間違いかと思った。思わず聞き返していた。


「赤いきつねにしますか緑のたぬきにしますか?」

 客室乗務員さんはそう言って、二つのカップ麺を示した。その質問を聞くまでなんとも思っていなかったが、客室乗務員さんは先ほどからその二つのカップ麺をよく見えるように肩の高さに持っていた。

 スーパーマーケットでよくみるあのパッケージだった。


「赤いきつねで……」

 反射的に答えていた。どちらかといえば、私は赤いきつね派だった。緑のたぬきを食べたことがなかった。


「かしこまりました。赤いきつねですね」

 素敵な笑顔で女性は言った。


「あ、ちょっと待ってください。赤いきつねと緑のたぬきってどう違うんですか?」

「赤いきつねがおうどんで、緑のたぬきがお蕎麦ですね」

「どっちが美味しいですか?」

 どっちにしようか少し迷っていた。


 すると、女性の客室乗務員さんはそれはそれは素晴らしい笑顔を見せて

「どちらも美味しいです」


 眩しいほどの輝き。それはまるで女神のような笑顔だった。

「じゃあ、赤いきつねで……」


 質問する前から冒険する気はしていなかった。

 ちょっと聞いてみただけだった。


 そして、普通よりも少し小さめの容器でお湯が入って食べごろになった赤いきつねが私の席に届けられた。


 カップ麺に上質な割りばし。

 思っていたよりも質素な食事だった。


 出ないよりも、ましかもしれない。

 そう思いながら、箸で麺をすする。


 なにこれ、うますぎる……。

 それが私の感想だった。


 衝撃を受けるほどうまかった。

 味は確かに地上で食べた赤いきつね。


 でも、何かが違う。

 飛行機専用の何か特別な加工でもしてあるのか、もっちりとした歯ごたえに滑らかなのど越し。ダシもうまい。


 今まで食べた中でもダントツに美味しい赤いきつねだった。


 空の上の飛行機の中で食べたからなのか、女神様が作ってくれたからなのか、理由はわからなかったけれど、とても美味しかった。


 量も味も全てにおいて最高級だった。

 それはタイミングだったのか、空で食べたからなのか。


 非常に美味しい赤いきつねだったのだが、

 ひとつだけ心残りがある。


 赤いきつねと緑のたぬきのどちらかしか食べられなかったのだが、もしも緑のたぬきを選んでいたら。


 見上げた青空に飛行機雲がすーっと流れていると、今もたまにそれを思う。


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