しみじみ。

碧井 聖

本題

「お母さんの馬鹿!私なんて産まれて来なければ良かったんだっ!!」

その時、彼女はハッとした。母が少し涙ぐみながら悲しい顔をしたからだ。

売り言葉に買い言葉で、言ってしまった言葉。その時は、自分が酷い言葉を言ったことに気付いていなかったのだ。

それに気付いたのは帰宅後。何度も何度もその場面が壊れたビデオテープのように繰り返し、繰り返し、同じ場面を夢で見る程、後悔しているからだった。

「……っ。また、あの夢……。」

「ナーン……」

うなされて起きた飼い主を白黒ハチワレの愛猫が心配そうに頬を舐めた。

彼女は、木崎 桜(きさき さくら)30歳の所謂、ごく普通のOLで都内で一人暮らしをしている。会社は月末月初が繁忙期の一般的な会社で、特に最近は別案件で忙しく、メンタルがやられていた。

そんな中、母親に呼び出され、話しをしている間に口論となり、「生まれて来なければ良かった」などと口から零れてしまったったのだ。

彼女は、決して親を恨んでいる訳ではない。ただ、最近の忙しさに疲労困憊していて余裕が無かっただけなのだ。

「大丈夫だよ。ありがとね……」

愛猫の頭を優しく撫でると、ゆっくりとベットから起き上がり、カーテンを開けた。既にお日様が高い位置まで来ており、それはお昼を告げていた。

それから、ケトルに水を入れ湯を沸かしながら、冷蔵庫を開けて食べ物を探った。しかし、昨日は金曜日且つ、残業の所為で買い物が出来ず、明日土曜日に買いに行けばいいや~と思っていたので、ろくな物が入っていなかったのだ。

流石に朝食を採っていなかった為、きちんとしたブランチを食べたいと思っていた。ふと、ストック棚を見ると……以前、母から送られて来た、赤いきつねがそこ置いてあるのに気が付いた。

(あれから……もう、1週間経ったのか…………)

先程の夢を思い出しながら、自分が零してしまった言葉を思い返しては、母にどう謝っていいのか分からず、そして仕事が忙しいことを理由に連絡を取れていなかったことに気付いた。

(赤いきつね……食べようかな……)

本当は、紅茶を飲む為に沸かした物だったが、空腹には勝てず、既に外側のフィルムを剥がし、蓋を開けて、湯を淹れる準備は万端だった。トポトポトポ……と、湯を淹れ蓋を閉め、時計を見ながらを時間を待った。

長針が丁度、6のところを指し、5分経ったことを告げる。そーっと蓋を剥がし、入れ物を持ちふぅーふぅーとしながらスープを口に含んだ。

(……ふぅ。体、全体に染み渡る…次はっと…………)

麺にいく前に出汁をずっしりと含んだ、おあげを箸でそーっと掴み、口元に持っていき、はふっと一口噛み千切った。口の中で、おあげからじゅわっと染み出る出汁を感じると、思わず目からほろりと溢れるものがあった。

桜は、意味が分からないと言う表情で、モグモグしがら涙を拭った。

「……え。意味分かんない……何で、私泣いているの……?」

おあげをまた一口、また一口……食べるだけで何故か泣けてきた。

それは、きっと母親からの愛情に気付いたからだ。赤いきつねを一旦、食べるのを止め、ティッシュで目と鼻を拭ってからテーブルの上に置いてあったスマホを持ち、母に電話を掛けた。

「……あ。もしもし、お母さん?私、桜。この間は、酷いこと言ってごめんね……」

その姿を嬉しそうに愛猫が見つめ、にゃおーんと一鳴きししっぽをぱたぱたさせていた。

……そんな優しい、土曜の午後だった。

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しみじみ。 碧井 聖 @8say8

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