冒険者ギルドに向かって

(※レイシア視点)


 週に二度のお休み。

 学園もなく、習い事は朝に終わらせた私はタクトさんのいる『異世界喫茶』へと足を運びます。

 それは何も予定がないから、というわけではありません。

 というより、予定があっても『異世界喫茶』に行くことを優先します。


 それは、ひとえにタクトさんに会いに行くため。

 最近は、日に日に「会いたい」という気持ちが強くなっているような気がします。

 学園の授業を受けている間も「早く終わらないでしょうか」と考えるようになってしまったんです。

 前までは考えられませんでした……ですが、悪い気はしません。

 もちろん、授業を疎かにしているわけもありませんが。


 ───そして、今日はいつも通りの休日。

 ですが、今日ばかりは……少し違う日常を歩くことを選んでしまいました。


「……ここに来るのは初めてですね」


 王都中心街から少し先。

 王都の入り口である門のすぐ近くに立つ建物には大きな鐘と、巨大な扉があります。

 そして、扉の上には大きく『冒険者ギルド』と書かれてある看板が付けられていました。


「あなた達はここで待っていてください」


 冒険者ギルドの前までやって来た私は、着いてきてくれた騎士の一人に待機を命じます。

 人数は五人。この人達は私がどこか出かける際について来る護衛の騎士達です。


 タクトさんに会いに行く時は連れて来ないのですが、それ以外の場所となると何故かついてきます。

 理由は分かるのですが……正直邪魔です。『異世界喫茶』を譲歩してくれたので、もう全部譲歩してくれてもいいのでは? と思ってしまいます。


「はっ! ですが───」

「あまり大人数だと、知り合いが怯えてしまいますから。何かあれば、もちろん呼びますよ」

「承知致しました」


 騎士達が下がるのを確認すると、私は扉を開け放ちます。

 中は広く、長椅子やテーブルが並べられており、二階に上がる螺旋階段が中央に置かれ、奥には張り紙が敷き詰められているボードと、受け付けのあるカウンターがありました。


(流石は王都の冒険者ギルド……といったところでしょうか)


 お父様の所有している土地にある冒険者ギルドとは大きさが違います。

 といっても、一度しか足を運んでいないので、朧気な記憶の中の話にはなりますが。


(それにしても……)


 先程から視線を感じますね。

 中に入った途端、私のことを見てくる方々が多いです。

 確かに、私の装いは冒険者のものとは違い貴族らしい普段着です。

 珍しいという好奇心の視線を浴びるのは仕方がないでしょう。


 しかし───


『おい、えらく可愛い女が来たじゃねぇか』

『冒険者じゃねぇよな……声かけとくか?』

『やめとけ、多分貴族だ。だが、可愛いなぁ。お近づきになりたいものだぜ』


 ヒソヒソとした声。

 その中には、殿方からのものが多いような気がします。


(どうせなら、タクトさんからヒソヒソと噂されたいものです)


 知らない殿方より、好いている相手から話題にされたい。

 そう思ってしまうのは仕方のないことだと思います。

 周りからの評価より、たった一人の人からの評価がほしいのですから。

 これでは、パーティーに出た時とあまり変わりません。


「おいおい、こんなところに嬢ちゃんがなんの用だい? うぅん?」


 周囲の声に気を取られていると、目の前に私よりもふた周りほど大きい殿方が現れました。

 顔は赤く染まっており、焦点も定まっていない様子。どことなく酒臭いです……昼間から酒を煽っていたのでしょう。

 ……面倒くさい殿方絡まれてしまいました。


「えぇ、知り合いを訪ねに来ました」

「そうかい、そうかい! だったら、その知り合いが来るまでの間……俺と遊ばねぇか?」


 顔を近づけ、ジロジロと私を見てくる殿方を周囲は誰も止めに来ようとはしません。

 それは面倒事が嫌いだからか、この殿方が恐ろしい存在だからか、はたまた楽しんでいるからか……それは分かりません。

 ですが、まぁ、どうでもいいでしょう。


「結構です、すぐに見つかるかと思いますので」

「おいおい、つれねぇこと言うなよ! な? ちょっとぐれぇいいじゃねぇか」


 そう言って、殿方は私の肩に手を伸ば───


「結構ですと、申しましたが?」

「あがっ!?」


 ───そうとする前に、私は殿方の顎を蹴り上げました。

 身体強化魔法を使っているので、それなりの威力があったはずです。

 殿方は何が起こったかよく分からないのか、呆けた顔をしたあと、そのまま地面に倒れてしまいました。


「私に触ってもいい殿方はお一人だけです。ダンスのお誘いならまだしも……酔いに任せて触らせるほど、私は安くありません」


 倒れた瞬間、周囲が一気にざわめき立ちました。

 それは私が目の前の殿方を倒してしまったからでしょう。

 あまり騒ぎにしたくはなかったのですが……仕方ありません。触られるのは、嫌ですから。

 それよりも───


(こんな姿、タクトさんにはお見せできませんね……)


 野蛮だと思われたら嫌ですもん。

 可愛いと、思われたいじゃないですか。


「さて、どうすればお会いできるでしょうか……?」


 受け付けで尋ねればいいでしょうか?

 それとも、ここで待っていればいいのでしょうか?

 依頼を受けている可能性もありますし、アポなしで来たのは少し間違っていたかもしれません。


 私はどうすればいいか、その場で少し考えます。

 その時───


「レ、レイシアちゃんっ!?」


 不意に、背後からそんな声が聞こえてきました。

 振り返ると、そこには驚いた様子をしているエルフの女性が立っていて───


「ふふっ、お話に来ましたよ、エイフィアさん」


 私はゆっくりと、エイフィアさんの下に足を進めました。

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