レイシアとエイフィア

(※レイシア視点)


「申し訳ございません、いきなり訪ねてしまって」


 冒険者ギルドから少し離れた場所。

 学園帰りに多くの令嬢が足を運ぶ喫茶店のテラスの一角———正面に座るエイフィアさんに私は頭を下げました。


「ううん、別にいいよっ! いいんだけど……ここ、確かお高い場所だよね?」


 エイフィアさんを見つけた私は「お話ししたいことがあります」と言ってこのお店に連れてきました。

 プライベートのお話をするので、護衛の騎士達はお外で待機です。


「そんなことありませんよ? まぁ、確かに他のお店に比べたら高いかもしれませんが」

「だよね!? 結構有名なお店だったはずだよね!? 私、あまり持ち合わせがないんだけど……」

「安心してください。お誘いしたのは私ですから、ここは私が出させてもらいます」


 一応、これでも貴族ですからね。

 ここのお代ぐらいは余裕で出せるほどのお金は持ち合わせています。


「い、いいのかなぁ……? 一回、来てみたかったお店だし、嬉しいのは嬉しいんだけど……」


 お金を出してもらうことに抵抗があるのでしょう。

 そういう性格は嫌いではありません。ですが、ここは出させてほしいものです。


「でしたら、エイフィアさんには前回の一件で助けてもらった恩がありますので、そのお礼ということにさせてください」

「ふぇっ? お礼は言ってもらったよ?」

「ふふっ、そうですけどね。そういう建前にしてほしいということです」


 本当に、エイフィアさんはいい人です。

 その優しさは、どこかタクトさんに似ているような気がします。


「まぁ、これ以上言ったらレイシアちゃんが困るから言わないよ……ありがとうね、レイシアちゃん!」

「いえいえ」


 満面の笑みが向けられます。

 それだけで、私の心が温かくなるのを感じました。


(こういう人だから、ですよね……)


 私は運ばれた紅茶を啜りながら、ふと思う。

 恩を返したいとも考えてしまいますが、もっと別のお話———エイフィアさんだからこそ、と。


「それにしても、レイシアちゃんがギルドに来た時は驚いたよ……なんか、あの冒険者倒しちゃってるんだもん! 結構、名のある人だった気がするんだけど」


 エイフィアさんがそう言いながら紅茶を口に含みます。

 耳がぴょこぴょこ動いているところを見ると、よっぽど美味しかったのでしょう。

 かなり可愛いです。殿方に言い寄られるのも分かる気がします。


「私、こう見えてもかなり優秀なんですよ? ある程度の武術も魔法も習得していますので」

「なるほどねぇ~、流石はレイシアちゃんだ!」

「そういうエイフィアさんこそ、あの殿方には引け劣らない程のお力はあるのでは?」

「私? 三発でようやく倒せるぐらいだから、そんなにだよ~」


 私が言うのもおかしな話ですが……かなり実力がありませんか?

 私、これでも学園が主催する武術祭で優勝するほどの実力があるのですけど……二発しか変わりませんよ?


「そういえば、今日は『異世界喫茶』に行かなくてもいいの? 私、このあと帰る予定だったからそっちでもよかったんだよ?」

「たまには女子会もいいではありませんか。一度、こうしてエイフィアさんと二人きりで話してみたかったです」

「にゅふふ~! 嬉しいこと言ってくれるレイシアちゃんだ! 妹ができた気分なんだよ!」


 エイフィアさんが嬉しそうに笑います。

 私も、このような姉がいれば楽しかっただろうと、思わずにはいられません。


「じゃあ、タクトくんは今頃一人ぼっちだ。お客さん、来てるといいなぁ」

「来ていると思います。今、タクトさんのお店はかなり学園では話題になっているので」


 あのお茶会の一件以降、令嬢の間では話題になっています。

 カフェオレという珍しい飲み物を提供するお店。

 甘くて、仄かに苦い味わいは他になく、珍しさと飲みやすさで人気が出てきており、チラチラと顔を出しているみたいです。


 そして、そこで働く男性が優しくて、かっこいいという―――


「レイシアちゃん、ほっぺを膨らませてどうしたの?」

「……タクトさんのことも、話題になっていますので」

「あー……そういうことかぁ」


 タクトさんは、絶対に渡しませんもん。

 それに、私はコーヒーが好きですもん。

 他の人とは、違います。

 嫉妬です。学園では我慢していますが、正直嫉妬しています。


「タクトくん、自分を卑下してるけど結構モテるはずなんだよねぇ。自覚がないだけで、女の子だったらすぐ好きになっちゃうと思うんだよ、私は」

「そうですよ、もっと自信を持ってほしいものです」


 実際にこうして人気もあり、私に好かれているんですから。

 まぁ、人気の話も耳にしていないでしょうし、私も好きとは言えていないのですが……何せ、まだ首を縦に振ってくれそうにありませんし。


 鈍感さんに好きになってもらうのは難しすぎます。


「ねぇー、自信を持ってくれたらいいんだけどねぇ」


 エイフィアさんが紅茶を飲みながら、そんなことを口にします。

 その時の顔はどこか遠い目をしていて、少しばかりの期待と悲壮が滲んでいました。


 だからこそ―――


「……そろそろ、本題に入りましょうか」

「ん? お話ししたいことがあるって話だっけ?」

「はい、その通りです」


 私はカップをソーサーに置いて、真っ直ぐに彼女を見つめます。

 私はどうしても、助けてもらった人に幸せになってもらいたくて。


 それは、お節介と好奇心と……嫉妬。

 優しい、優しい、エイフィアさんに―――


「エイフィアさん……あなたは、よね?」


 鋭い、げんじつを。


 いつも通りの日常など、送らせないために。

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