いつも通り
今日も今日とて平和な一日だ。
そう、何も変わらないいつも通りの日常———
「はいっ、カフェオレ二つ!」
エプロン姿のエイフィアがお客さんにカフェオレを運んでいく。
席に座っているのは少しおっさんくさい客が二人。最近は女の子が多かったから珍しいお客さんだ。
店内が一気にむさ苦しくなっているようで不思議である。
「ありがとうな、嬢ちゃん!」
「やっぱ別嬪さんやわ~!」
「もうっ、褒めても何も出ないよ~!」
エイフィアの可愛さは誰しも感じること。
エプロンを身に着けた彼女は、もう立派な看板娘だろう。
おっさん達の誉め言葉に、エイフィアは満更でもなさそうに頬を緩めた。
「相変わらず、エイフィアさんは凄い人気ですね」
そんな様子を見て笑みを浮かべるレイシアちゃん。
ソーサーとカップを上品に持ち、啜る姿は気品に満ち溢れていて、この場所だけ別空間が生み出されているような感じだった。
「レイシアちゃんも綺麗だよ」
「そ、そうですかね……」
「うん、間違いなく」
エイフィアに負けず劣らずの美人さんだもん。
誰がどう見たって「可愛い」か「天使」かの二択を言うに決まっている。
「タクトさんに言われると、嬉しいです……」
頬を染めながら、ちびちびとコーヒーを啜るレイシアちゃん。
先程の気品あふれる姿から、一気に小動物みたいな可愛らしい飲み方に変わってしまった。
もしかしなくても、照れているんだろうか? だとしたら、本当に可愛い。
「嬢ちゃん、俺の息子と結婚しねぇか!?」
「えー、いきなり何言うのー?」
レイシアちゃんの姿にほっこりしていると、何やら『結婚』というワードが飛んできた。
前のイケメンエルフの時とは違い、エイフィアの顔には嫌悪の色は浮かんでいない。
それは、おっさんが冗談で言っていると分かっているからだろう。
「俺の息子、わりかしかっこいいからよぉ!」
「お前、抜け駆けはズルいぞ! 嬢ちゃん、俺の息子と結婚しねぇか!?」
「どうしよっかなー?」
「頼むよー! 俺の息子ったら、いい歳こいてロクに女を捕まえてこないんだ!」
何やら徐々に盛り上がり始めたおっさん。
僕はお菓子を持っていくついでに、エイフィアとお客さんの間に割って入った。
「エイフィアは嫁には出せないよ!」
「「ぶーぶー!!」」
おっさんからのブーイングが入る。
可愛くない、ちょっと年齢と顔を見直して来てほしいところだ。
「あれ? もしかしてタクトくん……嫉妬してくれてるのかなぁ~?」
イタズラめいた顔を浮かべるエイフィアが僕のほっぺをぷにぷにしてくる。
からかい時を見つけたからだろう、これが絶妙にウザい。
「なんだ、兄ちゃん? もしかして、嬢ちゃんの彼氏———」
「弟です」
「だったら、頼むよぉ! 姉貴の門出を盛大に祝ってくれ!」
「そうだー! もっと嫉妬しろー、だよ!」
横のエイフィアがかなりウザい。
「いいですか、悪いことは言いません……息子さんの関節を慮るなら、エイフィアとの結婚は考え直した方がいいと思います」
「ねぇ、タクトくん? それって、どういう意味? ねぇ、それってどういう意味なのかな?」
「こんな風に、腕関節が彼方にすぐ向くので、息子さんのことを想うのであれば止めた方がよろしいかと」
「お、おう……そうだな」
腕関節が背後に向かって伸ばされている姿を見て、おっさん二人は引き気味に頷いてくれた。
流石に、息子さんを僕と同じ目に遭わせることには抵抗があるのだろう。
その判断は一人の親としては正しいと思う———腕関節は大事にしないといけないからね。
だから……そろそろ離してよ、ね、エイフィア?
「だったら、そっちの嬢ちゃんはどうだ!」
「わ、私ですかっ!?」
突然話を振られたことに驚くレイシアちゃん。
この人、相手が公爵家のご令嬢だと知らないのだろうか?
「レイシアちゃんはダメだよ!」
「タクトさん……!」
エイフィアからの関節技から逃れた僕は、レイシアちゃんとおっさんの間に割り込んだ。
レイシアちゃんがそれを受けて嬉しそうな顔を浮かべたけど、すぐさま首を横に振り始める。
「(い、いえっ! どうせタクトさんのことですから、エイフィアさんと同じような理由とか、別の理由に決まってま―――)」
「レイシアちゃんは僕の大事な人なんだ! 知らない男と結婚させるわけにはいかない!」
「~~~ッ!?」
レイシアちゃんの幸せを願う者として、見知らぬ男との結婚は認められない。
幸せにするって、レイシアちゃんのお父さんと約束したからね。せめて何回か顔を合わせてレイシアちゃんがちゃんと好きになったら僕も首を縦に振るよ。
(あと……なんか嫌だ)
どうしてそう思ったのかは分からないけど。
レイシアちゃんが誰かと結婚……って考えたら、なんかモヤモヤした。
「レイシアちゃんも、こんなおっさん達の話なんか無視して―――って、どうして顔が真っ赤なの?」
「タ、タクトさんのせいですっ!」
え? 庇ったのに僕のせいなの?
「んだよ、せっかく可愛いのにしょうがねぇなぁ。あわよくばって思ってたんだが」
「うちの従業員と大事な人を、そんな簡単に引っ張れるとは思わないことですね」
もちろん、これも全て冗談のやり取りなんだろう。
このおっさん達からは、本気度がまったく感じられないからね。
だから僕も本気にせず、こうしてお客さんと軽口が叩け―――
「なら兄ちゃん、俺の娘とはどうだ?」
「詳しい話を聞きましょう」
僕はおっさんの前に正座する。
僕には分かる―――これは本気だ。なら、僕も本気で向き合わないといけないだろう。
「お? いいのか?」
「もちろんです。是非とも、詳しいお話と顔合わせの場を作っていただければ―――」
「ダ、ダメですっ!」
「ふぎゃっ!」
話を聞こうとしたら、突然僕の視界が何かに覆われた。
そして、後頭部には何故か大きすぎることもなく小さすぎることもない程よい塩梅の柔らかい感触が伝わり、甘い香りが鼻腔を擽ってくる。
いつも受けている感触とは別物だ……これは一体?
「タ、タクトさんは売約済みですから……ッ!」
背後からそんな声が聞こえてきたので、恐らく僕はレイシアちゃんに抱き締められているのだろう。
(まさか、僕がレイシアちゃんに抱き締められているなんて……ッ!)
胸の内に嬉しさが込み上げてくる。
だけど、それよりも───
「僕、まだ誰にも買い取られてないんだけど!? あまり物件だよ?」
「だ、大丈夫ですっ! 私、貴族ですからいっぱいお金は持っています!」
「買い手がいないって話なんだけどね!?」
「利子がいくらあっても大丈夫ですから!」
「話噛み合ってる!?」
そんないきなり「お金持ってますマウント」されても困るんだけど!?
今、買取手がようやく見つかりそうなところだったんだから、マウントはあとにしてもらわないと困るよ!
「っていうわけなので、今回のお話はキャンセルってことでお願いしま〜す♪」
「そうだなぁ、残念ながら買い手がいたみたいだし」
僕達の様子を見ていたエイフィアが、おっさん達にそんなことを言い始めた。
僕は慌てて引き留めようとするものの、抱き締めているレイシアちゃんに「わ、私じゃダメですか!?」と、よく分からないことを言われながら口を塞がれたので、話は終わってしまった。
それで、苦しかった。息できなかったんだよ、ぐすん。
これも、いつも通りの日常。
本当に、いつも通り───
うん、いつも通りだ。
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