彼女達の髪を梳く
毎月、我が家では魔女さんにお金を渡している。
それは食費や家賃、諸々のお金を魔女さんが出しているので、その分恩恵を受けている自分達はお金を納めなければいけないからだ。
「はい、シダさん。来月もよろしくお願いしますっ!」
「うむ」
夕食後、風呂上がりでリビングでまったりしている魔女さんに、エイフィアは小袋に入ったお金を魔女さんに渡す。
エイフィアはうちで働いてくれているけどお金は一切受け取っていないので、そのお金は冒険者として稼いだお金だ。
本当は僕もお給金を渡してあげたいんだけど「いらないいらない〜♪」と頑なに受け取ってくれないエイフィアのせいで渡せていない。
あと、魔女さんにいくら渡しているのかも分からないし、教えてくれない。
(さてと、次は僕だな……)
エイフィアが渡し終わったのを確認すると、僕も魔女さんの下に行ってお金の入った小袋を渡す。
「はい魔女さん、来月もよろしくです」
「いらん」
「酷いっ!」
バッサリと一蹴。
僕はお金を渡せなかった。
「どうして受け取ってくれないのさ!? っていうか、いつもいつも!」
「お前さんは妾に渡せるほど金は持っていないじゃろうが」
「いや、最近はお客さんも来てくれるようになって黒字なんだよ! 渡せるよ、普通に!」
店を用意してくれたり、ここに至るまでの材料費とか資金とかくれたしで魔女さんにはちょっとずつでも返していきたいと思っている。
更には、転生して身寄りも何故かいなくて独りぼっちだった僕を育ててくれている恩があるんだ。
売り上げが伸びていようがいまいが、渡させてほしい。
「そもそも、妾は金に困っておらん」
「エイフィアからは受け取ってるじゃん!」
「こいつは一応他人じゃからの」
「僕も血縁上は他人だよね!?」
「可愛い可愛い息子に決まっておるじゃろ」
その解釈で言ったら、エイフィアだってもう家族なのに……ッ!
「でもさ、このままだったら僕は魔女さんに何も返せないよ……」
「何を言うておる。一生傍にいてくれさえすれば、妾はそれで満足じゃ」
愛が重いぜ、こんちくしょうめ。
僕をどこにも出さない気か……! 結婚する時とかどうするのさ!
「というわけで、ほれ。いつものやっておくれ」
「へぇーい……」
これ以上何を言っても無駄だと判断した僕はお金の入った小袋を懐にしまうと、魔女さんの後ろまで回る。
そして、渡された櫛を持ってそのまま魔女さんの髪をゆっくりと梳いていく。
「相変わらず、タクトは上手いのぉ」
「誰かさんがずっとやらせてきたからね……」
───僕はエイフィアと違ってお金は受け取ってもらえない。
その代わり毎月やるのが、魔女さんの髪を梳くといったものだ。
桃色のサラりとした髪をゆっくりと動かしていく度に、風呂上がりのいい匂いが鼻腔を擽ってくる。
魔女さんは幼い容姿ではあるけど、その容姿が整いすぎているから心臓に悪い。
「……はい、終わったよ」
「ご苦労じゃったの」
上ってきた熱を誤魔化し、至って平静を見せる。
すると、今度は背後から何故か抱き着かれてしまった。
「た〜くっとくんっ! 私の髪も梳いて〜!」
「嫌だよ自分でやりなよ!」
「えー……タクトくんに梳いてほしいのにぃー」
これみよがしに甘えてきやがって。
こっちも風呂上がりだからか、熱い体温といい匂いが余計にドキドキさせてくる。
どうして我が家はこんなに心臓に悪いんだ。
「自分でできるじゃん、頑張ろうよ梳くぐらい」
「タクトくんに梳いてもらうために、梳かないでおいたのに……髪がボサボサになっちゃっても知らないよ?」
「ぬぐ……ッ!」
エイフィアのサラりとした金髪。
せっかくの美貌に美しい髪を携えているのだから、手入れを怠ってボサボサになるのはいかがなものか。
僕の髪じゃないのに、こう……何か「ボサボサにしたらダメだろ」みたいな気持ちが湧き上がってきてしまう。
エイフィアに抱き着かれたまま、僕はしばらくの間葛藤する。
そして───
「はぁ……今回だけだからね」
「やったー! なんだかんだ、そう言いながら毎回やってくれるタクトくん好きー!」
「余計な一言」
確かに、今思えば毎回やっているような気がしなくもない。
更に、同じようなことを言われてやらされている気もしなくもない。
「〜〜〜♪」
エイフィアは嬉しそうに近くにある椅子へと座る。
その背中は「早くしてほしい」と言っているようにも見えた。
僕は仕方なくエイフィアの後ろに行くと、そのまま髪を梳いていく。
「ふぁぁぁっ……タクトくん、上手……」
「そりゃ、誰かさんからもやらされているからね」
男なのに、このままいけば女の子よりも梳くのが上手になるのではないだろうか?
無駄な女子力が、異世界に転生して培われたような気がする。
「……ちょっと前までは男に触られるのを嫌がっていたくせに」
「タクトくん以外は嫌だよ? 今でも、触られるのはダメダメなんだよ」
「いや、どうして僕だけ大丈夫なのかが甚だ疑問なんだけど?」
ゆっくりと、髪を引っ掛けないようにほぐしながら梳いていく。
触れられている部分は多いはずなのに、エイフィアからは嫌がる素振りはない。
むしろ心地いいと、身を全て任せきっているような感じさえする。
「そんなの決まってるじゃん───」
エイフィアは顔を少しだけ僕に向けた。
「君がタクトくんだからだよ」
質問に対する答えにもなっていないような解答。
僕が「意味が分からない」と口にしても、エイフィアは「気にしない気にしない」と言って誤魔化されてしまった。
「エイフィアも相変わらずじゃのぉ……」
そんなやり取りを見ていた魔女さんが、そんなことを呟いた。
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