風邪、ひいちゃいました①

「風邪じゃな」


 だそうです。


「げほっ……マジかー」


 とある日のこと。

 朝起きて「あれ? なんかいつもより熱い気が……」という寝相の悪いエイフィアに抱き締められながら言われて「大変っ! 本当に熱いよタクトくんっ!?」と叫ばれたことから始まった。


 頭はボーっとしていて、体はだるい。

 関節もあちこち痛いし、心なしか咳が多い気がする。

 そう感じたのはついさっきのことで、叫んだエイフィアに連れられてやって来た魔女さんにはそう言われてしまった。


「そんなばかげほっ……な」

「咳をしながらよく言えたもんじゃな」


 だって、この異世界に来てから一度も風邪を引かなかった健康優良児なのに、今更風邪を引くとは思えないんだもん。

 いや、でも体がだるい……ぴえん。


「ぴえん超えてぱおんになって、ぴぴぴえんだよ……」

「風邪を引いてもボケようとするとは……タクトは本当に可愛いのぉ」


 しまった……頭が回らないせいで、要らぬ誤解をされたような気がする。


「……あ、開店の準備しなきゃ」


 お店の掃除をして、今日は休日だからレイシアちゃんが朝一で来てもいいようにコーヒーの準備をして、改良版のスコーンも考えたからレイシアちゃんに食べてもらう用で作らないといけない。

 だからこんなところで寝ているわけには———


「店に行かせるわけがなかろうが」

「そんなっ!?」

「当たり前じゃ、病人は治るまで大人しく寝とけ」


 魔女さんが僕を寝かせたがる。

 取り付く島もない今の感じだと、何を言っても僕をお店には立たせてくれないだろう。

 となれば、今日は休業するしかないようだ。


「ね、ねぇシダさんっ! タクトくんは大丈夫だよね!? まだ死なないよね!?」


 凄く焦ったように魔女さんに詰め寄るエイフィア。

 たかが風邪だというのに、何故か「手術前」みたいな緊迫感が出そうな発言は控えてほしいものだ。


「ただの風邪じゃと言うとろうに」

「死んじゃわない!? 目を離した隙に死んじゃわないかな!? タクトくん、貧弱で軟弱で節操なしでたらしだから心配なんだよ!」

「魔女さん……僕の代わりに一発殴っといて」


 この子は僕を心配しているのか、この機に乗じて馬鹿にしようとしているのか分からなくなってくる。


「しかし、今日に限って妾は家を離れんにゃいかん仕事が入っとるしのぉ……どうしたものか。タクトを仕事先にまで連れて行きたい衝動に駆られるぐらい心配じゃ」


 休むとは言わず、連れて行こうという発想に至る辺り、魔女さんはとても仕事熱心だ。

 だけど僕だってただの風邪で何かあるような歳でもないし、仕事の邪魔はしたくないので気にせず行ってきてほしい。


「だったら、私がお休みするっ!」

「ん? それは助かるが、冒険者としての仕事は信用第一じゃろ? 休んでもよいのか?」

「冒険者としての信用よりタクトくんの方が大事なんだよ!」

「いや、エイフィ―――」


 じゃ、急いで行ってくる、と。

 僕が口を開く間もなくエイフィアは部屋から出て行ってしまった。


「はぁ……あやつ、本当にタクトのことが好きじゃのぉ」

「どうしてか分かんないけどね……」


 もちろん、魔女さんの言っていた「好き」というのも『弟として好き』なんだろうけど、そもそもあそこまで好かれる理由が見当たらない。

 そりゃ、行き倒れていたところを助けてあげたりはしたけど、お礼も言われたしもう何年も前の話だ。


 それ以外何かした記憶もないし、どうしてエイフィアはあそこまで僕のことを好きでいてくれるのかは未だに疑問である。


「そりゃ、お前さんが———」

「ん?」

「……いや、やめておくわい。これは本人の許可なしで言うものでもないしの」


 そこまで言われたら逆に気になるんだけど……確かに、本人がいない場で勝手に言うのは間違っているよね。

 何を知っているのかは知らないけど。


「妾が出る前に薬を渡しておくからの、ちゃんと飲むんじゃぞ?」

「はーい」

「エイフィアが帰って来る前に、妾は休業の看板でも立てておこうかの」


 そう言って、魔女さんは部屋から出ようとする。


「……あ、魔女さん。お願いがあるんだけど」

「添い寝か? いいじゃろう……何年振りかの、タクトと一緒に寝るのは」

「突っ込む気力が……」


 体がだるいし頭がぐわんぐわんするせいで『お願い=添い寝』になる魔女さんにツッコミができない。


「お店の看板を立ててくれるなら、ついでに『風邪で休みます』っていう紙をドアに貼ってほしいんだ」

「どうしてじゃ?」

「レイシアちゃんは今日も来ると思うから……」


 今のところ毎日お店に通って閉店まで入り浸ってくれているレイシアちゃんがいきなり『休業』だと知れば驚くだろう。

 せめて理由でも教えてあげないと、優しい彼女は絶対に心配をしちゃう。


「そういうことか……よいじゃろ、張り紙でも貼っておくわい」

「……ありがと、魔女さん」


 そう言い残し、魔女さんは部屋から出て行ってしまった。

 すると室内には静寂が広がり、気を紛らわせてくれていた人がいなくなったからか、一気に体に辛さが襲ってきた。


(風邪って、こんなに辛かったんだなぁ……)


 この辛さをどこか懐かしく感じながら、僕は自然と目を閉じてしまった。



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