第2章 エルフと転生少年
一人のエルフと異世界喫茶
私はよくも悪くも好奇心旺盛な性格だと思う。
気になるものにはとことん興味を示すし、知らないことがあったらすぐに知ろうと走り始める。
森という小さな世界だけじゃなくてもっと広い世界を見ようと里を飛び出したのがいい証拠。
エルフが外に出ることはほとんどないんだ。
だって、全てが森の中で解決しちゃうから。新しいことが生まれたとしても、気がつけば古いものへと変わっていくから。
それと、エルフは他の種族に比べて綺麗なんだって。
だから襲われやすくて、外の世界は危険だと引き籠るんだ。
皆の言いたいことは分かる。
エルフは他の種族に比べたら長寿。外の世界に飛び出したとしても、きっといつかは消えてなくなってしまう。
新しい建物が建ったとしても、しばらくすれば古びてしまう。
恋人を作ったとしても、先に死んでしまう。
要は怖いんだ―――周り全てから、置いてけぼりにされたような感覚で。
だったら、狭い世界で生き続けた方が置いていかれない。
でも、私は嫌だった。
新しいものを見ていたい、壊れてもいいから自分の目で見てみたい。
そう思って、里を飛び出して―――
私は一人の男の子と出会ったの。
その頃の私は一人だった。
エルフだからって今まで何度も襲われてきて、下心丸出しの視線ばかりを浴びせられて……それが嫌で、常に一人だった。
だからだったのかな―――あの時の私は、今みたいな雰囲気の子じゃなかったんだ。
冷たくて、素っ気なくて、警戒心むき出しで、他人を寄せ付けないトゲトゲしたもの。
自分でも「ないわー」って思うぐらい、酷かったと思う。
お、お恥ずかしながら……お金がなくて、お腹が空いちゃって路地の近くで倒れてしまったことがあったの。
それで、それを見つけてくれたのが二年前のタクトくん。
「うわっ!? 初めてのエルフ!?」
「ッ!?」
人通りの少ない場所で倒れていたから、話しかけられたのはタクトくんが初めてだった。
私は、タクトくんに声をかけられたから思わず距離を取った。
でもお腹が空いて力が入らなくて、すぐにへたりこんでしまったの。
「ふむ……めっちゃ警戒されてる。異世界で初めてエルフを見て興奮した僕の視線がダメだったのかな? でも、男だったらエルフを見るのは一種の夢みたいなものだし、仕方ないはずなんだけど……」
警戒心を剝き出しにしている私を見て、ブツブツと呟いたタクトくん。
この時の私は、正直タクトくんは他の人と同じように―――危険な人間なんだって思っていた。
でも―――
ぐぎゅるるるるるるぅ~~~!
「~~~ッ!?」
お金がなくて何も食べていなかった私のお腹が盛大に鳴ったの。
警戒心を剥き出していた私でも、流石にこれは恥ずかしかったなぁ。
「ぷっ……あははははははっ!」
タクトくんはお腹を鳴らした私を見て大笑い。
殺してやろうかなと思いました。
そして———
「うちのお店に来る? ご飯ぐらい出してあげるよ」
この時、私は迷った。
いつもだったら「何かされるかも」という思いもあって即答で否定していたけど、お腹の空き具合がピークだったから。
そして毒を食らわば皿までの精神で、私は警戒したままタクトくんについて行ったんだ。
♦♦♦
タクトくんに連れられてやって来たのは、小さなお店。
これが今私の働いている『異世界喫茶』だった。
店内に入った私はしばらくカウンターに座って待たされ、しばらくしてタクトくんの作ってくれた料理にありついた。
数日ぶりの料理……はしたなかったかもしれないけど、思いっきり食べさせてもらった。
「ははっ、そうやって食べてくれると作ったかいがあるよ」
勢いよく食べる私を見て、タクトくんは笑った。
(おかしい……この人)
そんな姿を見た私は、タクトくんに違和感を覚えた。
私は自分で言うのもなんだけど、それなりに綺麗な容姿をしている。
男の子だったら下心のあるような目を向けたりするし、他の人でも私を売ろうと画策していた。
エルフは高値で売れるらしいからね。
「っていうより、やっぱりエルフって耳が尖ってるんだ。アニメとか漫画と一緒……なんで漫画家さんとか小説家さんの人ってエルフの姿が分かったんだろうね? まぁ、今更言っても遅いけど」
確かに、タクトくんは変な目で見てきた。
でも、それは下心とかじゃなくて―――単純に好奇心。私と一緒だった。
だからかもしれない。
「……ねぇ」
「ん?」
「あなたは、私に何もしないの……?」
そんなことを聞いてしまったのは。
自分でも、どうしてこの時にこんなことを言っちゃったのかは分からない。
ただ、タクトくんという人間が分からなくて。世界中を探せばいるかもしれないけど、少なくとも私は出会ったことがなくて。
それでね、タクトくんは———
「君は『転生+生涯年齢=彼女いない歴』の僕に何を言ってるのさ!?」
「……え?」
「君みたいな可愛い子に、何かできる勇気なんて持ってるわけないでしょう!?」
そんなことを言ったの。
ふふっ、おかしいよね? 普通、こんなこと言わないよ。
でも、さ。
「……まぁ、君がどんなことをされてきたからそんなことを言ったのかは知らないけど、困っている女の子にそんなことをするほど僕はクズじゃないよ」
タクトくんはそんなことを言うと、私にコーヒーを出してくれたんだ。
初めて見る飲み物だった。
何か混ぜられてる? そう思ったけど、タクトくんからはそんな様子が感じられなくて……私は、恐る恐る口にした。
「……苦い」
「だよねー」
でも、あったかい。
私が抱いた感想は、それだった。
不思議と胸が温かくなるような、ガチガチに固まっていた心が解されるような、安心させられるような……そんな味。
「警戒するってことはさ、孤独の証なんだよ。信じられるものがなくて、心の拠り所がなくて、心っていうガラスをすり減らしていく。気の休める場所がなきゃ、絶対に人は疲れちゃう」
唐突に、タクトくんは語り出した。
「今の君を見ていると、そうなんじゃなかなって思っちゃった。そりゃ、そんなに綺麗な顔をしていたら「そうなんだろうなー」っていうのは分かるよ。でも、どこかで拠り所を見つけないと、君はいつか壊れると思う」
「……偉そうに」
「いや、ほんと。すっごい偉そうなことを言ってるよね、僕。でもさ、せっかくコーヒーを飲んでくれたんだから言わせてほしいんだ」
―――私は、今でも思い出せる。
あの時、タクトくんが私に投げかけてくれた言葉を。
「ここなら君を一人にはしない。生憎と閑古鳥が鳴くほど人がいないから、警戒するような人もいない。僕を警戒してしまうっていうなら、僕は部屋を出て行くよ。それでもさ―――」
きっと私は、この言葉で救われたんだから。
「ここを、君の拠り所にしてほしい。君が心から安心できる場所を、僕は作ってあげたいって思った」
初めて出会った相手。
なんの得もなければ利益もない。
私を陥れる罠……そう考えることはできたかもしれないけど、そう考えることはできなかった。
「大丈夫……君を孤独にはしないから」
だって―――
「あ、れ……?」
私の頬に伝った涙が、嘘ではないことを証明してしまったんだ。
警戒ばかりしていた私が、本気で言葉を受け止めてしまった。
それは驚き以外の何物でもなくて―――
「ゆっくり、ゆっくりでいいから……コーヒーでも飲みながら探していこうよ。余計なお世話かもしれないけどさ」
孤独だった私は今、拠り所を見つけた。
「ひっぐ……うぅ……!」
このあと、宿暮らしだった私を「女の子一人じゃなくて、二人だと安心できるよね。あ、魔女さんもいるから!」ってタクトくんがシダさんにお願いしてこの家に住まわせもらったり、一緒に食卓を囲ませてもらった。
そして───私は、あの日飲んだコーヒーの味を一生忘れない。
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