助けられる者の義務

(※レイシア視点)


 私はどれぐらい、その場で蹲っていたでしょうか?

 何分、何十分……もはや体感ではざっくりとした時間までも分からなくなってしまうほど。

 それほどまで、私はタクトさんが出ていってしまった扉を眺めていました。


「はぁ……」


 結局、私はタクトさんに縋ってしまいました。

 自分の力でどうにかしようと思っているのなら、あの場でタクトさんを引き留めることをしたはず。


 しかし、体は動きませんでした───つまり、私はタクトさんに縋ってしまって……助けを、望んでしまったということ。

 私の問題であるはずなのに、部外者であるタクトさんに任せてしまいました。


 嬉しい……また私を助けてくれます。

 そう思ってしまう私が、一番恥ずかしい。


 恥ずかしいと思っていても、体は動いてくれません。

 色々な感情が入り混じり、次に動く行動を阻害しているような感覚。


「わた、しは……」


 何をすればいいのでしょう?

 助けると言ってくれた彼に、何をしてあげればいいのでしょう?


 私は───


「入るぞ」


 そんな時、唐突に部屋の扉が開かれました。

 お母様かお父様か、それともタクトさんか───そう思っていたのですが、現れた人物は予想外の人でした。


 サイドに纏めた桃色の髪、小柄な体躯を包む黒のゴシック衣装、可愛らしい顔立ちから見せる二本の鋭い牙。

 その人は───


「魔女、様……?」

「そうじゃ、お前さんとは初めましてじゃな」


 薬師の魔女。

 屋敷で顔を見かけたことはありますが、こうして面と向かうのは初めてです。

 しかし、このような方がどうして私の部屋に?


「妾がおることに疑問を抱いているようじゃな。答えてやろう───と、言いたいところじゃが、お前さんの問答はあとじゃ」


 魔女様が私に近づき腕を掴むと、立ち上がらせて部屋を出ようとします。


「あ、あのっ! どこに───」

「お前さんは、タクトに助けられるのじゃろ?」

「ッ!?」


 魔女様は私の顔を見ません。

 どうして知っているのか? その疑問が頭の中を支配します。

 ですが、魔女様は構わず私を部屋から連れ出します。


「タクトが何をしようとしておるのか、妾には分かる……何せ、あやつは妾の可愛いじゃからの」


 屋敷の中の廊下を、魔女様に引っ張られるがまま歩いていきます。

 どこに向かおうとしているのでしょうか? それすらも、分かりません。

 ただ───


「お前さんには、タクトがする行動を見守る義務がある。それだけは、放棄させんよ」


 この人の行く先には行かなければいけない。

 どの行動を取ればいいか分からなかった私でも、それだけは理解できました。



 ♦♦♦



「あの、ここは……?」


 魔女様に連れられ馬車に乗り込んだ私は、とある家にやって来ていました。

 しかも、その家は私がよく足を運んでいた『異世界喫茶』のお隣です。


 私が今座っているのは、小さな薬品が並ぶ部屋のソファー。

 机には半用紙といくつかのグラス、粉状のものが入ったケースなど置かれており、横には何やら空洞の穴が空いていました。


「ここは妾の仕事場じゃよ。本当は、誰も入れさせん場所なんじゃが……今日だけは特別じゃ」


 魔女様は対面に腰を下ろすと、小さくため息を吐きました。


「タクトはな、妾が拾ってきた子なんじゃ。森の中で一人ポツンと立っておって、行く宛てもなく不安げにしておった」


 そしてゆっくりと、魔女様は語り始めます。

 懐かしいものを思い浮かべるような、優しい笑みを浮かべながら。


「それなりの歳のはずにもかかわらず何も分からんで、世間を何も知らなさすぎた。おかしな奴じゃったよ……しばらくすれば、コーヒーなんてもんを作りたいと言い出すしの。まるでような感じじゃった」


 どうして、魔女様はタクトさんのことを語り始めたのでしょうか?

 その疑問が頭をよぎりますが、黙って魔女様の話を聞きます。


「それでも、あやつはとてもいい子じゃ……好奇心旺盛で、純粋で、優しくて、頼もしくて、誰に対しても平等に扱い、同じ優しさを向けられる。だから妾は、あやつが可愛くて仕方ない……どこにも出したくないほどにの」


 それは分かります。

 その優しさと、性格に私は救われ、惹かれたのですから。


「エイフィアを助け、今度はお前さんを助ける。分不相応かもしれん、立場を弁えない愚直かもしれん。じゃが、あやつはそれらを投げ捨ててお前さんを助けようとしておる」


『いらっしゃいませ〜……あ、タクトくんお帰り!』


 その時、横の穴から声が聞こえてきました。

 そして───


『ただいま、エイフィア。店番ありがとうね』

『少年……ここは?』

『ここは僕が経営している『異世界喫茶』です。に、どうしてもこのお店に来てほしかったんです』


 聞き慣れた声が、聞こえてきました。

 その声を聞いて、私は思わず息を飲んでしまいます。


「かかっ! この穴はの、可愛いタクトがお店を開くって言った日に作ったものじゃ。これなら、タクト何をしておるのかバッチリ聞こえる。といっても、流石に普段は塞いで聞こえんようにしとるがの。聞いてほしくない話もあるじゃろうし」


 魔女様が驚く私を見て、口元を上げます。


「お前さんには、これからタクトが何をするのか見守る義務がある。それは、手を差し伸べられた人間がしなければいけない、相手に対する礼儀じゃ。故に───」


 私の心臓が、早く脈を打ちます。


「耳をかっぽじってよく聞いておれ。可愛いタクトに助けられる、その言葉を。子供じゃからといって、逃げることは許さん。タクトにこれからも向き合いたいのなら、の」


 逸らしてはいけない現実。

 向き合わなければいけないもの。


 それが如実に迫ってきているのだと、実感させられる。

 しかし、それらは決して目を背けてはいけないもので───


「……はい」


 私は荒くなった息を抑え、耳を傾けました。

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