言いたくない話と、吐き出したい本音
(※レイシア視点)
言ってしまいました。
言うつもりもなかった言葉を、タクトさんに向けてしまいました。
感情の昂りが、不安の募りや、現れたことに対する嬉しさや、今までに対しての我慢が一気にで出てしまったかのよう。
一度吐き出してしまうと止まらなくて、言いたくないはずなのに口が勝手に開いていきます。
「タクトさんは本当に自分勝手です!!!」
「……うん」
「あなたはいつもそう……人の心を勝手に揺さぶってくる!」
違う、こんなことを言いたいわけじゃないのに。
でも───止まりません。
「私だって好きで黙っているわけじゃないんです! どうしようもないから、諦めるしかないからあなたに伝えなかった!」
止まらないのは感情だけではなく、止まっていた涙ですら溢れてしまいます。
頬を伝う雫の冷たさが、昂っている感情を増長しているようで苦しくなりました。
「あなたに何ができるというんです!? 平民で、子供で、いち店員のあなたが……私の問題をどう解決できるというのですか!? あなたのどこに、そんな力があるというのですか!?」
これは八つ当たりです。
完全に、手を差し伸べてくれたタクトさんの温かさが嬉しくて、手を取れないことに対する悲しさが、そうさせてしまいます。
「助ける? 笑わせないでください……あの時は助けられたかもしれませんが、今回はあなたには無理です───王家との婚約話など、あなたにどうやって止められるというのですか!?」
そうです。タクトさんには何もできない。
聞くことしかできない彼に、話す必要などどこにもないのです。
なにせ、話したところで何も解決できないのですから。
「だから私は話したくなかったんです! こんな部分を見せてしまうから、何も変えられないから! あなたに当たってしまうから……」
それと───
「未練が、強くなってしまうから……」
私は正面に座っているタクトさんの胸倉を掴みます。
揺さぶってやろうと、怒ってやろうと。
感情に流されるまま、タクトさんに当たってやろうと。
けど、それができなくて……私は、力が抜けたようにタクトさんの胸に顔を埋めてしまいます。
「私、あのお店が大好きだったんです。静かな雰囲気、温かいコーヒー……それを淹れてくれるタクトさんが」
一度弱気になった心は、徐々に沈んでいきます。
しりすぼみになった言葉が再び八つ当たりをするような強い言葉になることはなく、落ちていってしまった言葉は上に上がりません。
「で、でも……ッ! どうしようもできないから、未練が強くならないために引くしかなくて……別れることしかできなくて! あ、あなたに話してしまうと、今みたいになりそうで……!」
言葉に嗚咽が混ざり始めます。
言いたくなかった話は口にしてしまい、言いたくなかった八つ当たりも口にしてしまいました。
そうなれば、残るのは心の弱さだけ。
醜く、情けなく、可哀想な……自分の、弱音と本音。
「私だって好きであなたから離れたわけじゃないんですよ……願うことなら、ずっと一緒にいたかったですし、なんでも話してしまいたかった。でも……ッ! そしたらあなたに迷惑をかけてしまうかもしれない、どうしようもできないと分かっているのに、変な期待を抱いてしまうから!」
だから私は言いたくなかったんです。
黙って別れることを選んでしまうぐらい、嫌でしたから。
でも言ってしまった。
タクトさんが現れて、タクトさんが優しさを向けてしまったから。
「本当は嫌ですよっ! 私は好きな人と結婚したい! 物語のお姫様みたいに劇的なイベントも、立場も、お相手も……もう望みません! ただ、好きな人と恋愛して、好きになってもらえるよう頑張って、その先の結婚を……したいんです」
タクトさんの胸に頭を擦りつけます。
行き場を失った本音のぶつけどころを探すかのように。
「苦しいんです、辛いんです……とても、嫌なんです」
不意に、頭に温かくて安心するような感触が生まれます。
その感触は私の頭をゆっくりと撫でていき、ぶつけどころを与えてくれたかのように思えました。
「貴族として間違っているのは分かっています……それでも、私はこの婚約が嫌なんですっ! 他は何も望みません、いい子にもします! 成績も習い事だって、頑張ってみせます! だから───」
私を助けて。
小さく、消えてしまいそうな声で、最後の言葉を紡いでしまいました。
吐き出したいものは全て吐き出してしまい、言いたくなかったことですら言い切りました。
公爵家の令嬢であるはずの私が……好きな人の前だというのに、こんなにも醜い姿を晒してしまいました。
幻滅? 失望?
今、タクトさんは私のことをどう思っているのでしょうか?
それが怖くて、顔を上げることができません。
ただ、俯いてしまう。
頬を伝う涙が、タクトさんの服を濡らしてしまうのを見つめるだけ。
しばらくの静寂が、私の部屋に広がります。
そして───
「ありがとう、レイシアちゃん……」
「ッ!?」
タクトさんが、口を開きました。
「僕が言いたくないことを言わせちゃったから、そんな顔をさせちゃったんだね」
私の目元にタクトさんの手が触れられる。
伝う涙を拭い、そのまま私を優しく抱き締めてくれました。
「僕はさ、正直世間知らずだからレイシアちゃんの立場も状況も上手く理解はできていないんだと思う。知ったような言葉を並べたって、きっと上っ面の慰めにしかならないと思うから」
「そ、そんなことは……」
……ありません。
そう言いかけた言葉が詰まってしまいます。
多分、タクトさんの仰る通り上っ面の慰めにしかならないと思ってしまったから。
「レイシアちゃんの言葉は全部その通りなんだと思う。貴族としては間違っていて、僕なんかじゃどうにもならないんだってことも」
でもね、と。
タクトさんは私の顔を持ち上げて真っ直ぐに覗きこんできました。
「間違っていても、君の気持ちはそれなんだよね? 望まない婚約したくなくて、一人の女の子として恋愛がしたくて……こうなっちゃうぐらい、一人で抱え込んで、我慢して、耐えてきた」
「タクトさん……」
「今度は周りが君の気持ちに応えるだけだ」
タクトさんは立ち上がると、最後に私の頭を一度撫でてくれます。
「君はちゃんと話してくれた。言いたくないことも、助けてっていう言葉も、僕のために全て。だから───」
今度は僕の番だ。
そう言い残し、部屋の扉に向かって歩き出します。
「僕じゃ、何もできないかもしれない。話して、聞くことしかできない無力かもしれない。地位も、立場も、金も、権力も持ち合わせてない僕だけど───君を助けたい、この気持ちだけは誰にも負けてないはず」
私はどこかに行ってしまいそうなタクトさんに手を伸ばします。
でも、立ち上がることはできなくて、伸ばしている手も彼の服を握ることができなくて。
「安心して、レイシアちゃん───僕は君を助けるよ」
タクトさんは、扉の向こうへと消えていってしまいました。
残った私は、呆然とすることしかできません。
ただ、最後に言われた言葉が嬉しくて、縋ってしまいそうになって、胸がじんわりと温かくなって───
「タクト、さん……ッ!」
再び、嗚咽が溢れ始めました。
流している涙は先程とは違い、冷たくなく温かいものでした。
♦♦♦
部屋から出ると、入り口にはイリヤさんの姿があった。
「タクトくん……」
心配そうにするイリヤさん。
恐らく、部屋の中での話を聞いていたんだと思う。
どう声をかけようか、何を言えばいいのか分からなくて、ごちゃ混ぜになった感情が顔に現れている。
だけど、僕はそんなイリヤさんを無視して頭を下げた。
「イリヤさん……レイシアちゃんのお父さんのところに連れて行ってくれませんか?」
「いいけど……何をするの?」
「そんなの───」
決まっている。
何をするかなんて、あの時の言葉を聞いてしまえば分かりきっている。
『私を助けて』
「僕にできる限りのことをします。話して、聞いて……コーヒーでも淹れて、分かってもらえるように頑張ります」
そして、最後には───
「レイシアちゃんが幸せになれるように」
そうなってもらえるために、僕が頑張る番だ。
一人のお客さんが、笑っていられるために。
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