うちの店員

「そういえば、このお店はタクトさんだけが働いているのでしょうか?」


 二杯目のコーヒーを啜りながら、レイシアちゃんが尋ねてくる。


「基本的には僕だけかな。一応、もう一人いるんだけど……その子は冒険者もしてるから」

「ということは、いつ来てもタクトさんと二人きりになる可能性が高いということですね」


 そんなお客さんが来ない前提で話をされても困る。


「まぁ、確かに女の子からしてみれば男の僕と二人きりっていうのは嫌だよね」


 レイシアちゃんはコーヒーを飲みに来てくれたのだと言った。

 こんな繁華街から離れている場所に足を運んでくれるぐらいだ、少しはコーヒーのことを好きになってくれたのだろう。


 決して僕に会いに来たわけじゃない。

 それなのに、男と二人きりになる可能性があるともなればあまり嬉しくはないだろう。


 僕的には可愛い女の子と二人きりという状況は嬉しい以外の何物でもないんだけど、男の子と女の子とでは違うし。


 他のお客さんがいればまだ違うんだろうけど、今の状況じゃしばらくは閑古鳥だ。

 二人きりが多くなるのは間違いないし、懸念もごもっともだ。


「い、いえっ! 別に嫌というわけでは―――」

「でも安心して! もう一人の店員は女の子だから!」

「……え?」


 僕が安心させるためにそう言うと、何故かレイシアちゃんは固まってしまった。


 そんなに女の子が働いていることが意外だったのかな?

 お嬢様が来るイメージはないんだけど、喫茶店で働いたり来てる人のイメージって女の子の方が多い気がするんだけど。


 これも異世界だからだろうか? 

 ここに転生してから魔女さんがあまり一人で外を歩かせてくれないので他の喫茶店に行ったことはないけど、もしかしたらほかの喫茶店では男の人が通うイメージの方が強いのかもしれない。


「お、女の子……なのですか?」

「うん、そうだけど」

「可愛い女の子なのですか!?」

「う、うん……そうだけど」


 身を乗り出してまで尋ねてくるレイシアちゃんに、僕は思わずたじろいでしまう。

 まさかもう一人の店員にここまで食いつかれるとは。


「……色々お聞きしたいことが増えてきました」

「そんなに興味を持たれるなんて思わなかった」


 やはり、喫茶店で女の子が働くというのは異世界では珍しいのだろうか?

 どうやら、あの子にレイシアちゃんの興味がたぶんに向けられてしまったようだ。


「どこからお窺いすればいいでしょうか……」

「複数あるんだね」

「ではまず……お二人の馴れ初めから」


 結婚報告かな?


「えーっと……あの子が行き倒れているところを助けたことが最初だったかな?」

「女の子……助けたんですね」


 どうして今ここでジト目を向けられるのだろう。

 助けたことはいいことじゃないか。


「次は……その人は、結構頻繁にこのお店に来ますか?」

「んー、お店にはあんまり来ないかな? お店で働いてくれるのって、週に二日ぐらいだし」

「そ、そうですか……よかっ───」

「ただ、家には頻繁に来るね」

「家ですか!?」

「だって一緒の家に住んでるし」

「同棲ですか!?」


 またしてもレイシアちゃんが身を乗り出して顔を近づけてくる。

 眼前にレイシアちゃんの整った顔が現れて心臓がバクバクだけど、それよりもあまりの食いつきぶりに驚きが勝ってしまった。


「あの……顔、結構近いです」

「ッ!?」


 僕がそう言うと、レイシアちゃんは顔を真っ赤にして慌てて顔を離して座り直してくれた。


「も、申し訳ございません……!」

「いいよいいよ。それよりも、三杯目いる?」


 いつの間にかなくなってしまっているレイシアちゃんのカップ。

 すると、レイシアちゃんは恥ずかしそうにおずおずとカップを差し出してきた。


「きょ、今日はちゃんと銅貨と銀貨を持ってきましたので……」

「うん、ありがとう」


 僕としては来てくれただけでも嬉しいのでタダでもよかったんだけど、どうやらレイシアちゃんの中ではお金を払うつもりみたいだ。

 まぁ、三日続けてタダっていうのも、心情的に嫌なのかもしれない。


「それで、一緒に暮らしていることってそんなに驚くようなことなの?」


 確かに、日本では他人の女の子と付き合ってもいないのに同棲することは珍しいかもしれないけど、この異世界では住み込みで働くってことはよくあるみたいだし、驚くようなことでもないと思う。


 実際に、僕は血の繋がっていない魔女さんと一緒に暮らしているわけだしね。


「い、いえ……すみません、驚くようなことではありませんね」

「だよねー」

「そ、その……お付き合いとかは───」

「してないよ?」


 レイシアちゃんの顔が安堵の色に染まる。

 だけどすぐ何かを思い出したのか、またしても心配そうな顔をした。


 今思うけど、僕はなんで心配されてるんだろう?


「……手を出したりは───」

「してないけど!?」


 どうやら、レイシアちゃんの中ではまだ僕の変態疑惑は抜けきれていないらしい。


「そもそも、魔女さんも一緒に暮らしてるし手なんか出せないし出す気もないよ!? そ、それに、向こうは弟としてしか見ていないだろうし!」


 二人共可愛いけど、流石に彼女いない歴=年齢+精神年齢の僕でも相手にその気がないなら手を出さない。

 というより、好き合った関係とじゃないとそういうことはしちゃいけないと、ちゃんと思っているから。


「(な、なら安心なのでしょうか? い、いえ! そもそも私は別にタクトさんのことを好きというより気になっているだけで……ッ!)」


 再び何やらブツブツと呟き始めたレイシアちゃん。

 普段はお淑やかな感じなのに、今日はなんかいつになく情緒が不安定な気がする。


 僕からしてみれば、今のレイシアちゃんの方が心配だ。


(うーん……今日は家まで送って行ってあげた方がいいのかな?)


 カランカラン。


 そう思ったその時───誰かが来たことを知らせるドアのベルが鳴った。


「タクトくーん! 帰ってきたよー!」


 そして、そこからの少女が姿を現してきた。




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