魔法と誤解と変態さん
二日続けて、と珍しく……いや、本当に珍しくお客さんが来た翌日。
今日も彼女はこの店にやって来ていた。
「暇なの?」
「暇じゃありませんが!?」
カウンター前のテーブルで、愛くるしくも美しい顔をしたレイシアちゃんが頬を膨らませる。
僕よりお金もっていそうなお嬢様に言うことじゃないかもしれないけど、凄く目の保養になる。
こう、静かで閑散としている店に一輪の花が咲いたような感じだ。
「……せっかく暇を見つけて来ましたのに」
「確かに、昨日よりも来る時間が遅かったよね。もうお昼もかなり過ぎちゃってるし」
「普段は学園がありますから。昨日一昨日はお休みだったんです」
「なるほどねー」
学園……学校かぁ。
異世界に転生してからは行っていないけど、なんだか日本で通っていた学校を思い出して懐かしく感じてしまう。
「僕、学園? ってところには通ったことがないんだけど、どんなことを教わるの?」
「そうですね、色々ありますよ? 歴史に文学、数学に武術……それと、魔法です」
「魔法!?」
「……そ、そこに食いつくのですね」
そりゃそうだ。
魔法と言えばファンタジー……日本に生まれた男だったら誰しも一度は憧れるものなのだから。
生憎と僕は『異世界転生ボーナスわっしょい』なんてなかったから魔法もスキルもない……というより、一般の魔法ですら使い方が分からない。
「そう言えば、当たり前のように習っていましたが……平民の方々は魔法を習う環境がありませんから、仕方ないかも知れません」
「……一応、知り合い二人は使っているけど「怪我するかもだからダメ」って言って滅多に見せてくれないし、ちゃんと覚えようとしても覚えられるような環境はないしで……」
魔法がある異世界では当たり前のように魔法を使えるって想像していたんだけど、どうやらこの世界は違うみたい。
それは魔法を扱う存在が少ないから。
流石に前に言っていた『治癒魔法の使い手』よりかは多いんだけど、誰にでも簡単に教えてあげられるような人数はいないんだ。
だから、基本的に魔法を教わる人間はお金持ちの人だけで、一般の人は教われない。
結局、そうなってくると魔法が使える人間は一部に限られてしまう。
「魔法……魔法かぁ……使えるまでは高望みだとしても、見てみたいなぁ」
今度魔女さんやあの子が使っているところを覗こうかな?
いや、でもいつ使うかも分からないし、一日中張り込みをすることに……そうなってくるとお風呂場ネックだな。
もしお風呂場で見つかろうものならあばら三本は覚悟しないといけない。
……でも、あばら三本で魔法が見られるのであれば───
「お風呂場を覗くのもいいかもしれない……」
「タクトさんは変態さんだったのですね」
しまった、よく分からないけど変態だと誤解されてしまった。
「違うんだレイシアちゃん! 僕はただ(魔法が)見たいだけで!」
「そんなに捲し立てるほど(女性の裸が)見たいのですか!? いい殿方だと思っていたのに……残念ですっ!」
レイシアちゃんが距離を取って自分の体を守るように両腕で抱えた。
魔法が見たいだけなのに、レイシアちゃんの中で僕の評価が著しく下がっているように思える。
(せっかく来てくれるお客さんなんだから、僕の評価が下がるのはまずい……ッ!)
なんとか変態ではないのだと誤解を解かねば。
「君は誤解している……僕は変態なんかじゃない。もし変態だったら、一昨日レイシアちゃんが怪我をして抵抗できない時に色々やらかしているはずだからね」
「そ、う……ですよね……」
離れてしまったレイシアちゃんがおずおずと戻ってくる。
よかった、この様子だと誤解だと理解してくれた見たいだ。
「であれば、どうしてお風呂場を覗きたいのですか?」
「単純に(魔法が)見たいからだけど?」
「(女性の裸が)見たいだなんて……やっぱり変態さんじゃないですか!」
「どうして!?」
今の発言のどこに変態だという要素が混ざっていたというのか?
僕にはレイシアちゃんのことがよく分からない。
店の端まで離れてしまったレイシアちゃんを見て、僕は大きくため息を吐く。
「はぁ……魔法を見たいって、そんなにいけないことなのかなぁ」
男の夢なんだけど。
でも、いけないことなのだとしたら色々と合点はいく。
魔女さん達は「怪我をしたら危ない」って言って見せてくれないけど、もしかしたら本当は「変態さんになるかもしれない」という懸念があっての建前だったのかもしれない。
僕の想像していた異世界とは、今更ながらだいぶかけ離れているようだ。
まさか倫理的に魔法を見るのはアウトだなんて……そしたら、どうやって皆魔法を教わっているんだろうか?
「へ……ま、魔法……ですか?」
僕が疑問に思っていると、唐突にレイシアちゃんが呆けた顔をした。
「えーっと……タクトさんは「魔法が見たい」という話をされていたのですか?」
「うん、その話しかしていなかったけど……」
魔法の話から始まったのだから、魔法の話をしているに決まっているはずなのだが。
「そ、そうですよねっ! タクトさんが女性の裸を見たいと言うわけありませんよね!」
「待って、君の中ではその話をしていると思ってたの?」
それは「変態さんだ」と思われるわけだ。
あんなにも女性を前にして「裸が見たい」と公言すれば誰しも身の危険を感じるだろう。
「タクトさんがお風呂場を覗くしかないとおっしゃるので……」
「それはあれだよ。魔女さん達は滅多に魔法を見せてくれないから、一日中張り込まないと見れないからっていう話だよ」
「そうですか……よかったです」
レイシアちゃんがホッと胸を撫で下ろす。
どうやら誤解はしっかり解けたみたいだ。
(ということは、別に魔法を見るという行為は変態にはならないということか……)
イメージ通りで安心した。
本当に魔女さん達は危ないから見せたくないだけだったみたいだ。
「あの、誤解してしまったお詫びというわけではありませんが……魔法をお見せするぐらいであれば、私がお見せしましょうか?」
「いいの!?」
僕はレイシアちゃん提案に思わず顔を近づけてしまう。
すると、レイシアちゃんは頬を真っ赤に染めてしまった。
「は、はい……確かに魔法によっては危ないのは危ないので、お店ではできませんが……」
「じゃあ今度! レイシアちゃんの都合がいい時にでも見せてよ!」
「ということはお休みに……ふ、二人で、ということでしょうか?」
「それだったら嬉しいかな。僕の知り合いだと「魔法は危ない」って言って見せてくれないからね」
やった……これで魔法が見られる!
やっぱり、意図したわけじゃないけど異世界に来たんだったら魔法は見てみたいものだよね。
いつになるか分からないけど、楽しみになってきたな!
(でも、過保護なあの二人が外出許可をくれるかな? いや、なんとかしてみせる! 魔法のために!)
「(ふ、二人でお出掛け……こ、これはデートなのでしょうか……ッ!?)」
僕が楽しみに思っていると、何故かカウンター前に座っているレイシアちゃんが頬を染めてブツブツと呟き始めた。
何があったのだろうか?
僕はそんなことを思いながら、見せてくれるお礼にともう一杯コーヒーを作ってあげることにした。
「そういえば、女性の裸を見たいというお話ではありませんでしたが……タクトさんは、別に見たいと思っているわけではないのですよね?」
「黙秘権を行使します」
男だもの。
魔法よりも見たいに決まっているじゃないか。
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます