お礼

「それにしても珍しいよね。今時の若い子がこんな苦い飲み物を飲みに来るだなんてさー」


 レイシアちゃんにコーヒーを出し、僕はキッチンの方にも小さな椅子を置いて座る。

 ついでに、僕の分も作って飲むことにした。


「若い子と言いますが、タクトさんもまだ若いではありませんか。見たところ、私と同い年ぐらいだと思います」

「うん、正解」


 精神年齢的な話をすれば、もう二十歳なんだけどね。

 日本にいた頃の自分が十五歳で、この異世界に来て五年は経った。

 恐らく十歳の子供の体に転生したから、この体的には十五歳になるんだけども。


「でも、本当に苦いでしょ? 皆「苦いっ!」って言ってあんまり飲んでくれないんだよ」

「確かに苦いですが……それがいいと言いますか、落ち着く味わいなので私は好きです」

「レイシアちゃん……ッ!」

「だからどうして泣くのですか!?」


 きっと、感涙ってやつだ。


「だってさ、コーヒーって苦いから皆飲んでくれなかったし……そう言ってくれる人がいて嬉しかったんだよ……」

「まぁ、確かに私の知り合いに飲ませてみても「苦い」と言って飲まないかもしれませんね」

「あと、そもそも飲む習慣なんてないし」

「私も初めて見た飲み物でしたからね」


 この子が少し特殊なだけで、お嬢様系のお金持ちが飲んでも同じ反応なのだろう。

 それはレイシアちゃんの反応を見てなんとなく察した。


「ですが、どうしてタクトさんはこのお店を開こうとしたのですか? 違うものであればこんなにもお客さんが集まらないなんてことはないと思いますが……」

「そりゃ、コーヒーが好きだからだよ」


 転生したとはいえ、僕の記憶も気持ちも日本にいた頃の自分だ。

 あの時憧れて、あの時からバリスタをずっと目指してきて……道半ばで死んじゃったけど、その想いだけは消えない。


「商人としては失格なんだろうけどさ、こうしてお客さんにコーヒーを出すのが僕の夢だったんだ。売れなくても、周りから止められたとしても、僕は夢を追いかけたかった……確かに、今は閑古鳥が鳴くぐらいお客さんはいないけど、この道を進んで間違いだったとは思わない」

「…………」


 僕は自分で淹れたコーヒーを飲む。

 日本にいた頃よりかは質が劣る。深い味わいも、舌に残る様な苦みも日本で飲んだコーヒーよりかは弱い。


 それでも、コーヒーなんだって思わせてくる味だ。

 これを味わえただけで、僕は間違っていないんだって思える。


「……なるほど。だからあのような言葉を言ってくれたのですね」

「あのような?」

「昨日の話です」


 ……そんなこと言ったかな?

 正直、気恥ずかしいセリフを並べた上から目線のお話しかしていなかったような気がするんだけど。


 そんなことを思っていると、レイシアちゃんはカップを置いて僕に頭を下げてきた。


「改めて……昨日はありがとうございました」

「いいよ、別に。僕は足を治しきれたわけじゃないんだし。コーヒーも原価超安いし」

「治療してくれたこともそうなのですが……どちらかというと、私の話を聞いてくれたことに対して、です」


 僕はその言葉に思わず目を見開いてしまう。

 まさか、昨日話を聞いただけでお礼を言われるとは思わなかったからだ。


「……偉そうだったのに?」

「いいえ、そんな……偉そうだなんて思いません。実際、私はあなたの言葉で一歩踏み出す勇気をもらいましたし、話を聞いてもらえて心が軽くなりましたから」

「そっか……」


 真っ直ぐに向けられる言葉。

 冗談を言われているようには思えなくて、素直に胸の中へと溶け込んでいく。

 コーヒーを飲んでもらえるだけでも嬉しいのに、こうして感謝までされるとなると胸がフワフワしてしまう。


「じゃあ、昨日はちゃんと話ができたんだ」

「えぇ、お父様はあまり納得はしてくれませんでしたが、お母様は応援してくれました。なので、婚約のお話は一旦ストップです」

「だったらよかった」


 話が纏まったならそれはいいことだ。

 僕はフワフワとしてしまった胸の内を誤魔化すかのようにコーヒーを啜る。


「じゃあ、これからは好きな人探しをしていくってことになるんだね」

「い、いえ……その……気になる人は、いるんです」


 頬を染めて、チラチラと恥ずかしそうにこちらを見てくるレイシアちゃん。

 その姿は、初々しさを体現しているかのように可愛らしく、年相応の女の子が見せる微笑ましいものだった。


(ははーん……なるほどなるほど。実は好きな人がいたってオチなんだね)


 好きな人がいるから、婚約の話がきても嫌なだけ。

 その人と付き合いたいのに、両親が違う人を推してくるのなら逃げ出してしまうのも無理はないかもしれない。


 今は婚約する気がないとか言ってたけど───


「僕は君に騙されていたよ……」

「騙してはいませんが!? こ、これは昨日芽生えた気持ちで―――」

「でも安心して! 僕は君の恋を応援するから!」

「あ、これは勘違いされているやつです」


 お客さんの恋を応援するのもマスターの務め。

 いつか、レイシアちゃんが彼氏さんを連れてこの店にやって来て、仲のいい姿を僕はキッチン越しに見守る……うん、マスターっぽい。

 そういう未来が来るといいなぁ。


「……まぁ、今はまだいいです。そもそも、昨日出会ったばかりですし」


 まさか昨日出会ったばかりの人を好きになるなんて思わなかった。


(もしかして、昨日帰ったあとに劇的でドラマチックな出会いがあったとか……?)


 凄いな異世界。是非とも僕にも劇的でドラマチックなイベントを!


 ───そんなことを思った。

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