すぐの再会
あの女の子が来た日の翌日。
ぽかぽかとした陽気が王都を包み込み、街の賑やかな喧騒が店の中まで聞こえてくる。
昨日が特段珍しいイベントが発生しただけで、今日も変わらず当たり前の平和な一日だ。
小鳥の囀りが聞こえてきそうな日に、僕は───
「賑やかな喧騒が羨ましい……ッ!」
───下唇を噛んでいました。
いや、賑やかに騒ぐ場所ではないんだけども。
静かにコーヒーを嗜む異世界喫茶ではあるけども! そういう賑やかさとは無縁だから羨ましい。
魔女さんは滅多にこの店には顔を出さないし、もう一人の従業員……従業員なのかな? まぁ、そんな子も今日は冒険者としての仕事で依頼に行っている。
というわけで、今日も異世界喫茶は寂しく静かだ。
外の喧騒も羨ましく思ってしまうのも、もはや慣れてしまった。
だが、お客さんが来ることを諦めてはいない! 来てくれるかもしれないんだから!
そう思いつつ、僕はカップをまったりと拭いていく。
そんな時、カランカランと、入り口のドアにつけていたベルが鳴った。
「いらっしゃいませー」
お客さんが来た! という喜びをグッと堪えながら、至っていつも通りに入り口に向かって声をかける。
すると、入り口のドアから一人の少女が姿を見せた。
艶やかで長い銀髪。
その髪と、美しくも整った顔には見覚えがあった。
「あれ? 昨日の子だ」
「はい、昨日ぶりです」
ぺこりと、店に入ってきた少女が頭を下げる。
そして、ゆっくりとした足取りでカウンターの前まで来て椅子に座った。
昨日の帰りは、足を庇いながらおぼつかなかったのに。
「……足、治るの早くない?」
「治癒魔法を使いましたから」
「ち、治癒……魔法ッ!?」
「そ、そこまで驚きますか……?」
だって、治癒魔法って扱える人間が少ないから、一人依頼するのにかなりのお金がかかるって聞いたし。
だから魔女さんみたいな薬師の存在がいるわけだしね。
「治癒魔法を容易くお願いできるなんて……どれだけお嬢様なんだ!」
「あ、そう言えば名乗っていませんでしたね」
先程座ったばかりだというのに、少女はもう一度立ち上がる。
「私の名前はレイシア・アスタルテと申します」
「あ、どうも。僕はタクト・アイザワです。この店のマスターをしています」
「どうも!?」
どうも、で驚かれるとは思わなかった。
「あ、あの……私、アスタルテ家の者で」
「聞こえてたよ?」
「……アスタルテ、なのですよ?」
「うん、外国人っぽい名前だね」
ちょっと厨二病心をくすぐるような苗字にも聞こえるけど。
僕もそんな苗字がよかったなぁ……どうしてお父さん達は『赤龍帝』という苗字じゃなかったんだ。
「(……あれ? これは私が自意識過剰だったのでしょうか? この家名は知らない人などいないと思っていたのですが)」
一人でブツブツと呟く少女───レイシアちゃん。
正直、コーヒーを作るので精一杯の人生を送っていたから、あまり世間のことって知らないんだよね。
「いえ、まぁいいです……今から態度を変えられるのも嫌ですし、こちらの方が私も嬉しいので」
「うん? 変えた方がいいなら変えるけど……」
同年代の人に敬語って違和感あるんだよね。
これは僕が転生者だからかな? もしかして、レイシアちゃんは敬った方がいいような相手───
「いえっ! このままでいてください!」
───と思ったのだが、このままでもよさそうだ。
「それで、今日はどんな用が? もしかして、何か忘れ物?」
「……お客さんだという発想には至らないのですか?」
「閑古鳥が鳴くぐらいのお店を営んでいる僕に、その発想を求めろと?」
「……言っていて悲しくありませんか?」
「……めちゃくちゃ悲しい」
だって、昨日見知ったばかりの人が来たら「お客さんだ!」って思わえないんだもん。
顔を見るまでは「お客さん!?」って思っていたかもしれないけど、顔を見れば「忘れ物かな?」と思ってしまうのも無理はない。
だって、相手はお嬢様だし。
コーヒーじゃなくて紅茶を飲んでいそうな人だし。
「……今日はお客さんで来たんです。昨日飲んだコーヒーが美味しかったので。ほら、お金もしっかりと持ってきました」
そう言って、レイシアちゃんは小さな小袋を取り出した。
そこからチラリと覗くのは、袋いっぱいに詰まった……大量の金貨。
「それと、昨日のお礼を───」
「……すみません、お客さんのお店はここを出てすぐ右にある宝石店です」
「どうして追い出そうとするのですか!?」
だって、ここ金貨が出てくるようなお店じゃないんだもん。
───この異世界では、金貨は一枚で約十万円ほどに値する。
銀貨が千円ぐらいで、銅貨が百円ぐらい。
このお店で出している一番高いコーヒーでも、銅貨三枚だから───釣り銭が足んねぇよ。
「平民をナメないでもらおうか。お釣りを出せるほどのお金なんて、この店にあるはずないだろう」
「ナメていませんけど!?」
嘘をつけ。
この袋には銀貨が詰まっているようには見えないんだ。
眩しくて目が失明しちゃうよ。
「ですが、そうですか……持ってくるお金を間違えてしまったわけですね」
シュンと項垂れてしまうレイシアちゃん。
その姿を見て、少し心が傷んでしまった。
「まぁ、でもコーヒーを飲みに来てくれて嬉しいよ。待っててね、今から作るから」
「あの、お金は───」
「いいよいいよ。別に一杯二杯タダで出しても、そんなに変わらないんだからさ」
コーヒー豆って、かなり安いんだよ。
使い道って僕みたいに飲み物として提供するんじゃなくて香りを楽しむためのものだけらしいし。
西の方の国では、そういう使われ方をしているみたい。
といっても、そういう人達も少ないみたいだから売れてないらしいんだけどね、特にこっちの方では。
本当は商業ギルドも売る気はないみたいんだけど僕が無理くり卸してもらってるだけだしね。
仕入れてもらって、マージンも取らず安いままにしてくれて……商業ギルドの人には頭が上がりません。今度もう一回お礼に行こう。
「あぅ……申し訳ございません」
「気にしないで、本当に飲みに来てくれただけで嬉しいんだからさ」
そう言って、僕は戸棚からコーヒー豆を取り出す。
その時、自然と鼻歌を歌っていた自分に驚いた。
(まさか、二日連続で人にコーヒーが出せるなんてなぁ)
嬉しくて、思わず小さく笑ってしまった。
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