夜に染みる味、朝目覚める味

@Tsuyusaki

第1話

大学のゼミの研究が終わると、そのまま下宿先へと帰宅する。

 今日もただただ疲れた、というかレポートを書く度に報告や結果を出すのが億劫で仕方がない。

 帰り道、家の冷蔵庫には食品は何もないのに気づき、どこかで買って帰る必要があった。今の時間帯から少し遠めのスーパーに寄るのも面倒くさいので、帰り道のコンビニで済ましてしまおう。


「いらっしゃいませー。」


 繰り返されてる店員の決まり言葉をBGMに消毒液をプッシュする。ちょうど人の少ない時だったらしく、商品の補充をしていたようだ。

 別に何を食べるかも決まっていないので、いつもの惣菜やコンビニ弁当のコーナーに向う。とりあえずはおにぎりを幾つか取って、それから弁当か麺かどんぶりかと悩むところだが今日は珍しく上に貼ってあった広告が目に写った。


「赤のきつね、緑のたぬきってまだやってんの。」


 公告でよくどこかの里や山のチョコお菓子のように好みが分かれるのは知っていたが、正直に言えばよく分かっていない。赤でも緑でもうどんか蕎麦の違いなだけだろう。

それでも空腹と合わさり、とても美味しいものに見えた。


「ありがとうございましたー。」


 結局俺はおにぎりと、カップ麺コーナーの赤のきつね、緑のたぬき両方を買ってコンビニを出る。食べたことがなかったので試したかったのもある。それに二つとも争うほど人気があるなら美味いに決まっている。

 寒い夜道を歩く中、味を想像しながら足早で家へと帰った。



「ただいま、と。」


 誰も居ない家の中に入り、電気を付ける。一本灯かないままの電灯をそのままにしているが、十分に明るいので別に気にしない。

 コロナがまだ収まっていないので、手洗いうがいはしっかりとしてから一息つく。

 部屋着に着替えて、スマホを弄くる。今日買った赤・緑セットの話題をTwitterで探したりして、今日の夜をどちらにするかを決める。

 赤のきつねが良き、緑こそ至高、きつねがたぬきに勝てるとでも?ごめんやっぱいい勝負しそう。いや、どっちでも良くない。は?、は?、は?、『誰だてめぇっ』いや、二つともただのカップ【運営より追い出されました。】


 中間だった人と気が合いそうだったのに……、消される始末。

 赤でも緑でも美味そうだけどな。どうやら白黒ハッキリさせたい奴が日本には多いらしい。


シューーーーーッ


 お湯も沸いてしまったことだし、さっさと食べたい。おにぎりもサイトを見ている間に完食してしまったのでメインに行きたい。まあ朝も食べるしな。


「今日の晩餐は赤のきつねに決定です。」


『うおっしゃあああぁぁぁぁぁ!!』

『あぁぁぁあぁぁぁぁぁあぁ何故だ何故っ!?』


 俺の中の赤と緑の人格が盛大に飛び上がったり、膝を着いたりと大騒ぎであった。知らず知らずのうちにネットサイトを閲覧している間に自分の中にも赤と緑の新しい人格等が芽生えていたらしい。

 緑のたぬきも名残惜しいが仕方ない、もう決めたのだ。

 赤のきつねを作り方を見て粉末スープの素と一緒に付いている七味をを投下、お湯を入れる。そして3分待つ。

 完成。


「いただきます。」


ズルズルズルズルッ


「うまっ。」


 普通に美味かった。麺や卵みたいなかやくも美味しいが、一番は上にドカンとステーキのような分厚い油揚げ。肉汁の代わりにスープの出汁がこれでもかという位に溢れ、頬張ると俺の口の中で爆発する。

 幸福という名の波、人を堕とすスープと揚げが俺を流していった。



「はっ!!!」


 気付くと手元にはもう空のカップ麺。お腹はいっぱいになっているので食べ終わっていたのだろう、無意識に。

 そう、俺は今日の夜を境に赤のきつね派に生まれ変わったのだ。

 赤の自分は胴上げをして、おまけに狐耳なんか生やしている。やめろ気持ち悪い。

 緑の自分はそこには一人も存在せず、そこには葉っぱが散らばっているだけだった。

 そうして自分は赤の勝利判決の幸せな気分のまま布団の中に潜るのだった。



~次の朝~


「お腹空いた。」

ぐぅぅぅぅぅぅ。


 馬鹿の一つ覚えのように出てくる言葉にお腹の音で返事をしながら目を覚ます。腹が減るのは自分の体が生きているという証だ、仕方ない。哲学っぽい至って普通の事を思いながら今日の朝ご飯を考える。

 といっても昨日コンビニで買ったおにぎりは二つとも食べてしまったし、残っている物を見れば何を食すかは必然だった。赤派の自分に戦慄が走った気がした。


 昨日と同じ手順、かやくにスープの素+七味、お湯入れて完成。

 まあ匂いはかなり良いんじゃないだろうか。引き分け。

 開けるときの期待度も引き分け。

 結局は味である。味を制すものがただ勝つ、この世の道理っ!!


「いただきまーす。」


ズルルルルルルルルルルッ


 は、箸が止まらなかった。赤のきつねの油揚げに対してこちらはまだ天ぷらのカリッとした感触が残る半浸けスープ状態での勝負。それと同時にかきこむそば麺が口の中で天ぷらとの相性が100%。

 そして気付くと、空のカップ麺を持っていた。

 デジャブだ、昨日と同じ行動を繰り返していた。唯一違うのは持っているカップの容器が緑のたぬきだということ。

 体の中では昨日消えたはずのたぬきたちが木の葉から化けて赤のきつね集団に襲いかかっている、もちろん赤のきつね軍団も対抗する。昨日決まったはずの勝負が俺のせいでまた行われようとしている。

 そう。赤のきつね派になったと思った俺はどうやら緑のたぬき派にもなったようだ。おかげで中に居る俺の赤と緑軍団は大戦争中だ。


『赤こそが至高!!』『油揚げ戦法っ!』

『緑に栄光あれ!!』『なんのっ、天ぷら防御術っ!!!』


 どこの世界線か分からないが混乱してるのは確か。この戦に勝利した方が食べられる機会が増える。だが正直、一生終わる気配がしない。


 赤のきつねの油揚げともっちりとしたうどんの麺は美味しかったし、対して緑のたぬきは半カリの天ぷらとそばとの親和性が抜群。甲乙告げがたい。

 ということで、


「買い出し行ってきまーす。」


 もう一度味を確かめるためにスーパーへと向うのだった。今度は何かアレンジしてみるのもいいな、そうすると一個じゃ足りないな。箱で売ってたりするのかな。


 そうして、ここにもう一人将来、赤のきつね、緑のたぬき対戦の場へと参加するとなるであろう青年が生まれたのだった。近い未来、彼が何を選択するのかは筆者のみぞ知る。


~完~

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