上京赤狐と空っぽの彼

夕陽工房 / Yuhi Factory

上京赤狐と空っぽの彼

『これでも食べてなさい。母より』



 あぁ、まただ。


 今日もリビングには、書き置きと赤いきつねが1つ。


 生活費を稼ぐため、そして受験期の僕を支えるため、夏から母親もパートを始めた。別にそれは良かったんだ。むしろ感謝している。けれど代償として、僕は独りになった。


 先週まではリビングから聞こえてくる笑い声を煩わしく思っていたはずなのに。今はもう、うるさい人なんて誰もいないはずなのに。何故か分からないけど、僕の心は空っぽだった。





 一年後、僕は大学進学を機に一人暮らしを始めていた。あ、ちなみに入れたとこは第二志望。


 窓からは微かに赤い電波塔が見え、そして手元には赤いきつね。地方番組なんてやってないし、天気予報が示すは東京都。嫌にでも、ここが地元ではないのだと言ってくる。ああ、嫌になる。卒業しても僕の心は空っぽのままなのか――。


 そんな面倒くさい想いをこじらせていると、インターホンが鳴った。また通販か、はてさて今度は何買ったっけな?そんなことを思いつつ受け取ると、ご依頼主欄に陣取る母の名。どうやら実家からの仕送りだったらしい。なんかの記念日でもあったか?何だろうと開けようとすると、二度目のインターホン。タイミングが悪い。


「やっほーい!人肌恋しくなってるだろうと来てやったぞ!」


 近所迷惑寸前の勢いで叫ぶ友人。ボリューム調整のつまみが欲しい。


 お前は一旦家入れ!

 そう言って無理矢理部屋へ招きこむ。


「あれ?なんか届いてたの?」


 あぁそうだよ。お前が来る直前にな!

 そうぼやいて箱を開ける。するとそこには、見慣れた赤狐が大量に……。いや、今ストックたくさんあるんだが。


「お?赤いきつねじゃん。んーと、関西版……?へぇ、そんなのもあるんだね!」


 興味を失いかけた僕の意識は、友人の言葉によって強制的に引き戻された。

 はえ?関西版?


 首をひねった僕の視界に飛び込んできたのは、昔リビングでよく見た百均激安メモ用紙。



『これでも食べてなさい。母より』



「ねぇねぇ、どうせなら食べ比べでも……ん?どうかしたの?」


「いや、別に何も。お前うるさいなぁって思っただけよ」


「なにそれひどくない!?もー、せっかく来てあげてるのに!!!」



 どうやら今年は、空っぽにはならなそうだ。



 -完-

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