第13話 恋は妄想。
何度も何度も春香を起こそうとした。でも春香には私の声は届いていなかった。
次第にまた意識は遠くなる。
何だろうどうしちゃったんだろう。あれだけ寝たのにまだ眠い。
重くなる瞼にかすんでいく春香の顔。
優奈、ゆうな……。
私を呼んでいる声がする。そっと瞼を開けると、すぐまじかに頬を少し赤くさせた、春香の顔が瞳に飛び込んできた。
「ようやく起きた」
私の手をしっかりと握りながら言う。
「もうお昼休み終わっちゃうよ」
え、まだそんなもんだったの?
もっと時間がたっていると思った。本当にぐっすりと寝ていたんだ。でも……じゃぁ、あれは夢だったの?
春香との思い出があんなに沢山あった夢。
どれが本当のことなの? わからなくなってきた。
「どうしたのさ。怖い夢でも見た?」
「ううん」顔を左右に振った。
「じゃぁどうして、泣いているの? 優奈」
優しく問いかける春香。どうしてって、だって……私にもわかんないよ。
そっと春香の手が私の頬を包み込む。
ゆっくりと、春香の唇が近づいてくる。ふわっと、そのやわらかい唇が重なり合うと、春香から香る柑橘系のさわやかな香りが洟からぬけた。
誰もいない保健室のベッドの上で、私たちはお互いの唇を重ね合わせる。
時が止まる瞬間。
チクリと胸が痛んだ。
受け流される心の揺らぎ。あの夢のことが、いまだに頭の中から離れない。
カーテンの隙間から見えた、入道雲。
真っ青な空はいずれ、あの雲に覆いつくされるのだろうか。
春香の唇が離れていく。
その時感じた。……寂しいと。
もっと、もっと彼女の温もりをこの体に感じたい。そんな気持ちがわき上がる。
抱きしめた春奈の体を私の腕は放そうとはしなかった。
それどころか、強く春香を抱きしめていた。
「どうしちゃったの?」春香が小さな声で私に問う。
「わかんない。でも……離れたくない」
このまま春香を放してしまうと、消えてしまいそうなそんな恐怖感に襲われた。
「春香。春香は私のことがどうして好きなの?」
「……どうしてって」
困惑した春香の声がなんだか胸を締め付けた。
「好きなものは好きなんだから。そのことに説明がいるの? 私の素直な気持ちなんだよ優奈」
そのまま春香の体が私の上に覆いかぶさってきた。
「ほら、わかるでしょ私のこのドキドキ」
ふんわりと香る春香の香りに、彼女の胸から伝わるドクンドクンと強く脈打つ心臓の鼓動。
それよりも今、私は春香に抱かれている。
彼女の全身の重みが、体に押し込まれていく。ほかの人とこれほどまでに密着して抱き合ったことは今までにない経験。春香の鼓動よりも私のドキドキの方が強く彼女に伝わっているのかもしれない。
「優奈もドキドキしてるね」
やっぱり感じていたんだ。
誰もいない二人っきりの保健室。
いつだれかが入ってくるかわからない。でも今は私と春香の二人っきりだ。
夢で見た夢。
……多分。
春香と私の日々の日常。二人でいた幸せな日々の思い出。
もしあれが現実であるならば、どんなに幸せな日々であったのか。今私の腕の中にいる春香を独り占めしたい。ううん、春香のすべてを私は今欲しがっている。
そんなことを悶々と頭の中で渦巻いているとき春香が一言私に問いかけた。
「ねぇ、優奈は私の事……好き?」
「えっ!……何?」何? 今更のようなことなんで聞くの?
春香はじっと私の瞳を見つめながら「私、優奈からまだ好きだって言われていない」
彼女の前髪がさらりと流れる。
「そうだったかな……」
「うん、そうだよ」
きれいな少し茶けた瞳が私をじっと見つめている。
「――――わ、私は」そう言いかけた時。春香の唇が私の口をふさいだ。
そのまま彼女の手が私の胸に触れる。
タイを外され、ブラウスのボタンが一つずつ外されていく。
ブラがあらわになるまであっと言う間だった。
手慣れている。
「どうしたのさ。嫌?」
そっと囁くように彼女は言う。
嫌? そうじゃなくて。とっても恥ずかしい。
私の体って変じゃない? 春香みたいに引き締まっていないよ。ぷよぷよの体だよ。
そんな私の肌に直接春香の手が触れてくる。
ぴくんとその感触で体が反応してしまう。
「いいよね」その一言。私はコクリとうなずいた。
そのまま、ブラのホックが外され。二つの私のふくらみが、あらわになった姿を春香に見られている。
ふわっと、窓から少し冷たい風が舞い込んできた。
さっきまであんなに青かった空は、あの入道雲に支配されてしまった。
どす黒く、雲の中から光る稲光の閃光。
もうじき雨が降る。
外の景色が濡れ始めていくのと同じように。
私の体も……。
たった一人きりの文芸部員が語る恋妄想。恋と呼ぶにはあまりにも妄想すぎるんじゃない? さかき原枝都は(さかきはらえつは) @etukonyan
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