第12話 保健室のベッドで。

ノックもせず、保健室の扉を開いた。


保健の先生が使う机に、ベッドを囲む白いカーテン。

真正面になぜか淡いピンク色のカーテンが、開けた窓から入り込む風に静かに揺れていた。


誰もいない。

先生も、先客もいなかった。


真っ白なシーツが敷かれた保健室のベッド。

吸い込まれるように私の体は、そのベッドにひれ伏した。


睡魔君の魔法がもうすでに全身の感覚をマヒさせていた。

「さぁ、眠るがよい。汝の意識はすでに夢の世界へといざない。落ちるのだ。うぬのような初級剣士に我の魔法に勝てるわけがあるまい」


く、悔しいけど……ああああっ。気持ちいい。この落ちていく感覚。洗いざらしのシーツの香り。

そして心地良く流れ入る。初夏の風。

すべが私を夢の世界へと導いてくれる。


落ちていく。深く。夢の中に。……落ちていく。


そこで私は鏡に映る自分の姿を見ていた。

見つめ映るその姿。でも何かが違う。

映し出されているその姿は、間違いなく私だろう。

でも、少し今より年を取った感じだ。5歳くらいかな。


鏡の向こうの私は語り掛けてくる。

「あなたの願いは叶いましたか?」と……。


願い? 願いって何だろう?

にこやかに微笑むその姿を見て、私は涙を流していた。


ほんの一瞬の夢だったかもしれない。でも、私が感じた時間はとても長く感じた。

ものすごく長い間、自分の胸の中に秘めていたこの想い。


その想いがずっと渦巻いていたような感覚。

なんだろうとても変な感じがする。

今のここにいる私は……。


ふと気が付くと、体にほんのりと温かさを感じる。

この温かさを体に感じると、心が落ち着く。

うっすらと目を開けると、私のすぐ近くに春香の顔があった。


「は、春香……」


気持ちよさそうに、目を閉じた春香の寝顔を見ていると、とても幸せな気分になった。

ふわりと漂う生ぬるい風が、私たち二人の顔をなでるように……入り込む。

そっと、その体を抱き包む。

温かさは直接私の肌に伝わってくる。


静かに春香の寝息を聞きながら。

「ねぇ春香。うれしかったよ。私のこと『好きだ』って言ってくれて」

「私も春香の事好きだよ」

そっと彼女の耳元にそう言った。


その時、突如にわき上がる映像の数々。この脳裏に無数にまるで、スライドのように次々と春香と過ごした

日々の映像が映し出されていく。

余りの量に混乱しそうなくらい。次々と。


何? これはどういうことなの? 私、春香とこんなにいつも一緒にいたの?

教室で楽しそうに笑顔で話しかけてくる春奈の顔。


一緒に服を選んだり、カフェでスイーツ食べたり。

そ、そんなこと今までしたことなかったよね。


それよりあなたから『好き』って言われてから、そんなにまだ日はたっていないじゃない。

どうして、どうして。私達って、ずっと前から付き合っていたの?


こんなに……こんなに。


あふれ出すその映像と共に、私の目からこぼれ落ちる涙。

愛おしかった。

温かい気持ちと、辛く悲しい気持ちが交互に私を襲う。


ベッドを取り囲む白いカーテンが静かに揺れる。

あの日々の思い出が今もなお、ずっと湧き出てくる。


どうして私と春香の思い出が、こんなにあるんだろう。どれもこれも本当にあった事なの。どうなの……春香。


「春香、春香……」何度も春香の名を呼んだ。

でも、春香は何も答えてくれなかった。




もうすぐ本当の夏がやってくる。


それは……。

あの向日葵が、一番大きくその花弁を見開く時期なのだ。

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る